人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

変わる円山動物園
職場の活性化 アイデア実現に手応え

2007年2月28日 北海道新聞 朝刊 34面

記事概要

 札幌市円山動物園では、五、六年前から、来園者の減少が目立ちはじめた。金沢信治園長は、管理職だけではなく、事務職員や飼育員から「来園者をどうやって増やすか」のアイデアをきくため面談を行った。市立動物園の飼育員は地方公務員法で単純労務従事者と規定されている。いわゆる現業職者である。金沢園長は一連の面談から強い手応えを感じた。動物園の主役である動物に一番近い飼育員が熱かったからだ。子ども動物園担当飼育員の三浦圭さん(38)は今後の円山動物園像をA3版一枚の図にまとめ、各施設ごとに詳細な説明をつけた。「飼育員になって十九年、こんな時が来ると思って、少しづつ考えていたんです。」三浦さんは、新聞や雑誌の切り抜きなど、電話帳二冊はある分厚いファイルをつくって未来の円山について考えをめぐらしていた。一月末にまとまった円山動物園の役割や将来像を示した基本構想案には「北方圏ゾーン」「アジア・アフリカゾーン」の設定など、三浦さんのアイデアが多く反映されている。年明けから、飼育員中心の会議もスタートした。職場の雰囲気はかつてないほど活発になっている。

文責:清水 佑三

多くの示唆を与える動物園改革

 日本の動物園のモデルケースといわれる動物園が同じ北海道にある。旭川市にある旭山動物園である。この動物園の魅力を伝えるコメントがHTV北海道テレビのホームページに載っている。読みやすくするため多少の文飾を加えて引用する。(関根勤&麻里親子の旭山動物園日記より)

…「旭山」を訪れた人たちは口を揃えて「こんな動物園は見たことがない」という。「また見に来たい」とも。一見すると普通の動物園と変わらないのに、一歩足を踏み入れると生き生きとした動物が間近にいる。それはまさしく旭山動物園ならではの光景。

 これまでの動物園は真四角に区切られた檻のなかに、いつも寝てばかりの、つまらなそうにしている動物たちがいた。動物園に行ってもちっともつまらない。そんな事態を打開しようと、サファリパークのように野生的な展示方法を取り入れる動物園も増えた。

 しかし、「旭山」は全く違う手法をとった。「園」を豊かにするのではなく、「動物」を豊かにしようとした。

 取材を始めた当初、飼育事務室で開かれた朝礼で小菅園長が飼育員にこんな話しをした。「動物が幸せそうに見える展示。そうした展示が大切です。
 動物が幸せそうだというのはそれだけ飼育係が動物の面倒をみていることにほかならない。幸せそうな動物がいて、その動物を見る人々が幸せな気持ちになる。そんな展示を目指したい。」この言葉こそ旭山を言い表したものだと私は感じた。

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 道新「発信2007、再出発」でとりあげられている札幌円山動物園の改革事例は、HTVで2003年12月に放映された「テレメンタリー 14枚の素描(スケッチ)」(当該年度最優秀作品賞受賞)で描かれた旭山動物園のそれと共通する点が多い。次のような点だ。

(1)園長の強いリーダーシップ

 旭山動物園の小菅園長、円山動物園の金沢園長はともに、来園者の減少という「症状」に対して、対症療法をとらなかった。本質的な問題解決を図った。動物園に来る人たちが何を求めているか、園長主導による大胆な仮説づくりに挑んだ。それぞれの仮説は違うが、ならばどうするか、で発揮した両園長のリーダーシップには見るべきものがある。

(2)飼育員の考えを聞くという姿勢

 国、地方公務員は、キャリア組と現業職員を厳然と身分上で区別する。企画立案はキャリア組が行い、現業職員は黙々とキャリア組が書いた設計図のとおりに動く。サービスの受益者にもっとも近い現業職員の声は企画立案に反映されない。二人の園長は、キャリアである飼育課長にきかず、飼育員たちの意見を聞いた。「よくぞ聞いてくだすった」といって目を輝かして自分が長い間考えてきたアイデアを話す飼育員が現れる。

(3)長い年月で発酵したアイデア

 旭山動物園の改革事例の原型は20年近く前に書かれた「夢のスケッチ」である。就業時間後、飼育員たち有志が未来の動物園像を語りあっては、それをスケッチにまとめていった。一枚一枚それが増えていった。現存するのは14枚であるが、その陰に膨大な数の夢工房があった。円山動物園の改革の契機となった三浦ノートも十九年の長きにわたるある飼育員の思考、思索の軌跡である。長い年月で発酵したアイデアには思いつきではない強さがある。

(4)付加価値の明確な定義

 旭山動物園は「幸せそうな動物がいて、その動物を見る人々が幸せな気持ちになる。幸せそうにしている動物を見せる。」を付加価値と定義した。そのために何をすればよいか。そこを改革の出発点とみた。円山動物園は(この記事によれば)「動物が生き生きと暮らす自然環境を見せる」を付加価値と定義した。そこから「北方圏ゾーン」という展示構想が導かれる。札幌市民はいながらにして、白熊とともに極北の自然環境のただ中に置かれる。旅の魅力に重なる。

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 二つの(北海道の)動物園の改革の試みは、企業にあって「高くて固い壁」にぶつかっているものに、多くの示唆を与える。改革を成功ならしめる5つのヒントである。

  • 対症療法では問題はかたづかない。存在理由そのものへの踏み込みが必要だ。
  • 経営企画室にプランをださせる改革は何も生まない。現場からの改革アイデアは何かを生む。
  • 即席醸造された酒はうまくない。12年もの、17年ものの酒には馥郁たる香りと味がある。長期にわたって培養されてきたアイデアを探せ。
  • 就業時間内の仕事ミーティングでは「創造」はなしえない。ボランティアで集まって、来る日も来る日も語りあう。自発的で無償の膨大な時間がある。そこから何かが生まれる。
  • 顧客に対してなされる「熱いメッセージの発信」が大事だ。その大本にあるものを言葉化すれば「顧客への愛」となるだろう。

コメンテータ:清水 佑三