人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
マーサーHRC取締役 桑畑英紀氏
「労働時間規制の適用除外」を考える 年収基準ナンセンス
日経産業新聞 2006年12月19日 朝刊27面
記事概要
厚生労働省(厚労省)がめざす労働時間規制適用除外制度(日本版ホワイトカラー・イグゼンプション)は本当に今の日本にとって必要か、仮に導入するとして、留意点は何か、について人事・労務系の4人の専門家の意見をきくシリーズの第1回。米系人事コンサルティング会社のマーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティング(マーサHRC)の桑畑英紀氏がトップバッターに起用され、大略次のように述べた。(1)労働時間よりも仕事の中身がよい人が評価(高処遇)されるようになるという点で合理性が高い。(2)厚労案では基準のひとつに年収を入れているがナンセンスだ。年収は業界や会社規模によって大きく規定されるため、仕事の中身が立法の主旨に合致しても制度対象外となりうる。(3)制度導入の目的に人件費削減を入れるべきではない。各企業の労使が仕事別報酬を協議し、あらたに基準テーブルを設定することによって、総労働市場における仕事価値と報酬との相場形成ができることが望ましい。
文責:清水 佑三
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資本と労働の埋まらないミゾ
コメンテータ:清水 佑三
この問題はすでに今年の2月に一度とりあげた。
フジサンケイビジネスアイに載った「厚労省 新裁量労働制検討へ 成果・能力評価の管理職直前者『割増賃金』適用除外に」という記事に対して解説を書いた。
その一部を再録する。この問題は長い国会議論の過程を経てここに至っている。その過程をよく理解することが大事だ。
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平成15年6月3日の衆議院厚生労働委員会で、参考人として出席した日本経団連(常務理事)紀陸(きりく)孝氏は、概略次のような請願を立法府に対して行っている。
紀陸孝氏は、民間(日本NCR)出身で旧日経連に入り、労務管理部の賃金課長などを歴任された方だ。日本株式会社、勤労部の趣のあった日経連で使用者側として、賃金体系はいかにあるべきかの調査・研究で長くご苦労されてこられた人である。
…裁量労働制の問題でございますが、労働時間に比例しないような形(筆者注:成果主義型処遇の意)で報酬が決まる仕組みをより促進しようという意味あいから、裁量労働制の要件の緩和をお願いいたしたいと考えます。最終的には、現在のようにブルーとホワイトの方々を一緒にしている現行規制をいま一段規制緩和の方向に進めまして、できるだけ裁量労働制の適用領域を将来的に広げていっていただきたい。先生方のご尽力をよろしくお願い申し上げたいと存じます。
参考人紀陸孝氏の上の発言に対して、委員会記録によれば、静岡大学人文学部法学科教授川口美貴氏(参考人)は、意見を求められ、概略次のように述べている。
…もし、一握りのマネジメント以外のいわゆるホワイトカラー一般の方を対象に今のご議論がなされたとすれば問題だと思います。労働時間の長さと成果が比例しないということは、成果主義型賃金を導入する理由になっても、実労働時間規制を緩和する理由にはなりません。
…(成果を伴わないホワイトカラーに)割増賃金を支払うと割りにあわないと思われるかもしれませんが、時間外労働に対する割増賃金の支払いは、労働者に保障された自由時間を会社が侵食したことに対する補償として支払われるものであって、成果とは次元を分けて別個に考えられるべきものであります。
…そもそも、時間外労働というのは例外的なものでございまして、会社が法定労働時間内で労働者を働かせていれば、割増賃金を支払う必要はございません。したがって、法定労働時間を超えて働くことを前提として、それで成果にみあった賃金以上の賃金を支払わされているというようなご主張は、説明になっていないと考えます。
規制緩和の対象をより具体的に示してほしいという議員からの要請に対して、紀陸孝氏は大略次のように説明している。注目してほしいのは、「職種別」に裁量労働を定義してきた流れに対して、「職位別」基準をもってきていることだ。
…二つございます。一つは研究開発の分野で働くリーダーたちです。研究開発での開発競争というのは、それはそれは激しく厳しいものがございまして、現行法制のようなブルーカラーを視野にいれた労働時間管理の枠組みでは十分な研究開発の時間を彼らに与えられません。結果的に国際競争に負けてしまうという事態につながります。もう一つは各部署で企画・立案・調査にかかわる仕事に従事している(組合員)係長さんたちです。会社のポリシーを決める仕事をしています。この層に対してはぜひとも裁量労働制の対象に加えていただきたいと考えます。
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煩をいとわず概念整理を試みれば、新制度導入を推す日本経団連の主張は、
である。一方、連合の主張は、前述した静岡大学人文学部法学科教授川口美貴氏の意見と同じである。要約すれば、
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記事中でマーサーHRCの桑畑英紀氏は、アメリカの状況について述べている。
…米国では働く人も職種の区分を明確にする傾向がある。創造性や自己裁量が求められる仕事に携わっている人の多くは、労働時間の長さで(自分の仕事価値を)評価されることを嫌がる。
ここにこの問題を解く鍵が潜んでいよう。何故、労働時間で自分を評価されることを嫌がるのか。
創造性や自己裁量の優秀性に自信がある人にとって、より短い時間でより高い成果をあげる難度の高い挑戦に興味がある。その先には、より高い成果を次々とクリアしてゆくことで年収アップするゲームを楽しむ。ビジネスフィールドでのアメリカンドリームだ。
同じく桑畑英紀氏は、次のように書いている。
…(最低年収基準の)基本給だけを払って、これまで払ってきた残業代が浮いた、人件費削減に成功した、というのは本末転倒の議論だ。制度の導入に際して、成果で測られる仕事価値と報酬のあらたな対応づけが必要だ。
そのとおりだと思う。
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連合が指摘している長時間勤務とうつ病発症等について、同じ新聞連載の三番バッターとして登場したピースマインド社長、荻原国啓氏のコメントを添えておく。多くの人の蒙を啓く言葉がある。(同紙、12月21日掲載)
…労働時間の長さが心の病に直結すると考える人が多いが違う。仕事の中身が重要だ。人は好きなことをやっていると(まわりからみると大変だろうと思うことでも)ストレスに感じないものだ。睡眠時間が短くてもぐっすり眠れて疲れが取れる人もいる。
そのとおりだと思う。
国会議論や、連載にある二人の専門家の意見を踏まえると、筆者には次のようなソリューションが浮かんでくる。係長職を例にしているが基本的に研究開発職も同じ。
すでに日本エス・エイチ・エルがかなり前から実行しているアイデアである。ある勤続年数を経た人は成果主義的年収制度の適用を申請できる。残業代がつかなくなる。しかし、やればやっただけ年収は上がる。あまりにひどいと下がる。
何年かの適用経験による中間報告であるが、人にあわせて制度をフレックス、ハイブリッドにするのが一番、働く人の精神衛生にいいようだ。
画一的な制度で縛ろうとするから矛盾が噴出する。