人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

KTC
チームで“別職場体験” 新鮮な目で問題解決

2006年11月29日 日刊工業新聞 朝刊 4面

記事概要

 自動車保守用の作業工具の首位メーカーKTC(京都)は、04年に、“別職場体験”と同社が呼ぶ新しい人材育成制度をはじめた。1チームでまるごと別な職場に入り、その仕事を体験実習し、体験実習の経験を通して、その職場が気づいていない無理や無駄(要改善点)をチームとして発見し、解決策の案出まで行う。それを毎月1回開く発表会でそのチームにプレゼンさせるというもの。宇城邦英社長はこのプログラムの効用を「違う職場の目で見ることにより分かることがある。無駄を発見する目を身につけることが大切。別職場での体験が自分の職場改善にもつながる」と語る。プログラム導入から約2年を経て、こうした取り組みの効果が出始めた。「指導(係長相当)職からの発案が早くなり、各職場が活性化してきた」と宇城社長は目を輝かす。かつての事業の柱だった車載工具市場が縮小し、事業環境は厳しい。その中で同社はボルト・ナットの締め付け加減の個人差をなくせるトルク管理工具の新製品「デジラチェ」を発売ヒットさせ、06年度上期の売上を牽引した。新発想の製品開発が加速されている。人材育成の成果といえる。

文責:清水 佑三

人のフリみてわがフリなおせ、の実践

 KTCはコミュニケーションネームで、登記されている(正式)社名は京都機械工具株式会社である。自社ホームページ「会社概要」に、従業員数の欄がある。

 295名 従業員数には、当社から他社への出向者は除き、他社から当社への出向者を含んでおります。

 なにげない注記であるが、この会社の「こまやかな神経」をこの表現からうかがうことができる。

 自分がこの中に入っているのだろうか、と思う(出向)当事者たちは、この表記をみて、会社は自分たちのことを意識してくれていると思う。

 一事が万事だ。こまやかで行き届いた製品をつくる会社に違いない。

 同じく、営業品目の説明

 ソケットレンチ 駆動工具 メガネレンチ 両口スパナ コンビネーションレンチ プライヤ トルクレンチ ドライバ 各種専用・特殊工具 その他作業工具全般 精密金型 省力機器 収納機器

 まぎらわしい表現がまったくない。わかりにくい事業説明が跋扈している時代にあって、営業品目は以上のとおり、はまことに涼やかでかたちがよい。

 この会社をここまでもってこられた現相談役、佐藤浩輔氏の風貌風姿に共通する。

 同社は第16回日経ニューオフィス賞 経済産業大臣賞を受賞した。02年に開設した「KTCものづくり技術館」が評価されたもの。

 京都人が長い期間をかけてはぐくんだ「美意識」が、KTCを通して具象化されたということ。

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 記事中にある“別職場体験”プログラムはたくさんの美点をもつ。研修アイデアを競い合う「世界コンペ」を想定したら、間違いなく予選通過するだろう。決勝に残るかもしれない。

 何が優れているか書いてゆく。

(研修単位)

 多くの研修プログラムは「個」または「(ある)属性集合」に対して企画されることが多い。部署をまるごときりとって研修単位にすることはまずない。部署が開店休業になってしまうからだ。ここに知恵と勇気の結晶(革新性)がある。

(研修場所)

 施設はいらない。今ある職場がそのまま研修会場だ。コスト的にいえば、これほど安くつく研修はない。

(インターンシップ)

 このプログラムは、社内インターンシップ制度である。インターンシップは、山本五十六の「やってみせ 言ってきかせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ」を原理とする体験学習の一様式だ。座学とは効果・効用が天と地ほどに違う。人前で恥をかくのが辛いから真剣に見、聞き、動く。なるほど、こういうことをやっているのかと身体でわかる。

(コンサルテーション)

 親戚、知人、親兄弟、ご近所までがかけつけてくるのが学芸会だ。うちの**ちゃんが主役を演じるんだって、ということでご一家ご一統さまが体育館に集まる。その学芸会と同じで月に一度の“職場改善計画”の発表会には社内の注目が集まる。チームのメンツをかけるがゆえに「コンサルテーション・リポート」の質は自然に高くなる。会社は社外コンサルタントと比べて格安・良質の職場改善計画を手にできる。

(リーダーシップ)

 チームのメンツをかけて“職場改善計画”をまとめるリーダー役を(ルールとして)係長職者にお願いするとしよう。体験先の職場の人たちに失礼にならない、理にかなった改善計画をまとめるためには、チーム力の結集が必要だ。だれに何をやってもらうか。シナリオとキャスティングの妙が求められる。これこそ真のリーダーシップである。会社に認められる千載一遇のチャンスとみて選ばれた係長職者は命を賭けるだろう。一皮むける機会となる。

(職場改善運動)

 人の職場、仕事を切り刻めば切り刻むほど、自分のところはどうなのか、の不安感情が生まれる。偉そうにああいったが、自分の職場、仕事はどうなのか。自分の職場、仕事の「たな卸し」「自己点検」への意欲が生まれる。これが全社にひろがるとする。トップダウンの運動ではない。着実な動きとなるだろう。

(新製品開発)

 異なるチームと異なるチームが“別職場体験”プログラムである期間一緒にすごす。ふだんはまったく接したことがないチームどうしであればあるほど、相互のもつ「知・情・意」のスタイルが違う。最初のうちはぎごちない対話が続くが、ほぐれてくれば「叡智と叡智が火花を散らす」世界が生まれる。思ってもみない新製品のアイデアが生まれやすい環境が作られる。

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 英米の様々な研修プログラムの輸入、導入が流行るが、KTCオリジナルのこのアイデアは、次元が違う。京都の風光明媚に通じる格調と内容をもっている。人を育てる仕組みづくりにも「創造性」が必要だ。

 よい見本が目の前にあった。筆者の会社で、早速やってみようと思った次第。

コメンテータ:清水 佑三