人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

トヨタ自動車出身
NHK金田新理事 まず「信頼」勝ち取る
視聴率など民放と競争

2007年1月17日 読売新聞 夕刊 13面

記事概要

 旗本浩二記者によるインタビュー記事。記者の興味は効率経営、カイゼンで知られるトヨタ出身者が、NHKの理事就任4ヶ月半で何を感じたかに集中する。就任してまず驚いたこと、不祥事が続く理由、受信料徴収策、民放と競争するのか、国会の予算承認権について、今のNHKにもっとも欠けているものは、などの質問が次々と繰り出され、明快な言葉で金田新(新)理事が回答する。トヨタ自動車専務として「強い組織づくり」に貢献した金田新氏は、今のNHKに最も欠けているものは何かの質問に「萎縮している。まずは元気をださないと」と語り、そのためには、NHKがiPodやグーグルなどと競争できる場所に立たない限り、若年層のNHK離れは食い止められないと語る。インターネットの進展で地域社会が本来もつ、人と人との絆が薄められているなかで、それを強める手助けもNHKの今後の経営課題だと断じる。視聴率競争で民放に勝たないと、と勝負にこだわるトヨタマンらしい一言もでた。

文責:清水 佑三

職員みんなが自負をもてる仕組みをつくるべきだ

 このインタビュー記事を読み解くために、(記事にない)経緯等を補足しておく。

  • NHKは番組制作費流用事件などで失われた「信頼」を回復するため、トヨタに幹部の派遣を要請していた。
  • トヨタはかつてNHKの英会話番組に出演していたペギーさんを奥さんにもつ金田新専務(当時58歳)に白羽の矢をたてた。
  • 理事としての任期は2年。トヨタ専務出身の金田新NHK理事が昨年9月に誕生した。三井物産出身の池田芳蔵会長以来、36年ぶりの民間企業出身の理事である。
  • 金田氏はトヨタ入社後、渉外、財務、企画、広報など幅広い職務経験をもち、トヨタのカナダ工場に出向したこともある。トヨタ内での国際派のひとり。
  • また米ハーバード大大学院への留学を命じられ、そこで難関とされるハーバードのMBA(経営学修士)を取得している。

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 インタビューでのやりとりで白眉といえる箇所を抽出しよう。深い知性に裏打ちされた「慧眼」と思うゆえである。わかりやすくするために若干の文飾を施した。(  )内は記者の質問。

(不祥事がつづくが)
…家庭や職場での人間的なつながりが薄れると人は孤独になる。不祥事を起こした職員は、たぶん、孤独だったのでは。

(コンプライアンス確保について)
…人間のやることだから、不祥事ゼロというわけにはいかない。仮にそういうことが起こっても『NHKはよく頑張っているから』と許してもらえるぐらいにならないと。

(経営の不透明さが指摘されるが)
…開示すればそれで済むという話ではない。いくら開示しても、NHKへの「信頼」がないことには始まらない。それを勝ち取ってゆくことが先決だ。大事なことは「信頼」を勝ち取るために経営が正しい道筋をつけることだ。

(娯楽部門の切り離しが議論されているが)
…人間の情(=娯楽)の部分は、深い文化に根ざしている。映像(メディア)は情をうまく伝えられる。情の部分を国内外にしっかり伝えるためにも娯楽部門はNHK本体として維持すべきだ。もっといえば『(低俗でない)娯楽番組はNHKに任せたい』という国民の信頼を積極的に勝ち取ってゆくべきだ。

(民放と競争するのか)
…競争の促進は“善”である。視聴率で民放と戦うタイプの番組がNHKにあってよい。民放を視聴率で打ち負かせば、NHK職員に元気がでる。

(セクショナリズムを感じる)
…どこの大企業にもある話だ。とりたててNHKがということはない。NHKとして、求心力のコアになる民間企業の「利益創出」にあたるものが何かを定義すべきだ。たとえば優れた番組を世に送り出せたときに、職員全部が自負を感じるのではないか。みんなが自負を感じられるような仕組みづくりをするべきだ。

(受信料徴収について)
…公共放送を維持するため応分の負担をお願いしている。そうする以上、胸の張れることをしないとダメだ。いいかげんなことをやっていて、きまりなので受信料をください、は通らない。

(就任して驚いたことは)
…責任体制が不備なことだ。民間企業では株主代表訴訟を起こされたときに経営者個人を守るために責任を誰が負うのか見えるようにしている。決裁書がその役目をしている。NHKの理事に就任して、決裁書を備えさせた。

(国会が予算承認権をもつ現行制度をどう思うか)
…様々な状況のなかにあって、これまでうまく機能してきたのではないか。正直いって回答が難しい。

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 金田新氏の言葉の端々にトヨタイズムといってよい何かが覗く。トヨタイズムの一つは、自分の言葉ではっきりと意見をいうことだ。前向きに善処します、というような曖昧な発言はトヨタにはない。以下、トヨタイズムにつながる認識を抽出したい。

1)視聴率競争は“善”である。

 民放に視聴率競争を挑もう、と言い放つNHK理事は皆無ではないか。歯に衣着せぬ、という言葉があるが、まさにその観がある。職員が元気になるためにはフェアな競争に勝つことだ。民間企業なら「利益額競争」、放送局なら「視聴率競争」だ。どうしてそれが悪いのか。自負をもつための具体的なメジャーがなければ元気のだしようがない。

2)不祥事ゼロはありえない。仮に起こしても許される存在になればよい。

 トヨタリアリズムが思い切ってでている発言だ。仮に、カローラをこよなく愛して乗っている人がいるとしよう。毎日、乗るたびにこれは名車だという実感をもつ。名車をつくったトヨタへの感謝感情が生まれる。そういう人が、トヨタの不祥事を報じるニュースに接しても、怒りの感情とならないだろう。人の感情の機微をつく至言とみる。

3)不祥事の原因にはその人のいいしれぬ孤独がある。

 家族と企業を価値意識において同一線上に置く思想が背後にある。家族とは「孤独からの解放システム」である。人と人とが強い絆をもって生きていると、その絆を壊すような(反社会的な)行動衝動を自ら抑制する機構が働く。お母さんが悲しむから、したいけどしない、という原理だ。職員の不祥事の頻発はNHKの組織風土の「冷たさ」に遠因があるとの認識は鋭い。

4)「元気」こそ最大の経営課題。

 元気とは何か。明るい気持ちで積極的に事に取り組む姿勢をいう。ためらい、迷い、不安、疑問、不信などが1%でも萌すと、元気さは少しまた少しと失われる。NHKは「ちょっと萎縮しているように見える。まずは元気をださないと」という記事末尾のコメントは印象的だ。何が「元気」をつくりだすか謎であるが、金田さんの一言ひとことは、多くのNHKマンの「元気」をつくるのではないか。

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 トヨタは人材を輩出している。NHK変身の触媒作用を金田氏が果たしたとする。NHKファンの一人として感謝感情はトヨタに向く。

 企業の本当の目的は「人づくり」にあるのではないかと深く考えさせられた記事である。

コメンテータ:清水 佑三