人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

日本HP
企業理念浸透させる 社長も若手も徹底議論
日本流の指針 一年かけ策定

2007年2月15日 日経産業新聞 朝刊 22面

記事概要

 日本ヒューレット・パッカード(HP)は、今年の社長年頭挨拶で、米国本社がもつ企業理念(HP Way)を継承発展させた日本HPビジョンの意義をあらためて強調した。内容は(1)世界をリードするIT企業としてたゆまず技術革新する、(2)社員一人ひとりが、誠実さと熱意、チャレンジ精神を持ち続ける、(3)顧客の企業価値を高め、生活をより便利にする、(4)顧客の身近で信頼できるパートナーとなるために努力する、の4つの項目からなる。この4つの項目は、昨年5月に社内公募して集まった470件のアイデアから絞り込んだもの。ビジョン策定の過程では、管理職から若手社員までが検討作業に参加し、小田晋吾社長も積極的にこの議論に加わった。特に管理職向けのワークショップで「なぜビジョンが必要なのか」「(そのビジョンによって)管理職にどういう行動が求められるのか」等について徹底的な議論を行った。IT業界の離職率は平均で10%とされるが、日本HPは5%弱と低い。その理由の一つに日本HPビジョンの策定と浸透に向けた全社一丸の努力があると同社は見ている。

文責:清水 佑三

未来の日本型経営のスタンダードがここにある

 外資系企業の日本拠点の多くは、独自の経営理念を掲げることをしない。日本拠点のリーダーがその必要性を認識しないからだ。労多くして益少なし、に見えるのだろう。

 日本HP小田晋吾社長は違う考えをもった。

 グローバルな“HP Way”(経営理念)を、日本拠点で根付かせるためには、その直訳を掲げていてはダメだ。日本独自で「自分たちで実践できるビジョン」に作り替え、浸透に向けて全社運動を展開しない限り、経営理念はほんとの意味で根付かない。

 日本HPがビジョン策定、公表までにとった手順は次のとおりである。

  1. (’06)2月、社内広報誌のトップ・インタビューで日本HPの独自ビジョンの策定方針を発表

  2. 5月、キャッチフレーズを全社員から公募

    470件のキャッチフレーズが集まる。その中から4件を採択。
    ビジョンの素案が完成。

  3. 7月、全管理職による第一次ワークショップ開始
    合計12回、全部で191人の管理職がワークショップに参加した。

    「なぜ、このビジョンができたのか」
    「なぜ、このビジョンは必要なのか」
    「管理職としてどういう行動が求められるか」

  4. 秋、部門単位での第二次ワークショップ

    「ビジョンを自部門業務にどう結びつけるか」

  5. 11月、新(事業)年度開始。ビジョンを公表、同時に評価制度の修正をアナウンス
    • ビジョンに沿った行動をしている人を評価する項目を入れた新評価制度導入
    • チーム表彰(社長賞)基準に、ビジョンに沿った行動をしたかどうか、の項目を入れる
  6. (’07)1月、浸透度アンケート実施

    ビジョンが書かれたカードの携行率(社員の約8割)
    折に触れてカードを確認(社員の約2割)

 独自のビジョン策定の方針を出してから、策定、公表、アンケート実施による振り返りまで、ほぼ一年の歳月を費やしている。

 小田社長は次のように日本独自の経営指針をもつ意味と価値について語る。

…さらなる成長を実現するためにも、その原動力となる社員が心を一つにし、会社が進むべき方向性を共有することが何よりも大事。(進むべき方向性を示すのがビジョンだ)

…(グローバルな)“HP Way”のもう一段の浸透を図るには日本人向けにかみ砕いた内容の(日本独自の)ビジョンを作る必要が(どうしても)あった。

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 ここから先は筆者の妄想に近い話だ。外資系日本企業に人がいつかないのは何故かというテーマの考現学である。

 外資系企業の日本拠点を預かる日本人上層部の風貌風姿、立ち居振る舞い、一挙手一投足から彼らについて(筆者は)次のような心象をもつ。

英語だけはうまい

 外国人の上司が喜ぶ言語操作能力をもっている。英語で白いものを黒いといえる。外国人のトップは自分の責任で本国の上司に成績不良の理由をリポートしなければならない。使える文言を提供してくれる日本人部下がおいしい。自然に接触の機会が多くなる。家族ぐるみのつきあいになる。家族ぐるみでつきあえば、人間みな「いい人」になる。外国人上司は自信をもって英語だけはうまい彼(女)を重用する。

サーチ会社へ常時登録している

 自分のやっていることが「浮き草」であることをよく知っている。ルーマニアのニコラエ・チャウシェスク元大統領と同じだ。亡命できるヘリを用意している。ルーマニアの独裁者は、亡命のタイミングをほんの少し間違えたためにリンチのような裁判を受けて銃殺された。日本の外資系のチャウシェスクたちは、自分の知力のすべてを賭けて「職歴書」を書いている。一生懸命やる仕事はそれだけだ。

360度評価の周囲の評価は“ethics に難あり”

 隠微を極めるパワーハラスメントは、匿名の同僚、部下たちの360度評価の入れ札で爆発する。どの項目が際立つか。“ethics に難あり”である。自分の好きな人間だけで周囲を固め、公私混同と紙一重の人事をする。形式的な理屈だけは通っているから、表面だって誰も文句をつけられない。さらに権限規定ギリギリまで金を使いまくる。

出入り業者から蛇蝎のごとく嫌われる

 業者選択権をもった途端、威張りまくる。横柄な態度、相手の負荷を考えない仕様変更の連続。無理な値引き要求。自分都合による返品、取替え。過剰サービスの要求。すべての出入り業者からまさに蛇蝎のごとく嫌われているが、自分では尊敬され好かれていると思っている。自分が気分のいいときは、親戚の叔父さんまがいの人生訓を垂れる。

誠実、有能な人から順にやめてゆく

 自分の上司の人格が低劣な場合、まともな人はいつかない。歯周病患者の歯が欠けるようにして優秀者が辞めてゆく。次々とエージェンシーに斡旋を求める。何故やめるか、自分の存在の軽さゆえだとは夢思わない。自分の上司への報告書は、採用した人事セクションの無知、無能ゆえに起こったことと書く。誹謗された人事は頭に来るが、現場は強い。

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 日本HPは業界水準と比較して定着率が高い。上に戯画化して述べたような人たちが棲息できない組織風土をもっている。上の人ほどよく仕事をしていて、同時に人間的な魅力をもつ。

 日本企業のもつ「副交感神経優位」の共感性体質と、欧米勝ち組企業のもつ「自律神経優位」の緊張体質をほどよくバランスさせることに成功している。

 企業理念とか経営ビジョンを絵空事と考えない日本HP社長の小田晋吾氏の考え方、姿勢に外資系であるにもかかわらず、高い定着率を維持できている秘密がうかがえる。

 ビジョンの策定と運用法を社員総がかりでまじめなお祭りとして考えてゆくところがいかにも日本的だ。それをHPの理念と相乗させていることも凄い。

 欧米と日本の良質な経営思想が統合されている事例だ。今後の日本型経営をイメージするときの一つの具体的なスタンダードがここにある。

コメンテータ:清水 佑三