人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

ファイザー中央研究所
独自人事制度で創薬支援
協調性・EQ・人材育成など 日本の特性・実態勘案

2006年11月8日 化学工業日報 朝刊 6面

記事概要

 ファイザーは日米欧に八つの研究開発拠点をもち、約12500人のスタッフが独創的な創薬に向けて多様な研究活動を行っている。日本拠点である愛知県武豊町にあるファイザー中央研究所(中研)は昭和60(1985)年に設立された。現在は、派遣研究者やサポートを含めて約500人の規模で、鎮痛、消化管疾患、肝臓疾患等を中心に新薬候補化合物の発見に挑戦している。この20年間で30以上の顕著な成果を出した。製薬研究部門にMRなどの部署の人事管理や人材育成の考え方を適用すると実態にそぐわないことが多い。ファイザー中央研究所は、ファイザーの海外のR&D拠点で採っている研究職対象の人事制度の考え方に加えて、日本人の特性や実態を勘案した新しいファイザー(日本)独自の研究者用の評価・育成制度を2年前に導入した。新制度の柱になっているのは、“EQ”“協調性”“人材育成”などの対人要素の重視。海外のファイザー研究所だけでなく、他の海外製薬メーカーの研究所からもファイザー(日本)中央研究所の試みに強い関心が集まっている。

文責:清水 佑三

研究者にこそ“EQ”が大事

 この記事が紹介しているファイザー中研の(人事)システムの内容は次のようなものだ。

1)管理職を、R、M からなる2トラック制にする(海外研究拠点と同じ)

 Rは学術的な研究指導ができる専門性の高いグループで約60人。Mは成果創出管理、及びその過程の生産性管理ができる一般的な意味でのマネジャーグループで40人。記事中、「研究スキルの高い人を管理職として扱う優遇制度を導入した」という記述がある。人数比にそれが出ていると思われる。

2)研究スキルの高いRトラック管理職に“能力引き出し力”を要求(日本独自)

 中研トップの古田晃浩研究人事・人材開発部長は「創造的な研究成果をチームで出すためにはIQ(知能指数)以上に、部下の能力を最大限に引き出す“EQ”が必要」「創薬研究は個人の創造性に全面的に依存する時代から、個人個人の能力をフルに引き出した上でそれぞれの個人を協調させるピープルマネジメントの時代になっている」と話す。

3)一般職用に“EQトレーニング”システムを開発(日本独自)

 一般職であっても創薬研究は共同作業の色彩がどんどん強まっている。一緒に組んでいる人の気持ちを汲み取る“EQ”が必要。そのトレーニングシステムを独自開発した。

4)一般職の評価制度に救済措置を導入(日本独自)

 “面接まんぞ君”と名づけられた制度。一般職者が管理職から不当に評価されたと感じた場合、メールなどを使って評価の再審を要求できるというもの。評価を行う管理職者は、事情の如何を問わず、評価面談を上手にやらないといけないプレッシャーを受ける。再審請求が異様に多い管理職が、部下の能力を最大限に引き出すとは考えにくい。一般職の救済という側面よりも管理職の資質評価の妙案といってよい。

5)海外研究所スタッフへのアドバイス(日本独自)

 日本人の研究スタッフと海外研究所のスタッフが意思疎通を図るときに、英語力が障害になることが多い。多くの企業は、社員に英語力の自己研鑽を促すが、ファイザー中研は一味違う考え方をとっている。海外研究所スタッフに“How to communicate with Japanese colleague”という趣旨の小冊子を作成、配布している。日本語英語の解読法講義である。ファイザーグループ以外でもこの冊子は評判になっている、とある。

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 外資系自動車部品メーカーのボッシュも、日本の特性・長所を活用した日本拠点独自の人事制度改革の試みがあり、このコラムで過去、紹介したことがある。(2006年01月23日日刊自動車新聞)

 そこで書いたことを以下、再録する。

  • ボッシュは日本における競争力確保のため、人事制度改革に着手した。
  • ステファン・ストッカー社長の認識では、ものづくりにかけて世界でトップといわれる日本メーカーの秘密は「組織力重視」の企業文化にある。
  • 日本の同業他社と対等に戦うには、日本ならではの「バランス感覚の培養」を人事制度改革の柱に据えないとダメだ。
  • 次代の日本ボッシュを支えるリーダー層は、部署間、部署内のチームワークを積極的に推進できる「チームワーク・オリエンテッド」な考え方が必要だ。
  • そのためには、そうした視点での評価制度の導入が不可欠であり、会社活性化にとって欠かせない。
  • 外資系だからといって(本国と同じ)個人の仕事ぶりだけをとりあげて評価するやりかたに固執すべきではない。

 ボッシュが考えているであろう、チームワーク・オリエンテッドの考え方、行動、8ヶ条を書いておく。

  1. 自分がいらだっていることを自分で知り、そういうときは人との対話を避ける。
  2. 相手の立場、状況、心理を判断した上で、言い方を変えられる。
  3. 相手がどんなに感情的になっても、それにひきずりこまれない。 粘り強く冷静に対話する。
  4. いいあいになっても、かならず最後はうまく収まるという楽観的な見通しをもつ。
  5. 対話の情熱を絶やさない。必ずわかってくれる、という自己高揚の態度をもつ。
  6. 相手のためになる、を強く信じて「できていない行動」を指摘する。
  7. 相手が泣き出したら自分も一緒に泣く。悲しみを奥底まで共有する。
  8. やってはいけないことをやったとき、強く叱ることができる。

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 上に述べた8ヶ条は、筆者独自の表現であるが、もともとのアイデアはダニエル・ゴールマンの“EQ”の定義に準拠している。

 このように書いてゆけば、ボッシュ、ファイザーの求める「人事改革」のポイントは、個人技依存型の管理職に、学校におけるよい教師、チームスポーツにおけるよいコーチがもつ要素、要件をどこまで加味できるかの議論だとわかる。

 そのキーワードに“EQ”概念がある。研究職は、IQ型の仕事とみられがちだが、そうではない、というのがこの記事の読み解き方だ。

 ボッシュといい、ファイザーといい、多国籍企業の日本拠点が、日本人の特性・長所をしっかりと見据えて、成果主義とは逆向きの制度導入を考えていることが興味深い。

 21世紀は日本の時代かもわからない。

コメンテータ:清水 佑三