人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

JAL 統合3年JALのジレンマ(中) 制度・処遇の調整に難題

2005年9月9日 日経産業新聞 朝刊 18面

記事概要

 JALグループは、持ち株会社の日本航空、国内線の日本航空ジャパン(JALJ)、国際線の日本航空インターナショナル(JALI)の三社完全統合を2006年度中に果たしたいと目論んでいる。そのための人事・賃金制度のすり合わせに入った。難題は山積している。象徴的なのが、機長を管理職として扱うかどうかの見解の違いである。JALIは機長全員を管理職とみなしているが、JALJは世界の航空会社にならってベテラン機長や現役を卒業して教官になったもののみに(管理職の範囲を)限定している。JALIの機長管理職制度は、旧日本航空時代に労組のストが頻発したため、機長すべてを管理職とすることで定期運行の維持を図ったことによる。新町敏行グループCEOは、「(処遇の)一元化は、高い方に揃えるわけにはゆかない。また抑えるだけでは士気が下がる。結果として安全にかかわる」として3年間手つかずだった理由を語る。いよいよ待ったなしのタイミングにさしかかった。しかし、労使関係、労組間関係にも複雑なものがあり、視界不良だ。

文責:清水 佑三

JALだけの問題だろうか?

 始めに個人的な思い出を書く。記事にあるグループCEOの新町敏行氏には1971年ごろに日本航空のロンドン支店でお会いした記憶がある。筆者が在籍したダイヤモンド・ビッグ社のご縁である。

 ダイヤモンド社の『地球の歩き方』シリーズをご存知の方は多いだろう。もとをただせば、1971年に始めたダイヤモンド・スチューデント・ツアーというダイヤモンド・ビッグ社が企画した学生ツアーにたどりつく。

 このツアーは、就職内定先企業が、内定者の海外旅行ローンの保証人になるというアイデアに新味があり、多くの大企業の協賛を得て、企画初年度からジャンボ機をチャーターするくらいにあたった。

 参加者たちが旅行中、帰国後に寄せるホテル、レストランなどの生情報を本にして出すというアイデアが、ほどへて実現し大ヒットしたのである(筆者はその前にビッグ社を去った)。

 企画主催者の栄誉で学生旅行団の団長となった筆者は、旅先で、(破格の条件でジャンボ機を提供された)日本航空ロンドン支店を表敬訪問した。そこに新町さんがおられた。新町さんは覚えておられるかどうか。

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 日本航空の長期にわたる泥沼の労使間紛争は山崎豊子氏の『沈まぬ太陽』に詳しい。主人公のモデルになったのは、1961年に日航労組委員長に就任し、会社と激しくやりあった後、長期間の左遷期を経て、劇的に伊藤淳二日航会長の目にとまって1986年に会長室部長に舞い戻った小倉寛太郎氏である。

 山崎豊子氏の筆致が労組側の視点に偏っているのは仕方がない。フィクションが是々非々のスタンスをとったらフィクションでなくなってしまう。ノンフィクションになってしまう。作家山崎豊子の取材申し入れを頑迷に拒否した日航の広報戦略のツケがまわったともいえる。

 小説のモデルとされた小倉寛太郎氏はおもしろい人物で日本航空を退職した後は、プロの動物写真家となり、ケニア、ナイロビなどの東アフリカの野生生物の在野の研究家としても評価される実績をあげている。動物写真家は岩合光昭さんに代表されるように精悍な風貌をもつ人が多いが、小倉氏はそうではない。大学教授といっても通る穏やかな目と表情をもつ。

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 記事に戻ろう。記事中で労使間関係、労組間関係に触れた部分を抽出しておく。問題点はここにある。

  • JALI乗員組合の森本大輔書記長は「(機長管理職制度の問題の)焦点は(機長が)管理職かどうかよりは争議権があるかどうか」と語った。
  • (かりに機長管理職制度に一本化されれば)ストライキの影響力は弱まり、労組の反発が予想される。
  • JALIの地上職、客室乗務員約1万人で組織する連合系のJAL労組は、7月、JALJ社員に(自労組への)加盟をよびかけ始めた。
  • JAL労組は、出社する客室乗務員らに勧誘ビラを配り、その中に既存労組への脱退届けの用紙をはさみこみ、300人にのぼる加盟者の獲得に成功した。
  • JAL労組の言い分は、一元化を前にJALI、JALJ両社の社員を組織化して人事・賃金制度の変更などの団体交渉への早期対応が必要というもの。
  • JAL労組と活動路線で対立する他の8労組は、このJAL労組の動きに対して「経営が関与した分裂工作だ」(JJ労組連絡会議)と反発している。

泥沼化の様相がすでに顕著だ。見出しにあるように制度・処遇の一元化には高いハードルが待ち構えている。

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 目を米国航空業界に転じれば、大手7社のうち、すでに4社が破産法のもとで運行している。つい一昨日(14日)も、米国3位のデルタ、4位のノースウエストが、ニューヨーク州連邦破産裁判所にあいついで駆け込み、連邦破産法の適用申請を行ったばかりだ。

 米航空業界の場合、従業員の高額賃金の上に退職後も支払い義務をもつ確定給付型年金の負担がのしかかる。デルタでいえば従業員7000人削減で凌ごうとしたが、労組の抵抗で挫折した。ノースウエストも、整備士組合が会社が提示した合理化案を拒否してストライキに入った。構造はJALとまったく同じである。

 航空業界に限らない。GMの不振の最大の原因は、従業員や退職者への医療費と年金支払いにがんじがらめに縛られているゆえだ。

 こうした問題からフリーになる方法はあるのか?筆者は悲観的な見方をしている。制度・処遇の調整を適切に行うためには、机上の財務シミュレーションとはまったく関係のない、労使間、労組間の不信の構造の払拭が前提になる。

 労使間でいえば、機長管理職制度で妥協しても争議権は絶対に譲れないといっている労組は、最後の一兵までその点では抵抗するだろう。会社側の武器はかぎられている。公共輸送企業の労働者に争議権を与えたからいけないのだと今になっていっても始まらない。

 またある労組が経営への妥協路線を口にした瞬間に、強行労組は「分裂工作」として内ゲバ的な攻撃をしかけるだろう。労組どうしが果てしない抗争を繰り返す。

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 米国に比べてJALに破産の匂いが漂わないのは、格安運賃で既存大手に波状攻撃をしかける新興エアライン群が日本には育っていないからだ。原油価格があがったら、日本航空、全日空とも運賃の上昇でカバーできる。また、原油高は天災のようなもの、価格転嫁はやむをえないと考える社会的な風土もある。

 にもかかわらず社会の目は少しづつJALに厳しくなっている。残された時間は少ないとみる。JALをぶっ壊すと公言するJAL版小泉純一郎はあらわれるだろうか。

コメンテータ:清水 佑三