人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

都教委 「評価下がる」は誤解
現職の校長「告発」 成果主義嘆く
いじめは教委に報告したくない

2006年11月15日 毎日新聞 朝刊 31面

記事概要

 文部科学省の統計で「いじめ自殺ゼロ」が続いていたが事実が異なることがたくさんの自殺事件で明るみに出つつある。こうした隠ぺいを許した背景には、複雑な事情があると都内の現職の公立中学校長が(記者に)本音を語った。それによれば、教委に「いじめがあった」と報告すれば、教委から、いじめられた生徒の生活状況や指導方法などについて膨大な調査要求が学校に対してなされ、本業の生徒指導ができなくなる。自身の人事評価にマイナスに響くことを心配し、報告を嫌がる校長、教頭が多い。またいじめる側、いじめらる側の親に「いじめがあった」と報告すれば、双方から激しいクレームが寄せられ、自らの生徒指導の怠慢を認めざるを得なくなる。自分が被告になる訴訟で不利になる。それを怖がって親に報告しないことが多い。この校長は「いじめや不登校の実態を教委に報告すれば『学校経営能力』に×がつき、相対評価が下がる。下位20%に評価されると昇給が25%から100%カットされる。こうした成果主義的な考課制度があるために『ひらめ校長』とよばれる教委の顔色だけをうかがって現場に一方通行で教委の方針を伝えるだけの校長が輩出する」と語る。(井上英介記者)

文責:清水 佑三

いじめられ自殺と過労死の関係

 いじめ問題をサイコメトリック(計量心理学)的な観点で考察を加えたい。中学校生徒のいじめられ自殺と企業戦士たちの過労自殺には、相似形のような関係があるとみるからだ。

 まず、いじめ、いじめられるパーソナリティには特徴があることを知っておきたい。

 以下の内容は、別な新聞の別な記事「自己顕示うっ積、クレペリン検査でいじめられっ子、いじめっ子を分析」(産経新聞、掲載日不詳)の要約である。

 今回とりあげた子供のいじめ問題の本質を押さえておくために有効だと考え、あえて紹介をこころみる。

 見出しにあるクレペリン検査について未知な読者のために、記事中の囲みの部分も紹介する。一部筆者がリライトしている。

 (クレペリン精神検査)

 ドイツの精神病理学者、エミール・クレペリンが考案した連続加算法による精神検査。休憩をはさみながら、1分間、(1桁どうしの数の)足し算を続けてもらい、1分で到達した全行の先頭数字をつなげて現れる曲線の類似性から、性格タイプと精神健康度の二つを測定する。

 (記事の概要)

  • (民間の)精神科学研究所(名古屋)は、過去30年にわたり、愛知、静岡、岐阜の東海三県の中、高校生を対象に、クレペリンテストを実施してきた
  • 学校現場から、どういうタイプの子がいじめられるのか、いじめるのか、クレペリン検査の作業曲線類型を使って調べてほしいという要請があった
  • それを受けて、学校現場から、いじめている子、いじめられている子、各150人のIDの提出をもとめ、二つのグループの作業曲線類型を比較した
  • その結果、16に分かれる性格類型のなかで、いじめられている子の47.3%、いじめている子の36.7%が粘着実行型と精神科学研究所が分類する一つのタイプに集中していた
  • 全検査集団でのこのタイプの出現率は18%強なので異様に高い出現率だといえる
  • 精神科学研究所の麓(ふもと)聡一郎副所長は「この類型にあてはまる人は自己顕示欲が強く、自分の存在を集団の中で目立たせようとする
  • しかし、自分以外の生徒が自分が望むような形で目立っていると、強い欲求不満を感じ、その生徒に向かって攻撃を集中させる
  • いじめられる生徒といじめる生徒は、相互に役を入れ替えあうことが多く、多くの生徒はそのやりとりの外にいる
  • このタイプの特徴は、平素は感情を抑えて行動するが、コップから水が溢れるととんでもない残酷な行動にでる
  • 同様に、精神健康度(ストレスにさらされている度合いに近い)についても、顕著な特徴がでている
  • いじめられる生徒、いじめている生徒とも、精神健康面で問題とされる7〜9群のレベルに達している子が多い
  • 一般成人(企業勤務者)を対象に年間10万人に同種の精神検査を実施ている日本能率協会マネジメントセンターは、このデータをみて、「いじめに関係している中・高生徒」の精神の不健康度は、『ストレスがたまっている』とされる企業の中間管理職を大きく上回っているとみる

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 企業における同種の問題

 月刊誌『THEMIS』が2003年12月号で「日本IBM『人格障害者』対応策づくりへ」という会社事例をテーマにした2ページ特集を組んだ。興味深い内容が含まれているので要約、紹介してみる。

  • 日本IBMでは「部下の健康管理」というテーマでの部長研修を03年秋、行った
  • その研修会で講師の産業医によって耳慣れないデータが部長たちに開示された
  • 02年の日本IBM社員でメンタル疾患者とみなされた全317ケースのうち、85%はうつ傾向を伴う感情障害や不安を訴えるなどの神経症でいずれもストレス性とみなされた
  • そのうち、精神病とされる統合失調症が約5%含まれていた
  • 出席者を愕然とさせたのは、これらに属さない『人格障害者』疾患が24ケース(7.5%)あったという報告であった
  • 『人格障害者』とは、もっている性格が常識から外れているために社会生活を送る上で障害をきたす人をいう。他の精神障害の原因とみなせない場合、便宜的に『人格障害者』という言葉が使われる
  • 同じく『THEMIS』編集部は、日本IBMの複数の関係者の話として、『人格障害者』の行動例をいくつか紹介している
  • 知能が高く、ああいえばこういう
  • うまく行くと100%自分の手柄、うまく行かないと100%他人のせいにする
  • わがままでそれを通す手段については熟知している
  • まわりの人にあることないこと、悪い噂をばらまいて歩く
  • 悪い噂を意図的にながされた人はたまったものではない
  • 休んでほしいが休んでくれない。エネルギーがある
  • 同僚、上司、会社とうまく行っているうちはいいがそうでないと机をひっくり返す、怒鳴り散らす、椅子を蹴飛ばすなどの乱暴をする

 この記事中でもっとも大事な部分は、最終段落に書かれている次のような記述である。箇条書きにしてみる。

  • 日本IBMがメンタル疾患問題に神経を尖らせるようになったきっかけは00年3月24日の電通社員の過労死裁判における最高裁判決にある
  • 過労によってうつ病にかかり、退社後自殺した電通元社員の親が「過労死だった」と電通を訴え、最高裁までいった
  • 最高裁判決は原告の主張を認め、長時間労働、うつ病、自殺との間に相当の因果関係が認められるとした
  • 電通は、本人の性格にも原因があったとして争ったが、最高裁は、それは個性として認められる範囲のものであり、企業はその人にそういう仕事をさせるとこうなる、と予見して業務内容の負担に安全配慮義務を負うべきだとした
  • 問題は、こうした性格の予見の中に『人格障害者』を含めるかどうか、である
  • 日本IBMはメンタル疾患者を出さない全社的な運動の一環として、「現場の部長に産業医が話をする」形式を採択した
  • 日本IBM広報部長のコメントとして「人格障害者に対してマニュアル等をつくる予定は会社としてない」と明確にしている

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 いじめ問題は複雑である。自己顕示欲が強く、粘着性タイプは高業績者群を形成するからだ。精神科学研究所の麓副所長がいみじくもいっている。

…いじめられて不健康な精神状態にある場合、人によって三つに分かれる

  1. うつの状態にすすむ
  2. 神経症的な状態にすすむ
  3. 極度の欲求不満の状態をかかえる

 日本IBMの02年の年間317のメンタル疾患ケースのうち、上の3つめの分類が当該新聞記事中の「いじめ」問題と重なる。いじめられる層といじめる層は攻守ところを変えて相互の欲求不満を爆発させる。上司がいじめたい部下を異常な過労状態において放置する、それが自殺に発展したり、職場内暴力による他傷事件に発展する。加虐、被虐の交代が行われることがある。

 教育現場での人事評価制度がいじめによる自殺問題を作った、というステレオタイプな認識は人の性質を客観的に知るすべを求めて苦吟する一研究者の立場からみてあまりに皮相だ。根はもっと深い。

 形を変えた権力闘争につながる可能性がある。

コメンテータ:清水 佑三