人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
神戸製鋼
組合員の人事処遇制度
人材育成型に改定 技能継承運動を後押し
2007年2月15日 鉄鋼新聞 朝刊 1面
記事概要
神戸製鋼所では今後10年間で半数近くの従業員が定年を迎える。その現実を踏まえ、ものづくり力の維持・強化のために、組合員(非管理職)の人事処遇制度をみなおし、労働組合への提案を終え協議に入った。従来の制度の基本的な考え方は、採用・配置・処遇・研修などの人事管理を、「企画」と「技術」のカテゴリーに分けて行うというもの。「企画」は、いわゆるホワイトカラーで、文・理系の知識集約型の仕事に従事する。「技術」はおもに製造現場の技能職社員の仕事を指す。従来のこの区分だと、製造現場のIT化によって増える一方のモニター画面監視業務など専門性を伴った多様なスタッフはこのいずれにも該当しない。そこで「企画」職掌を「総合(将来のリーダー)」と「基幹(スペシャリスト)」の二つに分け、こうした新しいタイプのスペシャリストを「基幹」職として定義することとした。「基幹」職の賃金制度は、従来の職務別基準ではなく、専門性の習熟度基準に変える。そうすることで、ベテラン層がもつ技能レベルの若手への承継を制度面から後押しする。
文責:清水 佑三
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激変の鉄鋼業界で何が起こっているか
コメンテータ:清水 佑三
筆者の弟が鉄鋼業界にお世話になっている関係で業界裏話のような情報には事欠かない。神戸製鋼所の人事改革事例の絵解きをするときに、世界と日本の鉄鋼業界で何が起こっているかを俯瞰しておくことが必要だ。環境適応作戦イコール制度改革だからである。
(インド人ミッタルのこと)
世界最大の鉄鋼グループはどこでその本社はどこにあるか?そのオーナーは何人か?答えはミッタルスチール(ミッタル)、本社オランダ、会長兼CEOはインド国籍をもつラクシュミー・ナラヤン・ミッタルである。ラクシュミーは、ヒンドゥー教最高神の妃の名前で、富を司る神として知られる。ラクシュミー・ミッタルは日本でいえば近江商人にあたるマールワーリー商人のDNAをもつ。
ミッタルのやりかたは単純といえば単純である。鉄鋼会社の多くは国営である。いずれの国営会社も経営が杜撰になりがちで、金を溝に捨てている面がある。ミッテルは立ち行かなくなった国営鉄鋼メーカーを二束三文で買い叩き、ラクダ交易で歴史上名高いマールワーリー商人の知恵で経営の効率化を図る。成功して稼動率があがれば会社価値はV字形を描く。
カザフスタン、ルーマニア、チェコ、ポーランド、マケドニア等でその手法を使って国営鉄鋼会社を買収し大きくなっていった。ミッタルが外国政府から企業を買うときは「黒い金」が動くという。イギリスのブレア首相率いる労働党への12万5千ユーロの黒い献金はスキャンダルになった。透明度の高い欧米の株式公開企業にはできない禁じ手である。
父親が1950年に創業した町の鉄材スクラップ業者は、半世紀を経て、米、仏の大手鉄鋼メーカーの買収を行い、さらに昨年(06年)売上トップの欧州ルクセンブルグのアルセロール社の買収に成功して、世界シェア10%を握る世界最大の鉄鋼メーカー、アルセロール・ミッタルが誕生した。次のターゲットはどこか。世界第三位といわれる新日鉄ではないか。
(新日鉄の防衛策)
新日鉄が置かれた立場は微妙である。一方にアルセロール・ミッタルがあり、他方には上海宝鋼集団を筆頭とする中国メーカーがある。いずれとも提携関係があるが、いつなんどきミッタルがアルセロールに仕掛けたようなTOBを、アルセロール・ミッタルや上海宝鋼集団から仕掛けられてもおかしくない。技術供与した側が買収されるとしたら皮肉だ。
新日鉄が打った手は、住金(住友金属工業)、神鋼(神戸製鋼所)との軍事同盟の締結である。いずれかが敵対的買収にさらされたとき3社が結束してことにあたるという主旨の申し合わせをした。どういう方法でというところまでは踏み込んでいない。新日鉄単独の買収防衛策としては、議決権多数を確保するための新株予約権発行の可否を株主に直接問うことができる道筋をつくった。
(神鋼は新日鉄・住金連合と距離がある)
3社の軍事同盟は3社トップの「雄叫び」であり、現場同士は血で血を洗う過当競争が繰り返されている。神鋼が置かれている3社内での立場は微妙だ。自動車の各種バネ材に使われる特殊鋼線材では神鋼が強い。自動車用薄板鋼板に強い新日鉄にとってその牙城は何としても崩したい。こうした鋼線材の営業最前線では神鋼と新日鉄はしのぎを削る。運命共同体の雰囲気はない。
不採算事業の統合による経営効率化は3社連携のテーマとして意識されているが、実現したのは新日鉄と住金の間だけで神鋼はおいてきぼりになっている。神鋼は単独での生き残りをかけて経営効率化と自社がもつ技術の強化、承継を優先させねばならない厳しい状況にあるといってよい。
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事例解説の話題に戻そう。この記事は正直いってわかりにくい。具体的な話がほとんど書かれていないからだ。ただ、よく読むと少しづつであるが、記者の訴えたいことが浮かんでくる。忖度すれば(記者は)つぎのようなことがいいたい(のだろう)。
神鋼の新制度の意味と価値に関する筆者の解釈でもある。
(技能集団にメスを入れる)
「基幹」職者を改革のターゲットに選んだ。彼らは仕事のスペシャリストであらねばならない。スペシャリストの世界は「技能オリンピック」で上位入賞する人が偉く、予選失格者は偉くない。ひとつでも高い順位を目指して頑張るのがスペシャリストの生き様だ。それぞれの分野でこうしたレベルアップ競争が起これば、会社がもつ技能レベルの全体水準は上がってゆく。蓄積してきた技能が承継されることにもつながる。
(職務給の否定)
オリンピックの表彰規定にあたるものを変えた。従来の表彰(処遇制度)では、陸上競技の勝者には金のメダルを、水泳競技の勝者には銀のメダルをという競技種目別にメダルの色が違っていた。技能承継(レベルアップ)運動を全技能分野で進めようとするときに、この考え方は障害になる。やめちまえ、ということ。
(レベル給の導入)
レベル給は、金、銀、銅の三段階ではなく、もっと細かく技能レベルを定義してそれを基準に賃金ランクを決めようというものだ。相撲の番付、囲碁、将棋の段を想起すればよい。関取は横綱以下、番付の位置で「給金」が決まる。これがレベル給である。新しい神鋼の人事処遇制度では、「基幹(スペシャリスト)」職掌について、この考え方の導入を考えている。レベルの滞留があれば「給金なおし」はないことになる。
(人材育成を主眼に)
今までの人事処遇制度には、人材育成を支援する角度が抜けていた。採用・配置・処遇・研修などを通して会社がどういう人材をつくってゆきたいのかメッセージが伝わって来なかった。新しい考え方では職群別にゴールイメージにあたる言葉を用意した。「総合」職はリーダーを目指せ、「基幹」職はエキスパートを目指せ、というぐあいに。登山でいえば、登ろうとする山の姿がよりはっきりする。
(リーダー・カテゴリーの新設)
アルセロール・ミッタルは、経営効率が悪い企業の買収を狙う。経営効率を高めておかないと伝統ある神鋼のブランドはこの世から消える。経営効率を高めるための具体的な施策のひとつは、マネジャー層の育成、強化である。あいまいだった「企画」職群を「総合」と「基幹」の二つに分け、「総合」を将来のリーダー層と定義した。これによってマネジメントのプロを作ろうという狙いが見える。ただ、この層への具体的な改革案は記事中にはない。
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神鋼は、重い腰をあげて日本型総合職制度から多国籍企業で常用されているマネジメント・トレーニー制度(マネジメントを将来やってもらうことを想定して採用し、入社後もその角度から育成する制度)に向かって舵を切ったとみる。
同時にものづくり企業の生命線である製造現場に蓄積された技術、技能、センスの承継システムに着手した。
人事制度改革はかくあらねばならない。
会社が存続の危機に立ってしまってからでは遅い。常住坐臥「戦える将と兵をつくる」は今の時代にあっての必須の人事施策だ。神鋼の制度改革には強い意志がうかがえる。
神鋼の戦略立案部門の人たちの議論の方向はだいたい分かった。組合も理解を示すだろう。
健闘を祈りたい。
(上記の記事解説を書くにあたって、『テーミス』『選択』の2006年7月号の鉄鋼業界に関する記事を参照しました。)