人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
匠ファイル
国際自動車 松本良一氏
タクシー84台最年少司令官 時間単位で目標設定
2006年11月1日 日経流通新聞 朝刊 9面
記事概要
国際自動車の日報は手書きではない。車載メーターから集計された乗降地、運賃、速度グラフ等のデータがびっしり並ぶ情報量の多いものだ。「日報を見せてもらえないか」。国際自動車、北千住営業所で伝説のタクシー乗務員となりつつある松本良一氏の日報を他の乗務員が覗きにくる。関心の的なのである。84台の運行管理を預かる彼は35歳、平均50歳を超す乗務員の中の司令塔としては異例の若さである。一乗務員としての成績も群を抜く。他の乗務員の1.5倍を超えることが多い。配車予約に頼らない。時間勝負の「流し」こそタクシードライバーの腕の見せ所と信じる。時間勝負とは何か。彼の目標は1時間あたり4000円である。具体的にどうするか。朝はタクシー通勤者が集中する品川地区を狙う。たまたま羽田空港へゆく客にぶつかった。羽田空港に着くと、いつもより待機列が短い。何かある。今日は都心と羽田の往復に集中しようと決める。羽田から都心に客を運び、自腹で高速料金をもって羽田にもどる。片道約6000円の客が積みあがる。営業所に戻れば若き司令塔である。新人や成績があがらない乗務員とつねに具体例をあげて「どうすればよいか」対話する。本社タクシー事業部は「乗務員と管理者としての実績がともに高い。彼のような人は滅多にいない」。(山根清志記者)
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
MBOとはかくのごときか
コメンテータ:清水 佑三
山根清志記者のタクシードライバー探訪記事であるが、人事制度改革、特にMBO(目標管理制度)の実効性を担保する上での具体的なヒントがたくさんある。
1人の個人において現出した成功モデルの普遍化、体系化が、組織の人事制度改革だといってもよいからだ。
国際自動車の乗務員兼管理者、松本良一氏の成功モデルを山根記者は次のように捉える。筆者の解釈を一部交えて書く。
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・仕事はゴルフのように楽しい
松本氏は1992年に専門学校を卒業、設備工事や中古車販売などの職歴を経て25歳でタクシー乗務員になった。3年で営業実績、接客サービスが認められて班長に昇格した。班長になって始めたゴルフの腕はベストスコア「78」が示す。運動不足の解消、同僚との交流にも役立つが、ゲーム感覚でゴルフそのものを楽しむ。仕事も同じで「乗務そのものが好き。楽しい」と語る。
・走りながら過去の事例を検索する
1時間あたり4000円の目標を達成するためには、乗客に目的地を聞いた瞬間から、頭をフル回転させないといけない。そこへたどりつくまでのわずかな時間が勝負だ。走りながら乗客を降ろした後の次の移動先を考える。同じような時刻、場所で過去に何があったか。「ゲーム感覚そのもの、思考を集中させると、事故防止にもつながる」と語る。
・原因が突き止められれば次につながる
時間単位で目標を決めて走るとうまくゆくときとうまくゆかないときとに分かれる。うまくゆかなかった原因は何かを考える。原因がわからないこともあるが、「そうだ」とひらめくこともある。原因が突き止められれば勝ちである。失敗の原因を具体的な場面で頭に刻みつける。あの時間帯、あの場所でこういう理由で失敗した。同じ間違いをしなければよい。
・顧客は貴重な情報源。機嫌がよくないと話してくれない
乗車したときの顧客の機嫌は乗務員の態度だけではない。タバコの臭いが大嫌いな客がいる。足元が汚れていると不愉快になる客もいる。空き時間の仕事が大事だ。車内の空気をきれいにし、客席の足元をきれいにする。その次に乗車時の挨拶がくる。挨拶の印象をよくするためには体ごと振り向けて対面しないとだめだ。機嫌がよくなると客は自分から話をしてくれる。その場所からどういう理由でタクシーに乗ったか聞けるときがある。この時間帯にこの場所ではこういう客が乗る、をよく覚えておく。
・自分よりも若いのにここまでやっているのか
父親ほど年の離れた乗務員に「説教」してもだめだ。ゴルフを一緒にやって自分を知ってもらう。だんだん人柄のようなものを知ってもらえるようになる。重い口が少しずつ開く。仕事の話をしてくれるようになる。どうして営業収入10万円を超すような乗務ができるのか。その質問がでるまで待つ。でたら具体的に自分がやっていることを話す。話しているうちに、だんだん聞く態度が変わってくる。若いのにここまでやっているヤツがいる。自分も少し頑張ってみようか、という顔になる。考えて走れば営業収入があがる、と気づく人がそこからでてくる。
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山根記者がこの探訪記事でもっとも訴えたかったことは何か。忖度するに「成功のカギは、現実的で有効な目標をもち、不断に達成率を高める」という松本氏の行動様式ではないか。
目標を決めれば、達成の可否ごとの事例が集まる。つぶさにそれを比較すれば、成功と失敗それぞれの構造要因が発見できる可能性がある。
千里の道も一歩からの喩えどおり、正しい一歩が見つけられれば千里の道であっても間違えずに到達できる。
個々のプレーヤーのプレーぶりを(国際自動車の)松本良一氏の問題意識、視点で捉えられるような報告制度として設計することは可能か、それが今原稿を書く問題意識である。
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具体的な報告制度のイメージをさぐってみたい。次のような手順を踏んだらどうか。例として、筆者が勤務する会社の事業サービスの話題をあげてみた。
1)部署のミッションを言葉で定義する。
例、顧客の側から具体的な問題で相談を求められる
2)ミッションに関係する○、×の行動例をあげる。
例、○:問題解決に貢献した実際の事例についてうまく話せた
×:問題解決に貢献した実際の事例を話そうとしたが遮られた
3)業務日報上に○、×の行動例を基準にその日の○、×行動を記述させる。
例、○:某顧客で「早期退職率を劇的に下げたい」、という話題となった。自分が担当して成功したB社の事例を詳しく話した。途中から担当者は上司を呼んで一緒に真剣に話をきいてくれ、たくさんの質問を受けた。かえりぎわに、そのやりかたを当社でとった場合にどんなリスクがあるか、簡単でいいから次回にメモを用意して説明してくれないか、といわれた。
例、×:某顧客で「当社は知名度が低い。応募者が集まらない。選考用のツールの話はききたくない」といわれた。そうではない、と話そうとしたら、今日は忙しいので、と席をたってしまった。
4)プレーヤーごとに、○、×行動別に、(週単位で)記述数を集計する。
5)上長は×記述が多いプレーヤーとの対話に時間を割く。対話のテーマは×行動がどうして起こったかのスタディである。原因のつきとめを2人で徹底して行う。大学の研究会みたいのがよい。そのためには松本氏の例と同じく、上長はプレーイングマネジャーのほうがよい。自分の経験から具体的な指摘ができる。
以上は、プロセスの適正化、サイクル化がよい成果を安定的に生む、という仮説に基づいた報告制度の改革イメージである。
目標管理制度はかくあらねばならないと筆者は考える。1年を半年で区切って、マクロ的な達成度をとりあげて上長が指摘をしても、指摘された側の具体的な行動変容にはつながらない。
毎日の業務報告とそれに続く対話が大事だ。