人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
凸版印刷
女性だけのチーム設置1年 商品企画に芽吹く視点
産休・育休、環境にも奏功
2007年6月25日 日経産業新聞 朝刊 23面
記事概要
凸版印刷(凸版)は昨年4月から、女性メンバーだけからなる4つのチームを新設した。(1)女性向け商品の販促用印刷物の営業、(2)消費財の市場調査、(3)女性誌の広告宣伝企画、(4)食品・日用雑貨の商品パッケージの企画、チームでメンバーはそれぞれ6、7人。いずれも女性消費者を対象とした同社の製品やサービスを扱うチームであり、女性メンバーのチーム編成のほうが、よりよい成果を期待できると判断した。実際はどうか。女性誌の広告宣伝企画を扱うSPチームの例をあげれば、エステ関連など女性の感性に頼る企画がもちこまれた場面で、女性チームの強みが発揮された。男性スタッフよりも対応が迅速、的確になった。女性チーム編成には別な狙いもある。上司が女性であることで生まれるメリットだ。食品や生活雑貨のパッケージを扱うLナビチームでは課長が現在産休を取得中。凸版の管理職として過去例がない。人事労政本部の浜口由紀課長は「男性社員がみんな育児に理解がないわけでは決してないが、出産経験をもつことで(女性の部下を)より理解できることは多い」と女性管理職の産休を肯定的に捉える。上司と部下のキャリア相談会の中でも、女性チームへの参加に興味を示す女性社員が現れてきている。女性チームはまだ試行錯誤の域をでないが、同社に新たな息吹を吹き込んでいることは間違いない。(福山絵里子)
文責:清水 佑三
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ダイバーシティ問題への一つの登山口
コメンテータ:清水 佑三
凸版の女性だけのチーム設置は、コロンブスの卵のようなアイデアである。新しい制度を導入して一年たって、その価値が見えてきた。ダイバーシティ問題を解くヒントがある。
その前に新制度導入が果たした役割をふりかえろう。
(制度がよみがえる)
「Lナビチーム」の調査では、看護師職では女性看護師の六割以上が生理休暇をとっているという。記事を書いた福山絵里子記者は、男性社員の多い企業ではどうだろうかと問いかける。(生理休暇)制度はどの企業ももっているが、取得する女性はほとんどいないとみている。女性が上司だと状況は一変する可能性がある。女性チーム新設の環境改善効果は大きい。女性チームから全社に波及することもありうる。
(女性管理職が増えた)
女性だけのチームは、(当然)管理、監督職も女性だ。女性チームを新設すれば、チームの数だけ、女性の管理、監督職は増えることになる。凸版の場合、(課長以上の)管理職は’04年には2人だけだった。それが’07年現在、21人になった。十倍である。(係長、主任の)監督職を比較すると、44人から91人に増えている。倍増である。伝統企業にとって難攻不落の女性登用問題に橋頭堡を築ける。
(脇役だった女性スタッフが主役に)
女性誌の広告宣伝企画を担う「SPチーム」の場合、女性誌向けの付録作製などを社内でバラバラに手がけていた女性社員5人に声がかかって新チームとなった。バイプレーヤーたちがいきなり主役に躍り出たようなもの。せっかくの機会だ、大活躍をしなきゃあ、と全員が強い「達成意欲」をもった。今までは蛸壺のなかで押し黙っていた人たちが横に連携する動きが生まれた。そこから、今までにない新たな発想がたくさん飛び出してきた。
(新しい事業展望が芽生えた)
食品や生活雑貨のパッケージを顧客企業に提案する「Lナビチーム」からは、与えられた役割を超えた大きな展望が生まれつつある。女性だけが集まったからできる新しい仕事はないか、「Lナビチーム」は議論の出発点をそこにおいた。そこで見えてきたのは「子ども」「食生活」などの切り口である。子どもが抱える問題を話し合う過程で、顧客企業に託児所施設の設置など生活・ワークスタイルを提案してそれを事業化したらどうか、という新しい戦略アイデアが生まれた。
凸版によってなされた「女性チーム」アイデアは、コロンブスの卵的なところがある。女性性がもつ強みを意識して組織をもてば、男女混合チームでは得られなかった成果が新しく期待できるかもしれない。「ダイバーシティ」を組織多様化問題として捉えればひとつの明瞭な解である。
その前提として、「男性」性がもつ強み、「女性」性がもつ仕事上の強みとは何かを、客観的定量的に知る必要がある。サイエンスの力を借りよう。
データに耳を傾けたい。
筆者が勤務するエス・エイチ・エルグループ(本社、英)では、人の能力と自然年齢や男女の性差の関係について様々な角度から研究を行ってきた。その結果、男女の性差をもつ能力についていくつかの事実が浮かび上がってきた。
学会論文ではないので、細かい検証プロセスについての記述は省き、得られた知見だけを紹介する。以下は、「男性」性優位の能力、「女性」性優位の能力のリストである。
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(「男性」性が卓越する能力とその説明、卓越する順)
創造的思考力
今までのやりかた(がよくても悪くても)壊してまったく新しいやりかたを構想する。構想した結果を行動に移す。うまくゆくことは稀で、しばしば前よりもひどいことになる。
統率力
同じ「群れ」の他人に働きかけ、自分が考える「群れ」に模様替えしようとする。そのために必要なもの、ことをすべて動員する。必要だと思えば、容赦なく他人にプレッシャーをかける。
問題解決力
行き詰まってしまっている状況を放置できない。何が原因か、何をいじればどうなるか、日夜考え続ける。いつか、解決につながるのではと思える理屈の上での仮説が思い浮かぶ。
ヴァイタリティ
断られても断られてももういちどやってみようとする気力、体力。何度殺されても死なない「生命力」に通じる。サッカーなどの運動量という言葉も同じ。闘う軍人に必須なもの。
(「女性」性が卓越する能力とその説明、卓越する順)
パーソナビリティ(人あたり)
名物旅館のおかみがもっている態度、姿勢、仕草、声、ものの言い方などのやわらかさ。相手が誰であってもどういう場面であっても(相手を)いらだたせず相手の心をなごませることができる。
プレッシャーへの耐力
環境の変化によって自滅しない能力。長寿力と同じ。多様な幸福をてもとにおき、ひとつの幸福が破綻してもほかの幸福によってリカバーし、つねに一定の平衡を維持する。
オーガナイズ能力
何とかやりくりして辻褄をあわせてしまう力。とりかかる前によく考えて頭の中でシミュレーションし、最適手順を定義する。複数の料理を並行させながらやって手際よく仕上げてしまう段取りのよさと同じ。
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「ダイバーシティ」を組織多様化問題として捉えれば、こうした性差のもつ仕事上の特徴を組織論として展開する道筋が描ける。男性チーム、女性チームを仕事別につくるこころみだ。
男性性においてみられる「創造的思考力」「問題解決力」「統率力」「ヴァイタリティ」等の強みが、仕事成果を保障するような仕事として、「企画」「技師」「営業」などが思い浮かぶ。
一方、女性性においてみられる「パーソナビリティ」「プレッシャーへの耐力」「オーガナイズ能力」等の強みが、仕事成果を保障するような仕事として「店頭スタッフ」「コールセンター」などが思い浮かぶ。
凸版印刷における女性チーム(の組織化)は、仕事と性差を結びつけて、組織多様化を実現する新しい試みの一つとみることができる。ダイバーシティ政策の一歩前進だ。
ダイバーシティとは生物学的にいえば、不断に続く「存在しなかった機能の分化」プロセスだからである。
男性性のウエイトが高い印刷業界だからできた、とも言える。