人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

ソフトバンク人事部長
青野史寛氏に聞く
子育て支援“日本一”へ 制度活用、雰囲気が大切

2007年4月18日 日刊工業新聞 朝刊 3面

記事概要

 ソフトバンクグループは、企業の社会的責任として取り組むべき優先課題として少子化対策を選択した。孫正義グループ総帥の『日本一の少子化対策を目指そう』という発案を受けて、ソフトバンク人事部長、青野史寛氏が制度設計を担当した。制度のポイントは社員が第1子をもつと5万円の出産祝い金が贈られ、以後、第2子10万円、第3子100万円、第4子300万円、第5子500万円と祝い金の額が増えるというもの。昨年夏から検討をはじめ、出会いから結婚、出産、育児までの支援を包括する制度を案出、このほどのプレスリリースとなった。青野史寛氏は記者の質問に答え「祝い金の500万円ばかりが話題になるが、妊娠中の短時間勤務や子どもが小学校を卒業するまで年間5日間付加休暇が与えられるキッズ休暇制度、子どもが小学校に入学する時に携帯電話をプレゼントし、基本料を無料とする制度などもあわせて導入している」と話し、新制度が企業が果たすべき社会的責任策であることを強調した。

文責:清水 佑三

人事に奇策なし、王道あるのみ

 この記事には編集委員・赤穂啓子記者による「記者の目」という囲みがついている。ジャーナリストとしての厳しい目が感じられる筆致であり共感できるところがある。引用する。

…ソフトバンク本社のある東京・汐留のビルは、夜中でもたくさんの社員が働く不夜城と化している。多くの社員が時間外手当のつかない裁量労働制に移行していることも、時間を忘れて働くことに拍車をかけている。そうした社内環境のなかで(略)、今回の施策を話題づくりだけで終わらせないためにも「この会社なら子どもを育てられる」と社員が自然に思える風土作りにもう一段の変革が必要だ。

 赤穂記者の視線と重なるが、以下に、発表されたソフトバンクの育児支援制度についての筆者の感想を書く。否定に偏っているが、人事に奇策なしの思いからである。

 (お祝い金には常識の幅がある)

 冠婚葬祭でやりとりされるお金の額は社会常識という制約を受ける。たとえば結婚披露宴に招かれたときに包むお金は地域差があるが、親子、兄弟、親戚、上司、同僚、部下、知人・友人と大体のランクがあってほぼ一定している。祝儀、不祝儀の機会を自分の宣伝のために利用するのは一般に歓迎されない。突出して多かったり、少なかったりすると「ためにする」のではないかと疑念をもたれる。会社が社員に送る祝い金についても言えるだろう。

 (5500万人の勤め人の何人が5人の子を持つか)

 直近のある統計によれば、日本の勤め人の数は、5500万人に達するという。その中にはパート、バイト、契約、派遣などの非正規といわれる形態で働く人も含まれる。大家族の支援を得にくい都会の勤め人の場合、何人の人が5人の子どもを持つだろうか。限りなくゼロに近いとみる。発生しない事象への約束を大きく掲げて社会的責任と声高に叫ぶのはいかがなものか。

 (子どもの数は高度のプライバシー)

 ソフトバンクの多産奨励金のアイデアは、よく売る営業マンやすぐれた技術者にインセンティブ(報奨金)を給付する発想法の少子化問題への援用である。「生めよ増やせよ」や(反対の)「一子化」を一党独裁ですすめる共産中国を彷彿させる何かがある。生まれてくる子どもを、国家の持ち物とみるイデオロギー(思想傾向)の発露とみる。人がわが手に抱く子の数は個人の内面そのものであり、単なる利益創出機構である企業からは、永遠にアンタッチャブルであるべきだ。

 (キッズ休暇制度の意味)

 有給休暇の消化率が低い中で、屋上屋を重ねる「5日間の冠休暇制度」をつくることにどういう意味があるのだろうか。記者がそのことを尋ねたのであろう。青野人事部長は「有給休暇の消化率を上げればよいという考えもあるだろうが、当社にはなじまない」と回答している。筆者はこの青野論理がよくわからない。時間を忘れて夜中に働く社員に有給休暇を100%消化させることが先ではないのか。

 (小学生に携帯を持たせる制度が育児支援策?)

 記事中に、ソフトバンクグループ社員の子どもが小学校に入学するときに(会社がその子に)携帯電話をプレゼントし、基本料を無料とする制度が紹介されている。記者が懐疑的な角度からの質問をしたのであろう。青野人事部長から「傘下に携帯電話会社を持つ会社ならではの施策だ。子どもに携帯電話を持たせるかどうかはあくまで親の判断に委ねる。」というコメントを引き出している。自グループの携帯電話を無料で与え、基本料を除く使用料収入を得るのは、形を変えた「販売促進策」ともとれる。小学生が携帯電話を使って社会的事件を起こすことが頻繁に伝えられている中で、親子のコミュニケーション増進という理由はとってつけたような印象を受ける。

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 いいたいことは以下のことだ。

  • 企業の社会的責任の第一は、社員の健康を損なう長期にわたる長時間労働をなくすことだ。
  • 裁量労働制だから、好きでやる仕事だからは理由にならない。
  • 有給もとれず深夜労働を強いられる環境があったとして、それを放置してキッズ休暇、多産奨励金といっても胡散くさい目くらましととられる。
  • PR(宣伝)のために人事制度を利用してはならない。
  • 人事こそ社会的責任の究極の表現形式である。
  • 人事に奇策なし、を覚えておくとよい。

コメンテータ:清水 佑三