人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
住友金属鉱山 海外で研修、フレッシャーズ全員が対象
2007年5月18日 日経産業新聞 朝刊 27面
記事概要
住友金属鉱山は、'06年度から学卒新人全員に対して短期(二ヶ月)の海外研修制度を導入した。時期は入社後約半年をへた10−12月。それぞれの語学力に応じて2−4人のグループに分け、米、英、加の大学などに派遣した。導入初年度の昨年は体調不良で参加できなかった一人を除く23人がそれぞれの派遣先大学の学生寮に入り、自炊生活を送りながら英語の勉強に励んだ。短期海外研修の狙いは若手社員に海外馴れさせること。「語学力だけだったら日本にある語学学校に通わせたほうがいい。異文化に触れて海外でも生活できると感じてほしい」とこの制度の導入を決めた橋中克彰人事部長は語る。入社後すぐのタイミングを選んだのは(見習い期間の)新人ならば職場の負担が少なく送りだせるから。社歴が厚くなるにつれて、2ヶ月もの間、職場から引き離すことが難しくなる。会社負担額は一人平均で百四十万円ほど。参加者の一人は「将来、現地の鉱山運営会社に技術者として駐在するときの心構えができました」と話している。(黒井将人)
文責:清水 佑三
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鉄は熱いうちに打て、の実践
コメンテータ:清水 佑三
非鉄精錬大手各社の生命線は海外鉱山の権益獲得とその後の鉱山運営にある。中国、インド等の大人口国の急速な経済成長が非鉄金属の需要をおしあげ、各社の権益獲得の戦いは熾烈を極める。
総合商社の仕事とされていた部分を精錬各社が自ら担う時代に突入したともいえる。
住友金属鉱山が新人全員を海外研修させる制度の背景を読み解くとそうなる。現時点では、2000余名の社員中、鉱山運営会社などの現地法人駐在しているのは約百人の社員であるが、新しい拠点が加わるにつれて駐在ニーズは急激に増える。
記事の中でポイントになると思われる箇所をあげて解説を付す。
・派遣先は語学学校ではなく大学を優先
語学力だけが障害になって入学許可がおりない人たちのために、米・英・加等の有名大学は語学力強化の集中プログラムを学内に用意している。町なかの語学学校と違って、TOEIC何点というその大学固有の要求水準を満たすために目の色を変える留学希望者が来る。その中に放り込む。それがこのプログラムの狙いである。導入初年度の研修組のTOEIC得点は平均100点上がった。
・語学力によって派遣される大学が違う
アメリカでいえばアイビーリーグ、イギリスでいえばオックスブリッジは海外からの留学希望者により高い語学力を求める。大学のレベルと求める英語力のレベルがおおまかに対応する。バーを高くしている大学入学希望者は専攻分野での基礎学力が概して高い。レベルの高い留学生が集まる。「新入社員を語学力に応じて2−4人のグループに分けて(それにあう)大学に派遣する」は、机をならべる「同学の質」が新人たちの間で違ってくることを意味する。朱に交われば朱くなるである。アイビーリーグやオックスブリッジで学べばそこで学ぼうとする学友の問題意識を吸収できる。貴重な経験となる。
・自炊生活をさせる
親元から大学へ通ってきた新人グループは自炊生活をしたことがない。新人全員に一定期間、寮での自炊生活をさせるのがこのプログラムのもう一つのポイントである。鉱山に駐在すれば便利なシティホテルとは縁がなくなる。不便な自炊生活を強いられる。高地登山を喩えに使えば、高地馴化トレーニングである。生活力をつけさせることが狙いにある。
・メンタルトレーニング
大学寮+英語特訓の海外研修の狙いの一つに「海外生活への対応力の底上げ」という表現が(記事に)ある。人里はなれた鉱山にあって、「住めば都」と思える強靭な神経を植えつけないといけない。同じ部屋で思想、信条、宗教が違うガイジンと暮らす。気があおうがあうまいが、お互いに神経の平衡を保たないとやっていけない。その技術を磨かざるをえない。この研修にはメンタルトレーニングという色彩もある。
・総合商社型人材への訴求力
住友金属鉱山の採用チームが会社説明会などでこのプログラムを紹介するとしよう。総合商社を志向しているタイプの学生が敏感に反応する。このタイプの夢は「海援隊を組織した坂本竜馬」である。学生は動物的なカンで「入社後の研修がその後の自分のキャリアを規定する」と感じている。この会社は総合商社型の人材をつくろうとしている。総合商社だと潜在入社倍率は宝くじなみだが、ここなら入れるかもしれない。
・住友の鉱山技術者とは
旧住友財閥の初めは衆知のとおり元禄のころに遡る。一介の銅商人が発起して(四国の)別子銅山を興した。明治維新後、産業領域を拡大、住友金属、住友銀行を中核とするコンツェルンが生まれた。実は銅の精錬を扱う住友金属鉱山は住友グループの嫡子にあたる名流なのだ。その住友金属鉱山を支えるのは鉱山技術者たちである。
・ポゴ金山で働きたい
記事に紹介されている(参加者の)倉上さんは「アラスカにあるポゴ金山で働きたい。研修を通じてその夢がより強まった。もっと語学を勉強する」と語っている。新人研修の目的は「会社への忠誠心の植え付け」にある。言葉をかえれば「夢を育む」ことが研修の本旨である。すべての研修参加者が倉上さんのように目を輝かせて帰国するとしよう。研修を企画したものは冥利に尽きよう。
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多くの会社がいろいろなアイデアでフレッシュマン教育に注力する。思いつきの域をでないものが多い。
筆者は、上に解説した理由から住友金属鉱山のフレッシュマン教育に「目覚むるるもの」を感じる。一人あたり百四十万円はその効用を考えると安いものだと思う。