人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

アサヒビール 池田弘一社長 チャレンジ精神で商品開発

2005年9月16日 産経新聞 朝刊 8面

記事概要

 「直球、緩球」と題されたトップ・インタビューシリーズの一つ。アサヒビール社長の池田弘一氏に深沢真貴記者が直球、緩球を投げている。冒頭、ビール業界内でのシェアの落ち込みから夕日ビールとまで揶揄されたアサヒビールを業界トップの地位に押し上げた『スーパードライ』以後の主役について尋ねている。池田社長の回答は明快。多角化による業界首位の維持ではなく、一にも二にも『スーパードライ』のような画期的な新しい強力な新ビールをもてるかどうかが勝負の分かれ目。『歴史に残るビールをつくりたいという気持ちが強ければそれはできる』が池田社長の信念である。アサヒビールが味わった苦難の時代を知らない社員が大半となった今、アサヒビール魂ともいうべき「ハングリー精神」をどう社員に喚起するか。バラ色のビジョンを語るというより、苦渋に満ちた首領の苦悶が伝わる取材記事。

文責:清水 佑三

チャレンジ精神、この人を見よ

 池田弘一さんが専務になられてほどない頃(1999年)、当社(日本エス・エイチ・エル)の仕事で1時間ほど池田さんのお話を伺ったことがある。筆者の関心は産経新聞の深沢記者と同じで、『スーパードライ』はどのようにしてうまれたのか、ポスト『スーパードライ』についてどう考えるか、そこに尽きた。池田さんはこんなことを言ったと記憶している。

・・・『スーパードライ』というのはある味(酵母菌)のことなんですよ。その酵母菌をうちの開発チームが見つけたと思ってください。場合によっては競合他社がそれを見つけることだってありうる。うちで出たというのはこれはほんとの偶然なんですね。

・・・うちが誇っていいのは、見つけた新しい味について、これは売れると判断した部分なんです。この判断が競合他社でできたかどうか、そこが一番のポイントなんです。売れる、という判断は賭けなんです。思い切って当社の主役に抜擢しようと決断したんです。

・・・そこから後が問題でね。売りたい、ということと、売る、ということはまったく違うんです。うちはお蔭様で、先輩が脈々と作ってきた「なにくそ」という精神を、雌伏している間、持ちつづけてきた。精神だけは「貧すれば鈍する」ということがなかった。

・・・全社一丸で総攻撃をしかける足腰があったんです。苦しい長い時代にその足腰をむしろ鍛えてきたんです。『スーパードライ』は売れたんじゃないんです。総攻撃をしかけて売ったんです。売った結果、ビール好きの人たちの大歓迎を受けた。こういうビールが欲しかった、となったんです。この順序が大事だ。宝くじに当たったんじゃないんです。

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 「直球、緩球」の池田氏と深沢記者のやりとりは以下のとおりだ。

記者 大黒柱のスーパードライを超える商品開発については?

池田 商品開発担当者に対して、歴史に残るようなビールをつくりたいという気持ちを忘れるな、と言っている。ハードルが高いからこそ挑戦のしがいがある。挑戦する姿勢を失ったらアサヒビールは終りで、『築城十年、落城一日』だ。国内酒類市場は横ばいだが『スーパードライ』のように画期的な商品が登場すれば必ずや新たな需要が生まれる。

記者 現在やっている「スーパードライプロジェクト」の狙いは?

池田 原点に立ち返り、鮮度とおいしい樽生を徹底的に追求する姿勢を確認させている。品質は発売当時に比べて格段に向上しているが、もっと上を目指せる。当社の精神は『チャレンジ』。この精神を後進に引き継ぐためにも、社員にチャレンジの場を提供したい思いがあった。

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 「挑む」という精神の働きは何をいうのか。その姿勢は何からうまれるのか。以下は池田さんの語録に触発された筆者の「チャレンジ精神」考である。

 チャレンジ精神のない人を描写することでチャレンジ精神が見えてくる。チャレンジ精神がないなあと思う人を長い間、観察しつづけてきた報告をしてこの稿を終える。

(チャレンジ精神に欠ける人の特徴)

  • 「矛盾感受性」が乏しい→存在を認めてはいけないものがあることに気づかない
  • 「不自由感受性」が乏しい→したいことができない苦しみを感じない
  • 「屈辱感受性」が乏しい→バカにされているのに気づかない
  • 「挑む美」に感動しない→戦争・政治・スポーツに関心をもたない
  • ホームレスの人をよく見ない→明日の自分だとつゆ思わない
  • ごはんをゆっくり食べる→ごはんを食べているヒマなどないと思わない
  • 給与が気にかかる→そんなものあとでついてくると思わない
  • 年金の額が気にかかる→そんなものいらないと思わない
  • 健康が気にかかる→そんなものいらないと思わない
  • 説明を求める→説明で解決できるのは屁のようなものだと知らない

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 織田信長は「挑み」続けた人だ。最近では小泉純一郎がそうだ。99人の普通の人からみれば、1人の挑み続ける人は変人である。理解を得られないのは仕方がない。

 池田社長は挑み続ける人の1人であるが、変人の謗りからは遠い。温顔が効いているとみる。

コメンテータ:清水 佑三