人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

資生堂
今夏合宿 管理職スイスで英語漬け

2007年4月24日 産経新聞 朝刊 11面

記事概要

 資生堂は、今年度末までの3ヵ年計画の重点施策として海外事業の強化と人材育成の二つを取り上げてきた。強化対象である海外事業を推進する国際事業部では「あいまいな言い方や考え方を排除し、(発言の)責任を明確にする」(前田新造社長)ため、今年から社内会議の“公用語”を英語に切り替えた。また人材育成への全社的取り組みとして企業内大学制度を導入した。さらに、今年8月中旬には、執行役員一人と本社部門長クラス、外国人を含む事業所責任者十数人を指名し、一週間の予定でスイスのビジネススクール「IMD」に送ることを決めた。この幹部候補への指名研修の狙いは「グローバルな視点での人材育成」。将来の資生堂を背負う社員を厳選して国際的な視野を身につけさせることが狙い。国際的避暑地で行われる研修とはいえ、英語のみの缶詰状態の特訓には、同情の声も出そうだ。

文責:清水 佑三

資生堂によき伝統の復活をみた

 この記事にある二つの施策に注目したい。一つは国際事業部の“公用語”を英語に変える問題、二つは記事の見出しになっている“厳選社員による夏休みスイスキャンプ”である。それぞれについて効用を探ってみたい。

(国際事業部の会議の公用語を英語にする)

 ある部署の会議の公用語を英語に変える、というが具体的には何がどう変わるのか。想像してみる。

1)会議のために準備される資料等がすべて英語となる。
2)会議の場で飛び交う言葉が英語となる。
3)会議の結果を記録する媒体には英語が使われる。

 それが日本語だったときと、何がどう変わるか。

1)英語が得意であるグループ(ガイジン)に主役が移る。
2)英語が不得意なグループ(日本人)は脇役においやられる。
3)国際事業部内でのガイジン比率が高まる。

 部署内でのガイジン比率があがることによって?

1)海外拠点との意思疎通が円滑かつ迅速になる。
2)国内他部署からの不当な要求が届きにくくなる。
3)何故→何を→どう、の思考法が日常化する。
4)結果として戦略やシステムを重視する部隊が誕生する。

 どうして、会議で使う言葉を英語に変えることでこうした化学的変化が起きると予想されるのか。英語がもつ特質がそうさせると筆者はみる。

 それに係わる挿話を一つ。筆者はこの二十年間、イギリス系外資の(日本拠点)社長として、英語を使ってイギリス側とやりとりをしてきた。日本拠点の成績が悪いとイギリス側は説明責任の履行を求めてくる。

 イギリス側の事実追求メールに対してうまい返事を書きたい。そういうときに、しばしば立ち往生したものだ。

 どうしてもうまい返事が(英語でとなると)書けない。英語力の問題もあるが、道具としての英語がそうさせていると感じる。(英語は)根拠レスな弁解をするには不向きな言語なように思える。

 「あいまいな言い方や考え方を排除し、(発言の)責任を明確にする」ため、国際事業部の会議の公用語を英語にする、という前田新造社長の記者へのコメントは、上のような捉え方をすればそれなりに理解できる。

 まさに「言は事を載せて移る」(荻生徂徠)のである。

(厳選社員による夏休みスイスキャンプ)

 資生堂には、(現名誉会長)福原義春氏が、社長在籍時に敷いた「缶詰重職教育」の伝統がある。位人臣を極めれば極めるほど、同時に、人としての存在のありようを高めなければならないとするのが「福原哲学」である。

 そのためには何が有効か。この記事にある「エリート合宿」がその答えである。こうした試みは次のような強烈な刺激を合宿経験者に与える。

・選良意識

 見えざるものの意志を強く感じると人は化け始める。お前が将来の資生堂を担うのだ、というメッセージが「エリート合宿」参加者に届く。誰がそれを決めたのか。わからない。まさに見えざるものの意志が青天の霹靂のようにして自分を射抜く。自分のキャリアプランのなかで、はっきりと資生堂トップを意識するようになる。目の色が変わってくる。

・競争意識

 スイスのビジネススクールでの集中合宿は英語によってなされる。出発日が決まった瞬間から、同窓の十数名との英語力競争がスタートする。これまでとは比較にならない密度で英語と取り組む毎日が訪れる。なぜか。選良集団での敗北は決定的なキャリア上のダメージになると感じるからだ。負けたらただの人になる代議士の選挙と同じだ。負けたくない。

・戦友意識

 英語漬けの合宿生活は、激しい戦闘をともなった戦場経験に近いものとなろう。わずか数日寝食をともにした研修経験であるのに、そこから強い戦友意識が芽生える。「貴様と俺とは同期の桜」の関係だ。資生堂グループ2万6千余の中で選ばれた十数名が強い戦友意識で結ばれる。お互いに頼まれれば最優先して協力しあう同盟関係がこの合宿を契機に結ばれる。

・重職意識

 スイスで教わるのは「重職心得」以外のなにものでもない。一週間、広義の技術教育を英語でしても得られるものはない。わかりやすい英語でなされる「重職心得」は違う。わかりやすい内容であればあるほど、ズシンと腹に落ちる。グローバル企業のトップの使命とは何か。そのためには日常坐臥、何を念頭におくべきか。討議を通して「四書五経」の大事さに開眼する。目から鱗の機会となる。

***

 国際事業部の“会議公用語”を英語にする、にしても、社内から十数名を選抜してスイスのビジネススクールに送ることにしても、大上段に振りかぶった人事改革ではない。

 しかし、漢方薬のようにじわじわと効いてくる施策だ。

 資生堂が将来、昨今のトヨタのように国内部門の閉塞状況を海外(国際)部門が補って余りあるようになるとしよう。その淵源をたどると前田新造時代の“会議公用語”改革によるガイジン部隊にたどりつくかもしれない。

 また07年スイス組メンバーがボードに次から次へと名を連ねるとしよう。資生堂の「松下村塾」として07年スイス合宿が語られるかもしれない。

 大上段に振りかぶる施策よりも、こうした「一粒の種を」的な施策の方がよほど楽しみがある。

コメンテータ:清水 佑三