人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

トヨタの世界=第4部
工場に吹く風(5)
縁の下の力持ち 技を競い意欲を引き出す

2006年10月25日 中日新聞 朝刊 8面

記事概要

 米ゼネラル・モーターズ(GM)に迫り、世界一が射程に入ってきたトヨタ。成長の原動力は、設計者やデザイナーの考える車のアイデアを、現実の車にして世に送り出す「縁の下の力持ち」、(工場の)現場従業員たちである。たえざる品質への挑戦を続けるトヨタにとって、製造現場の意欲ややる気をいかに引き出すかは最大の課題。少子化の影響もあって、若年層の労働力の確保は先行き不透明な環境にある。3Kに映る工場勤務を嫌う時代の風潮もある。そんな時代下にあって、この9月末、豊田市内でオールトヨタの技能交流会が開かれた。タイやインドなどの海外工場を含む700人の予選通過技能者が一堂に会し、組み立て、塗装など13種目で互いの技を競い合った。オールトヨタ技能選手権である。出身工場の名誉をかけて、わずか1000分の1ミリ単位の誤差の大小を競いあう戦いが進む。優勝者には大相撲の蔵前国技館の優勝者額と同じように出身工場の目立つ場所に「顕彰状」が飾られる。トヨタ社長の渡辺捷昭も「中卒、高卒の現場従業員からまだ役員が出ていない。おれはぜひ出したい」と周囲に語る。

文責:清水 佑三

中卒、高卒の現場からトヨタの役員を出したい

 文句なくよい記事だ。読後の後味がよい。『工場に吹く風』連載を担当した寺本政司、山上隆之、後藤隆行、宮本隆彦、有川正俊の中日記者の熱い思いがよく伝わる。連載の終りを美しく飾った。

 就中、「愚直」の価値を訴え続けるトヨタ渡辺捷昭社長の言がよい。われわれが心の奥底にもっている(会社なるものの)役員観が短い言葉に要約されている。

…中卒、高卒の現場従業員からまだ役員が出ていない。おれはぜひ出したい。

 役員室は、経営技能をもつとする渡り鳥たちのトランジット・ルームではない。「役員」は輝ける社員の「殿堂」入りを示す誇るべき身分なのである。

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 この記事中、人事制度改革に興味をもつものにとって看過できない部分がある。オールトヨタの技能交流会を紹介したすぐ後に続くグループ企業、デンソーの同様の試みに触れた段落だ。次のような文章がある。

  • デンソーは昭和38(1963)年の第1回から技能五輪全国大会に選手を出してきた。
  • 過去、約100人の金メダリストを輩出した。
  • デンソーは報奨として社長を囲む記念撮影と3万〜5万円の金一封を渡す。
  • 人事や給与面での優遇はしない。
  • 4年前に金メダルをとった試作部の伴祐一は、自分の仕事に自信とプライドが持てるようになった、と話す。

 そうだと思う。

 名誉は名誉としてのみ存在し「晴れやかな記憶と賞賛」を運ぶ。

 前人未踏という言葉がもつ響きに通じる。ギネスブックに載りたいがために人は「シンジラレナーイ」頑張りを自らに課す。人の人たる所以である。

 「晴れやかな記憶と賞賛」が意味を持たない職場がありうる。出入りの激しい一匹狼たちの(まさに)トランジットルームである。外資系の証券会社や押し売りまがいの訪販会社などによくみられる。多額の報奨金を伴わない社内表彰には、鼻もひっかけない。

 人事や給与面での(社内)優遇策と無縁の技能五輪金メダリストへのねぎらいとは何なのだろうか。社内報奨制度とはなぜ、なにを、どうする施策なのか。

 筆者が勤める会社で長く行っている表彰の事例をあげて読者の参考に供したい。

  1. 好感度において抜群だった創業期の社員の1人の名前を冠した「賞」をつくった。
  2. その人がいつもとっていた行動を13個えらんだ。
    中には次のようなものが含まれる。
    • 毎朝、感じのよい挨拶をすべての人に対して欠かさなかった。
    • 落ちているゴミがあると、黙って拾いにいった。
    • 電話がかかってくると誰よりも早くとった。
    • 何につけても自分から状況を教えてくれた。
    • 会議ではいつも機嫌よく頷いていた。
    • 周囲の人をいらだたせるような言動は皆無だった。
  3. 冬季賞与の評価基準としてこの13個の項目を設定した。
  4. 冬季賞与の時期がくると、周囲の観察可能な人が匿名で13個の項目でお互いに入れ札をする。
  5. その年度の最高点をとった人の名前をメダルに刻し、社員総会でメダル贈呈式を行う。
  6. どの項目において評価されたかを公開フィードバックし、社長が深く深く頭を下げる。

 たったそれだけのことであるが、その賞をとった人に聞くと、人生最大の名誉で、このメダルをもってお墓に入りたいと言う。

 歴代の受賞者の名前をほとんどの社員がよく覚えている。「晴れやかな記憶と賞賛」である。

 ちなみに言えば、この入れ札で下位に来る人には特徴がある。

 いわゆるハイ・パフォーマーがずらりと並ぶ。前線で言えば、誰よりも数字をあげる人たちだ。極端な言い方をすれば「何でもアリで商売をとってくる」人たちである。泣くのは製造現場の人、事務方の人、裏方のアルバイトの人たちだ。

 周囲の人に負荷をかけ、心ない言葉を浴びせ、俺がお前たちを養ってやっているまがいの言動をとる。そういう人たちがこの入れ札では下位にくる。

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 中日新聞の記者、デスクは「縁の下の力持ち」という古い言葉を使った。古くは「縁の下の舞」とも言った。見えないところで美しい舞を踊る、それが一番美しいという意味だ。

 トヨタ躍進の秘密はたくさんあろう。その一つに「中卒、高卒の現場従業員からまだ役員が出ていない。おれはぜひ出したい」と本気で語る人間を社長にもってくる堅固不抜の登用思想がある。

 話題が変わるが、筆者の岳父は日産マンとして仕事人生を終えた。実に幸せそのものの仕事人生を日産のおかげで過ごすことができた。

 日産で時に高いところからものを言う仕事をするとき、つねに壇上から降りて、その御礼を申し上げてから仕事に入る。

 そういうこともあって、レンタカーを借りるときだけトヨタ車を使っている。その使い勝手であるが、伊藤忠商事の前社長、丹羽宇一郎氏が「カローラは名車だ、大会社の社長が乗って何が悪い」と言った意味がよくわかる。新しいカローラはいつも気持ちよく運転できる。

 縁の下の力持ち、を大切にする「人事制度改革」が重要だ。

 考えるヒントは、トヨタの評価思想に見え隠れする。抜きん出た努力をして結果を出した中卒、高卒の現場社員を役員に登用したい。そういう登用の仕組みをどう作るか、である。

コメンテータ:清水 佑三