人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

企業と社会の対話(2)=ベネッセコーポレーション(下)
桜木君枝常勤監査役に聞く

2005年7月15日 生産性新聞 朝刊 6面

記事概要

 久末一男編集委員によるインタビュー記事。テーマはベネッセコーポレーションのCSRへの取り組み。インタビューを受けているのは、ベネッセの桜木君枝常勤監査役である。質問は、「貴社は女性管理職が非常に多いようだが?」「女性がなぜ多い?」「貴社は育児休業・介護休業を早期に導入したが?」「女性活用はなぜ必要なのか?」など女性活用に関するものが中心。桜木君枝常勤監査役の回答は「ベネッセの従業員数は、現在1931人で、その57%を女性がしめる。管理職数468人のうち、女性は32.3%である。教育、福祉、生活、語学の4つの事業を軸に展開しているベネッセの事業領域が女性のもつきめ細かさの特性とマッチしている。あわせて、赤ちゃんからお年よりまでの一人ひとりの『ベネッセ=よく生きる』を支援する企業使命も、仕事と家庭が両立しやすい企業文化醸成に与っている。70年代から、重要な当社の戦力である女性に、男女の区別なく十分に力を発揮し少しでも長く務めてもらおうと、試行錯誤を重ねてきた結果が今になっている」。

文責:清水 佑三

ベネッセ=よく生きる、を社業にした瞬間に女性優位になる

 女子教育奨励会(JKSK)という名前のNPO法人がある。理事長は労働省出身で、TheBodyShop,Japanの創業社長を10年勤めた異色の木全ミツ氏。女子教育奨励会のめざすところは、同法人のホームページによれば、「日本を変えるべく、強いリーダーシップをもって行動する女性の育成と支援」。

 「女性の活力をすでに活用している/活用しようとしている」企業リーダーを招き、その実績、根底にある企業理念、リーダーの生き様」などを尋ねるJKSKインタビューを活動の一環として行っている。過去に登場した人たちをみると、女子教育奨励会が認めている「女性の育成と支援において理想に近い企業」が浮かび上がる。

第1回 ゴールドマン・サックス証券
第2回 日本アイ・ビー・エム
第3回 新生銀行

 日本における女性活用先端企業のトップが何を考えているか知りたい。インタビューの中で興味をひいた部分を紹介したい。

  • ゴールドマン・サックス証券(村山利栄経営管理室長)

     …トレーディング・ルームで働いている皆さんなどは、個室はなくトイレで(乳を)搾らなくてはいけないということで、すぐに搾乳室を作りました。母乳を凍らせられるように、冷凍冷蔵庫とキッチン・シンクをつけた個室を。 私や、他のワーキングマザーに直接ヒアリングしてくれて、私たちの要望にあったものを急ごしらえで作ってくれました。

  • 日本アイ・ビー・エム (北城恪太郎代表取締役会長)

     …eワークというんですけれども、最近は通信環境などのインフラも良くなっているので、ネットワークを通じて家でも仕事ができますから、(子育てとか介護とかでどうしてもという場合)そういう人は在宅勤務もよい。
    子育て中に限らず、仕事に大きな支障が出なければ、今男性でも結構在宅勤務をしています。週に何回かの在宅でも良いし、ずっと在宅でも良い。2,000人を超える社員がやっているかな。ワークライフバランスという、女性が子育ての間仕事から離れないように、継続できるような仕組みを作ったりしながら、皆さんにがんばってもらいたいということでやってきているんです。

  • 新生銀行(八城政基取締役会長)

     …託児所についてお話しすると、出産の後育児が待っているわけです。例えばご両親とか代わりに面倒を見てくれる人が必ずしもいるわけでもないでしょうから、そうした場合は銀行で預かりましょうという発想です。それで「ひびやKids Park」という社内託児所を作ったわけです。今は毎日平均15人くらい預かっています。

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 ベネッセの桜木君枝常勤監査役に聞く、に戻ろう。

 生産性新聞の取材記事と内容は近いが、前述したNPO女子教育奨励会インタビューに登場した桜木さんのQ&Aを引用する。

 会社という場における男女差についての桜木見解である。

 …(私は今常勤監査役という立場で「コンプライアンス」を担当しています。)この監査役という仕事、そしてコンプライアンスという仕事は、女性に非常に向いてるのではないかと思います。コンプライアンスというのは法令遵守と訳されるのですが、それはあくまで狭い意味なんですよね。本当のコンプライアンスというのは、企業倫理や企業理念−当社ですと「Benesse=良く生きる」−までを実現していくのが、本来のコンプライアンスです。

 …男性やあるいはずっと法務をやってきた人は、どうしても「法令遵守」や「ルール」というところだけに限定されがちな傾向が強いと感じています。何のためにそのルールを根付かせなければならないのかという本質や、その上位概念にある価値観を根付かせないと会社は変わっていかないということになかなか気づきません。

 …会社として何を大切にしていったら良いのかという価値観を植え付けるための教育研修にしても、いろいろな方法を自分なりに考え、きめ細かく粘り強く実行していくのは女性の方が得意だと感じています。

 …ですから、組織の中で、女性は非常に大きい牽制の役割を果たすと思いますね。

 男性識者が同じ文章を公に発表したらどういう批判を受けるか興味深い。差別発言と捉える向きがあるかもしれない。

 ゴールドマン・サックス証券、日本アイ・ビー・エム、新生銀行の女性活用にリーダーシップをとる人たちとの視点の違いに気づかれたろうか。

 授乳室をつくること、社内託児所をつくること、育児や介護を支援するために在宅勤務を認めること、という角度の発言は桜木コメントには皆無だ。もっと本質的なことを言っている。一言で言えば、男性社会の構造的欠陥の補正についての指摘である。

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 男女の特性差がもっとも顕著にあらわれるのは、男性が定年退職して自宅にこもるようになったタイミングだそうだ。その年代で、男女が別々に知らない人どうしのバスツアーにでると仮定しよう。次のような顕著な行動差が観察されるという。

  • バスツアーの最初の一時間で、女性バスでは席を隣り合わせた人たちのおしゃべりに花が咲く。前後の席の人が加わることもある。
  • 男性バスでは、お互いにほとんど口をきかないで一時間が過ぎる。口をきいたとしても、前はどんなお勤めでしたか、そうですか。で話が途切れる。
  • お昼のレストランでさらに集団差が顕著になる。男性バスのグループは押し黙ったまま黙々と食事に専念して会話が弾まない。
  • 女性バスのグループはお互いにどこに住んでいて家族構成はどうで普段どんな生活をしているかほとんど全部知り合ってしまう。10年の知己のような世界が現出する。
  •  この違いはどこから生まれるか。

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 「環境適応」という視点を導入するとよい。一般に男性の方が環境適応が下手である。見知らぬ人の世界でどう振舞ったらいいか、マニュアルをくれ、といいだす。

 桜木さんの主張は、企業は環境適応を条件づけられた結社であり、企業の中の論理だけで動いたらサバイバルできない、むしろ女性のもつ環境適応能力を組織として積極的に取り込むべきだというものだ。

 ベネッセという会社ミッションをあらわす言葉に秘密があるだろう。このミッションへの距離の違いが男女にある。

 よく生きる、を支援しようとは大半の男は考えない。そんなのは個人の責任だ。人には干渉しないから、自分にも干渉しないでくれ。これがホンネ。口にそこまで出さないまでも、よく生きるとは何なのか、定義を決めてくれとはいいだすだろう。そこで喧喧囂囂の議論をして、声の大きい人の定義を採択する。

 女性は感覚的に「よく生きる」の意味をつかんでいる。自分にとって快適で、筋が通っていて、損しない生き方である。「おいしく」生きたいと「よく」生きたいと同義に捉える。

 社業をあまねく衆生のベネッセ支援として定義すれば、自ずから女性が主役を張ることが多くなろう。女性活用というくくりで、(たとえば)鉄鋼メーカーとベネッセを同列でみることの非をいいたい。

 同じ人を同じ目的でインタビューしているが、記事になったものを比べると、生産性新聞の久末一男氏のものよりも、女子教育奨励会、木全ミツ氏のもののほうが、格段にわかりやすい。その違いが何によるものなのか、これもまたかんがえさせられた。

コメンテータ:清水 佑三