人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
三洋電機
昇格は自己申告 筆記試験も原則廃止
「一人一人の個性伸ばす」
2007年4月23日 フジサンケイビジネスアイ 朝刊 17面
記事概要
三洋電機は2007年3月期の連結決算が3期連続の大幅赤字となる見込みで、(創業家以外からの初めての社長となった)佐野精一郎氏を中心に積極的に経営再建に取り組んでいる。この3月末まで総務人事本部長として昇進・昇格試験制度の見直し作業を推進してきた佐野新社長は「私が全社員と毎日のようにコミュニケーションを図るのが理想だが、そうもいかない。社員一人一人の個性を伸ばし、組織を活性化させるためにまず管理職登用にかかわる人事制度を改める。」として4月から従来の昇進・昇格試験制度を抜本的に改革する新制度の導入に踏み切った。新制度の骨子は、受験資格を「上司の推薦制」から「本人の自己申告」に変える、試験の科目を「筆記試験」から「面接+論文」に変える、判定基準に絶対評価を導入し合格率を設定しない、など。三洋電機によれば、社員の個性とやる気を引き出すのが狙い。自己申告だけで昇進・昇格試験を受けさせる大手企業は珍しいという。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
重職登用の自己申告制は奇策中の奇策
コメンテータ:清水 佑三
まず、(記事にある)三洋電機の新しい昇進・昇格試験制度の要点を抽出しておく。
(対象者と格付け)
(合格率)
(受験資格)
(昇格基準)
(新制度導入の狙い)
***
記事末尾に伏線的に埋め込まれた「記者からのメッセージ」がある。この部分を読み落とすとこの記事の正しい理解はできない。以下の部分だ。
…(三洋電機は)創業家出身の井植敏雅氏が4月1日付で社長を辞任するなど(トップ)人事の混乱もあり、社内の動揺は完全には収まっていないという。自己申告に基づく昇格試験の実施には、自ら三洋を引っ張っていこうという気概のある人材を発掘する狙いもあると見られる。
この文章から逆算してゆくと、三洋電機の考え方の大筋が読める。筆者は次のように読み解く。
(等級の上の人たちがイエスマンになっていた)
上司の推薦制は裏返せば「自分の意に添う人」の登用と同じである。ピラミッドの上から順にこうした原理が登用において働いていたとする。会社の要所、要所にイエスマンが座る。イエスマンとは何か、自ら三洋を引っ張っていこうとする気概を去勢されてしまった人たちだ。忠誠を尽くす相手は自分を登用してくれた親分である。親分がそのまた親分に忠誠を尽くす。社内派閥抗争につながってゆこう。
(このままだと有為な中堅層がごっそり辞めてしまう)
日本の大企業を支えているのはトップ層ではない。(筆者のみるところ)課長層である。優秀な課長層を優秀な主任クラスが支えている会社が強い。優秀な課長、主任がごっそり辞めてしまったら後がない。トップ人事の混乱は中堅層に「見切りをつけさせる」導火線の働きをしかねない。それを食い止めるためには有為な中堅層に「ポジション」を与えるべきだ。迂遠な筆記試験をやるヒマはない。
(面接と論文なら乱世に強い人間を見分けられる)
筆記試験は、一定の論理に基づく受験者の序列化システムである。「正答」の数で序列化を行うところに特徴がある。言い換えれば「正答」がないような状況下での判断力についてはこのシステムでは判定できない。面接や論文は違う。問題への取り組み方の披瀝を求めることができる。平時と乱世とに分けて考えれば、登用における「正答」主義は平時の思想であり、「面接」主義は乱世の思想である。
(誰でもいい、切り取り御免でやってくれ)
三洋電機が置かれている環境は厳しい。乗ったまま充電できる電動アシスト自転車「エナクル」、パワーが落ちにくい充電池「エネループ」、性能の良いカーナビ「ゴリラ」など、ユニークで消費者受けする単品をもっているが、薄型テレビなどの主戦場では全敗といってよいくらい負けつづけている。主戦場で勝てないとジリ貧の危険がある。主戦場で勝つ人材とはニッチに関心をもたず敵の領土に入って切り取りができる人材だ。優等生はしばらく置いて、志願してリーダーになろうとする野武士型にここは任せたらどうか。
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佐野精一郎新社長の「社員一人一人の個性を伸ばし、組織を活性化させる人事制度」という表現の真意はこのあたりにあるとみる。背に腹は替えられないのである。
人的資源のアセスメントを生業にしている筆者から三洋電機に贈ることができるエールがあるとすれば以下となろう。