人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

オムロン
新制度 企業理念の行動指針 人事評価に活用

2006年11月21日 日刊工業新聞 朝刊 3面

記事概要

 (制御・システム・車載・健康機器など多彩な事業展開をしている)オムロンは、今年5月に従来の企業理念体系を見直し、新企業理念を公表するとともに社員に求められる「行動指針」を明らかにした。行動指針は「品質第一」「絶えざるチャレンジ」「公正な行動」「自律と共生」の四つの項目。経営トップは、中国、アジア・大洋州、米国、欧州の拠点に赴き、理念の概要とともに、今、なぜ、従来の企業理念の見直しに踏み切ったのか、その背景を説き、新理念の浸透に並々ならぬ決意をもっていることを示した。来年の4月には、経営基幹職を対象に、企業理念を実践する行動指針に対する取り組みの度合いを人事評価に反映させる新制度を導入する予定。経営基幹職にある人が、これら四つの項目を自らの役割の中でどこまで行動に移すかを評価の基準とする。これらに加えて、企業の社会的責任(CSR)の国際規格化を考慮し、「CSR行動ガイドライン」を今月20日に全社員に配布し、法令順守など企業倫理に向けた取り組みも強化している。

文責:清水 佑三

企業理念の行動化を促すもの、
「評価制度」の本質がここにある

 オムロンが自らのホームページ上に開示している新企業理念体系とは以下の通りである。

 当社グループの企業理念

  1. 基本理念
    「企業は社会の公器である」
  2. 経営理念
    チャレンジ精神の発揮・ソーシャルニーズの創造・人間性の尊重
  3. 経営指針
    当社グループは、「個人の尊重」「顧客満足の最大化」「株主との信頼関係の構築」「企業市民の自覚と実践」を経営指針とし、公正で透明性の高い経営を行うとともに、ステークホルダーと誠実に対話し、信頼関係を築くことを目指す
  4. 行動指針
    当社グループを構成する個人と組織は、「品質第一」「絶えざるチャレンジ」「公正な行動」「自律と共生」を当社グループを構成する個人と組織の行動指針とし、「企業は社会の公器である」との自覚を持って質の高い行動を心がけ、自己の成長と事業の発展を追求する

 それぞれの意味と価値についてコメントし、オムロンという企業のもつ「先進性」の解明を行いたい。優れた体系だと思うゆえである。

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基本理念 「企業は社会の公器である」

 反対概念は「企業は特定の個人の所有物である」である。社会の公器であれば、支配原理は、公序良俗(公の秩序と普遍的道徳)となる。法令遵守は社会の公器である自覚・認識とワンセットである。

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経営理念1 「チャレンジ精神の発揮」

 精神とはスピリッツの意。理想の実現を阻もうとするものへの燃える闘魂を指す。経営の任にあたるものは目に見える形でその闘魂を天下万民に示せ、と読める。

経営理念2 「ソーシャルニーズの創造」

 福沢諭吉は明治12(1879)年刊の『民情一新』で、蒸気船車、電信、印刷、郵便をもって、社会の心情を変動するの利器なり、と書いた。経営の任にあたるものよ、かかる利器の創造にまい進せよ、ととれる。

経営理念3 「人間性の尊重」

 ダニエル・ゴールマンのEQ、本居宣長の「もののあわれを知る」と同義である。『論語』にいうところの 匹夫もその志を奪ふべからざるなり、にゆきつく。感情に貴賎なき組織の実現を理想に掲げた。

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経営指針1 「個人の尊重」

 「個人」がステークホルダーの筆頭の位置に来ていることに留意すべきである。社員、株主、顧客、近隣といっても個人の集合であり、個人は固有の夢、理想、感情、面子がある。それを配慮せよ。

経営指針2 「顧客満足の最大化」

 一つの製品、サービスを使う顧客の使い方には無限の工夫がある。「取説、FAQ」の押し売りはやめなさい、使い方を顧客から教わりなさい、価値ある指摘を受けたら他の顧客に伝え続けなさい、の意。

経営指針3 「株主との信頼関係の構築」

 株主は身銭を払って芸能・スポーツを楽しむファンと似ている。ファンの楽しみを奪うような凡失や気の抜けたプレーをしてはならない。わざわざ足を運ぶファンの期待を裏切らないプレーをしよう。

経営指針4 「企業市民の自覚と実践」

 近隣の人を雇用し、地方税を多く払い、鎮守のお祭りでは一町会となって神輿をだし、清掃・防災・防犯行事に市民とともに取り組む。向こう三軒両隣りとの気持ちのよい挨拶のすすめ。

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行動指針1 「品質第一」

 オムロンの音波式電動歯ブラシ(マイクロビブラート HT−B400)を名器だと思って愛用している。充電器の不調で過去2回修理にだした。修理受付の人の電話対応がよかった。これも品質に含まれる。

行動指針2 「絶えざるチャレンジ」

 ルーチンワーク禁止令と読むことができる。早くてうまくて安い、という標語を借りれば、もっと早くできないか、もっとうまくできないか、もっと安くできないか、日常坐臥「カイゼン」を忘れない。

行動指針3 「公正な行動」

 『論語』の「詩(経)三百、一言もって覆わば、思い邪(よこしま)なし」の邪が公正の対極概念。「公正な行動」を担保するものは個人の倫理観である。生涯教育機関としての企業の再定義である。

行動指針4 「自律と共生」

 チームワークをいう。野球でいえば、それぞれの選手がそれぞれの役割を十分に発揮することで、チームとしての仕事(ワーク)ができる。前提になるのは個々の選手の自覚、技量、スピリッツである。

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 日刊工業新聞の見出しは「企業理念の行動指針」を「人事評価に活用」である。こういう行動は○、こういう行動を×と明確に定義して、経営基幹職に○行動をとるように迫る新制度として捉えている。

 企業は上から10人で決まる。上がしまれば自然に下もしまる。

 上から10人が「行動指針」をどれだけ真剣に取り組んでいるか、会社は重大な関心をもって観察、記録、分類、集計し、経営基幹職にあるものに対して「評価点」をつける。

 厳密にこの制度が運用されたとしよう。上から順に(凛然と)しまってゆくはずだ。

 掲げた理想をやりぬくことができるか。10年後の会社価値(時価)が結果を示すだろう。

 基本理念→経営理念→経営指針→行動指針、という論理展開を含め、オムロンのホームページに書かれた内容は様々な思考・想像を許す。

 オムロンは、オモロンといってもよいユニークでおもしろい会社である。製品もユニークでよいが、思想がおもしろい。

コメンテータ:清水 佑三