人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

イタリア公務員改革
怠惰な管理職は解雇 「お役所仕事」一掃します

2007年1月31日 毎日新聞 朝刊 8面

記事概要

 今月19日づけのイタリア各紙の報道によれば、イタリア政府と主要労働組合は、イタリア経済低迷の一因に官公庁業務の肥大化、非効率があるとの認識で一致し、約350万人にのぼる官公庁職員の仕事ぶりにメスを入れ、怠惰な職員の削減など思い切った合理化策を進めてゆくことで合意した。政府案では、(イタリア)南部地区の剰余公務員を北部地区に移す、早期定年退職者を広く募る、管理職を減らし年功序列的な昇進制度をあらためる、実績があげられない管理職者は解雇する、などが盛り込まれている。以前から、イタリア官公庁職員の仕事ぶりがスローでムダが多いことはよく知られており、多くの市民たちはイライラしていた。政労の合意内容には、職員に対する市民のチェック機能強化もうたわれており、実現されればイタリアとしては画期的な改革となる。(ローマ、海保真人記者)

文責:清水 佑三

市民による市職員の360度評価、ガリレオ的発想

 本題に入る前に、イタリアについてまず好奇心を発動させよう。イタリアは「少子高齢化」という点で日本によく似ており、お互いにお互いを参考にしてやれるところが多い。

 その国でよくつかわれることわざがその国の国民性である。「世界ことわざ大辞典」(大修館書店)から、イタリアのことわざを拾い読みしてみる。

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・悪いことすべてが害になるとは限らない

 『山口組三代目 田岡一雄自伝』(徳間書店)で、田岡一雄が繰り返し訴えていることに通じる。シシリア・マフィアがイタリア政財界に深く食いこんでいる(とされる)背景には、イタリア人のこのことわざがあるとみてよい。日本もまた同じだ。闇社会への許容度が高い。「清濁併せ呑む」という。

・支払いと死ぬのは相手を待たせるほうがよい

 明日できることは明日せよ、に通じるところがある。相手を待たせるほうがよい、という視点は、せっかちな我々にはわかりにくい。イタリア行政府職員が(仕事をするとき)スローモーなのは、待たせる快感を大事にしているから。

・ロバは言われたところに繋げ、そこで首の骨を折ったら、言ったほうが悪い

 「目上のいうことはだまって聞いたほうが得。結果が悪くても、それは言ったほうの責任である」という注釈が(辞典には)ついている。お役所仕事には「たらいまわし」と「無責任」というイメージがつきまとうが、ひとつの理由にこのことわざに結晶している心理があるのかも。

・聞け、見よ、だが言うな。平和に暮らしたいなら

 シーザーの「われ来たり、見たり、しかして勝てり」の語呂をもじったもの。イタリア官公庁職員の「職員手帳」にはこの言葉があるのかもしれない。ここでの「言うな」とはリスク・テーキングをするなという意味。有言実行型の改革は影を潜める。

・神の思し召しなくしては、木の葉一枚散らない

 「どんなに理不尽と思えても、それはすべて神の思し召しである」という注釈がついている。短い言葉だが、理不尽か理不尽でないかを判別する「センサー」をいつのまにか機能停止に追い込む力がある。理不尽と戦う意志を摘み取ってしまう。泣く子と地頭には勝てない、長いものには巻かれろ、という日本のことわざにも通じる。

・老いたメンドリほどよいダシがでる

 年功序列制度をつくる価値観である。ほんとうに老いたメンドリからのダシのほうが、若いメンドリのダシよりいいかどうか、労使双方で共同検証してみようというのが、今回のイタリア政府と労組が合意した内容だろう。日本にも亀の甲より年の功という言葉がある。

・教皇が死んだら、また作ればよい

 なにごとも大騒ぎする必要はない。偉大な教皇といえども取替え可能である、といった含意がある。あしたはあしたの風が吹く、に通じるケセラセラモードである。(映画をみていると)イタリア人がいつも楽しそうに見えるのは、大義を振りかざしてムキになるところがないからか。

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 本題に入る。

 公務員数を劇的に減らすことに成功した事例として、サッチャーイズムとして知られるイギリス政府の改革事例があげられる。

 イギリス中央政府で働く公務員数は、サッチャーイズムの推進により、サッチャー政権発足時と比較し、20年で実に36%減少させることに成功した。以下のような内容である。

 過去には必要であったが、今は必要がない仕事を廃止する。(強いリーダーシップが必要)

 必要性を認められた仕事を次の3つのカテゴリーに分ける。

  1. 軍事、国防などの国家権力の中枢部門
  2. 各省庁の政策立案部門
  3. 行政サービス部門

 イギリスの場合、国家公務員の95%が3の「行政サービス部門」に従事していた。この構造は、日本、イタリアも基本的には変わらないだろう。

 公務員のほとんどを占める「行政サービス部門」の改革がポイントとなる。

 サッチャーイズムは次の二つの手法を多用した。響きは似ているが異なる概念をもつ。理解のために、日本における具体例をつけておく。

 (分社化政策)

 エージェンシー化といわれる。公務員身分は残す。しかし、マネジメントについてはメスを入れ、競争原理を導入して、成果主義で運営する。日本の国立教育機関、医療機関等で導入された独立行政法人化が身近な例である。

 (外部化政策)

 職員が公務員でなくなるのが特徴。外部化には、民営化方式と民間委託方式の二つがある。民営化のメリットは見えやすい。国鉄時代は毎年のように運賃アップがあったが、民営化されてからは運賃アップがほとんどなくなった。民間委託は、逆にデメリットが表にでた。(建築)確認申請の偽装書面を見抜けなかった民間検査機関がそれである。委託管理者制度によって役所の検査業務が外に出された。

 こうしたプロセスを経て中央政府機能のコストパフォーマンスを大幅に改善したのがサッチャーイズムといわれるもの。

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 記事でみると、イタリアの政労は、官公庁職員の労働生産性を高めるための方策として次のようなアイデアを用意している。

  • 再配置→南部の剰余職員を北部に移す
  • 希望退職→早期定年退職者優遇措置の実施
  • 賃金分配基準の見直し→年功賃金制度の改革
  • 管理職のスリム化→登用基準のみなおし、不適格者の解雇

 四つのアイデアを比較すると、最後の管理職のスリム化の実現がもっとも難しい。いくつかの理由がある。

1)特権の剥奪は強い抵抗を伴う

 管理職は社会的身分(特権)の名称である。明治維新で士農工商の身分制度を壊し、「士(侍)」の特権を奪った。奪われる方は、結集して死に物狂いの抵抗を試みる。西南戦争がその例だ。

2)剥奪の根拠

 どういう基準をもって、特定者に対して剥奪を行うのか。刑法のような法体系とその運用体制が必要となる。管理職としての職務遂行上の瑕疵について証拠をもち、第三者機関が客観的な事実審査を行って剥奪を行わない限り、組織のモラールダウン(反乱までゆくこともある)は避けられない。

3)誰が判断するのか

 管理職者の身分の剥奪を行う場合、誰がそれをするのか、評価者を決める問題がある。三つありうる。命令系統上の上位者の判断、逆に指示、監督を受ける命令系統上の下位者の判断、行政サービスの受け手である市民の判断の三つである。いずれも一理あるが、上司以外の判断を仰ぐ具体的な方法は実施が難しい。

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 イタリア政府の改革案にはもっとも難易度が高い場所に踏み込んだという点で「画期的」である。記事中の文章をひく。

…政府と主要労働組合は今後、怠惰な職員の削減など、積極的な合理化策を進めることで合意した。職員に対する市民のチェック機能も強化する予定で、実現されれば、同国としては画期的な改革となる。

 文字通り読めば、行政サービスの受益者である市民が、個々の(お役所)職員の仕事ぶりについて360度評価を行うのである。江戸享保の「目安箱」である。

 具体的なやりかたが書かれていないので、ここから先は想像になる。管理職のスリム化問題は、サービスの受益者側からなされる告発を待たない限り実現できないとみる。

 上司、部下を含めて内部者による評価方式は、惻隠の情(相互助け合いシステム)が働いて、実効性のある改革は期待できない。

 この記事にある市民のチェック機能の強化がほんとうに実現すれば、イタリアだけではなく、世界中が驚くだろう。

 ガリレオ・ガリレイを生んだ国である。やるかもしれない。

 おもしろい記事だと思った次第。

コメンテータ:清水 佑三