人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

仏ルノー
ゴーン改革 重荷? 自殺続出

2007年2月24日 産経新聞 朝刊 7面

記事概要

 現地報道によると、パリ郊外にある仏ルノーのテクノセンターの従業員が、わずか数ヶ月の間に相次いで三人自殺した。今月16日、同センターの管理職に任命されたばかりの38歳の技術者が自殺し、遺書には「仕事上の困難」が書かれていた。昨年10月には中堅の技術者が同センター5階から飛び降り自殺。今年の1月には近くの池で別の技術者が遺体で発見され警察は自殺と断定した。仏検察当局は、ルノー(テクノセンター)の仕事のさせ方に問題はなかったか捜査に乗り出した。共産党系の労働総同盟はカルロス・ゴーン会長兼最高経営責任者が就任してから「従業員への圧力が非常に強くなった」として会社の責任を追求する構えだ。会社側は仕事のさせ方が自殺の原因との見方を否定している。(パリ 山口昌子)

文責:清水 佑三

激しい戦闘ほど死傷者が多くなる、は正しいか?

 日産の先行き見通しが厳しくなったことに踵を接するようにして、日本の論壇におけるカルロス・ゴーン氏に対する風当たりが強くなっている。「経営の神様」のような扱いをしてきた過去を忘れ、手の平を返すように悪く書きはじめた。ライブドアの堀江貴文氏、村上ファンドの村上世彰氏についても、「救世主」のように書いていた時期があった。

 最近のマスコミのゴーン批判の一端を紹介する。

  • 日産はもともとトヨタ、ホンダと同じくハイブリッド車開発の意欲をもっていた。
  • ロケットや自動運転などの未来技術についても強い開発意欲をもっていた。
  • ゴーン時代になって、目先の利益に追われ、それらの研究開発を中断させてしまった。
  • そのツケがまわって、トヨタ、ホンダとの商品開発力の差が歴然としてしまった。
  • 資材や部品の仕入れ先にプレッシャーをかけて得た利益を開発投資にまわしていない。
  • ルノーが手にしている利益の3分の2は日産が稼いだもの。ルノーのために日産がある。
  • ゴーン氏が得ている年間報酬は15億円という。トヨタの役員報酬全体よりも多いかもしれない。
  • 05年9月の「日産180」達成を境にして業績に影が出てきた。燃え尽き症候群に見える。

 筆者が知る日産マンが内々で語るゴーン評は必ずしも悪くない。以下のようなコメントを聞く。

  • ランチミーティング等で課長クラスまで幅広く社員の話をきく。
  • こうした努力の結果、課長クラスを中心に強い求心力が生まれた。
  • 資材、部品購入に合理性と厳しさが貫かれるようになった。
  • 有能な女性や外国人に対して強い登用意欲をもっている。
  • 就職人気ランキングの地位が急上昇した。彼の「カリスマ性」に拠っている。
  • ゴーン氏のリーダーシップによって「日産」ブランドは死の淵から蘇った。

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 産経新聞パリ支局の山口昌子さんが書く記事は面白い。自分の目で見、自分の頭で考えて文章を書いていると感じる。地球の裏側にあって、一人の日本人の目がキラキラ光っている。

 いつだったか山口さんは、宇宙飛行士の向井千秋さんがパリの日本人学校で行った講演の話を書いていたことがある。向井さんの講演は確かにインパクトがある。

 筆者が出た中学校でも招待講演で向井千秋さんをお呼びし、話をお願いしたことがある。事後の評判がとてもよかった。子供たちの好奇心に水を与えるような話し方を(向井さんは)される。パリ通信で山口さんも子供たちが生き生きと向井さんの話を聞いたと書いていた。

 今回の記事もいろいろな点で刺激を受けた。500字余りの小さな記事なので「概要」は、山口さんの文章をほとんど転載するような形になった。ごめんなさい。

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 この記事を読んでの筆者の興味・関心は、次のような点だ。

1 仏検察が捜査に乗り出した

 同じ部署で働く複数の従業員が(短い期間に)「仕事上の困難」によって自殺したとする場合、どういう罪名で(加害者としての)会社を(刑事事案として)立件できるのだろうか。(自殺者の遺族によってなされる)民事訴訟によって「該当部署の管理強化と鬱病、自殺との間には相当の因果関係がある」と裁判所が認定し、「安全配慮義務不履行」で会社に損害賠償の支払い命令が出ることはわかる。しかしそれは検察が動く刑事事件とは趣が異なる。

2 トップ就任後に「従業員への圧力が増した」

 新経営者が就任と同時に「不良資産の集中償却」を断行し、就任年度に大幅な損失計上を行って再生の出発点とすることは多い。カルロス・ゴーン氏が日産のトップに就任してとった経営判断もそうだった。しかし、仏労働総同盟のルノー批判はそれとは異なる。「従業員に過重な負荷をかける経営」に対する労働側からの批判である。3人でなら持てる重い荷物を2人で持たせ、2人ともが損耗してしまっているという批判だ。

3 管理職になったばかりの38歳のエンジニア

 自殺者の一人は管理職になったばかりの38歳のエンジニアである。エンジニアの語源は、エンジンを設計、製造する技術をもつ人である。転じて、エンジンだけでなく、機械、道路、橋梁、電子電気、化学、ソフトウエア等々までも対象に含めていわれる職名となった。取り扱う相手が「人」でない点に特徴がある。彼らが管理職昇格と同時に「人」を取り扱うことを強要される。「人」は感情の動物でエンジンのように機械的には動かない。38歳という年齢も微妙だ。男42歳、女37歳は古来、厄年とされる。危険な年齢が重なっている。

4 遺書に書かれた「仕事上の困難」

 鬱病と自殺の相互関係は明らかに存在する。鬱病に効く新療法が発見されれば自殺者は確実に減る。それはともかく、「仕事上の困難」が先にあって鬱病になるのか、鬱病があって「仕事上の困難」に突入するのか、鶏と卵のどちらが先かの議論だろう。ただ、これだけははっきりさせておきたい。遺書を書くという行為の意味だ。警鐘を鳴らす動機がなければ「仕事上の困難」と遺書には書かない。その遺書の文章が仮にわかりやすい冷静な筆致だった場合、死をもってする告発文と同じである。

5 仕事のさせ方と自殺の関係

 同じ仕事を、同じ仕事環境のもとでする複数の従業員がいるとしよう。A氏は楽しそうに仕事をし、B氏は苦しそうに仕事をする。B氏の苦しい状態が一年、二年と続く。やがて、鬱病になり、不幸なことだが自殺をしてしまう。会社の立場、主張ははっきりしている。「仕事のさせ方と(従業員の)自殺は関係ない。現実にA氏は同じ仕事、同じ仕事環境のもとで健康に仕事をしているではないか。(自殺は)B氏の個人的な条件によって起きた」。いやそうではないという主張との間で議論が始まる。

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 クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』は、米軍と硫黄島守備隊との間で展開された激しい戦闘をスクリーン上に再現した。先の戦争において、双方が多数の死傷者を出し合ったという点で、硫黄島の戦いはプレリュー島の戦いと並んで特筆される。

 激しい戦いと戦傷者の数は比例すると思ってよい。

 翻って企業の現場に目を転じよう。激しい開発競争に明け暮れるテクノセンターに、他社を凌ぐ「有用な新しい技術」をいついつまでに開発せよ、という指示がトップから届く。

 他社を凌ぐ環境対応エンジンを2年間で開発せよといわれても打出の小槌はどこにもない。焦れば焦るほど、ますます追い詰められる。管理職となれば貰っている給料は高い。その責任が重くのしかかる。

 作業ならば徹夜をすればその分だけ出力できる。しかし「有用な新しいアイデア」は徹夜すればするほど出なくなる。

 責任感が強い管理職者は悩む。自分の枯渇した頭脳に頭を抱えるのである。部下に指示を出したくても何をどう指示すれば「画期的な製品」になるのかわからない。

 仏ルノーの「管理強化」を批判するのは簡単だ。誰にでもできる。しかし、激しい企業間競争を戦傷者を出さずに凌ぐ問題は簡単ではない。

 「有用な新しい技術」を案出するためには、開発エンジニアがトマス・エジソンと同じ、価値観、知能タイプ、行動傾向をセットで持たないとダメだ。そんな人は千人のエンジニアのうちに何人いるのだろう。

 筆者の会社でも同じ問題にぶつかっている。

 「有用で新しいアイデア」の拠出を、それが出せる「わが社のトマス・エジソン」に限定してお願いする以外に手がないというのが現時点での筆者の思いである。

 すべての社員に創造性、自律性を要求する時代の風潮は戦傷者の大量生産につなが る道だとみている。

コメンテータ:清水 佑三