人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
リーコ社長 佐藤陸雄氏投稿
こえ(連載645回)
サービス ホスピタリティ
2006年10月14日 週刊観光経済新聞 朝刊 5面
記事概要
ホスピタリティの心は、ほとんどの人が持って生まれた無償の何かだ。名の通った旅館やホテルの「優れたサービス」は、その無償のホスピタリティの心を「形ある商品」にまで昇華させたものだ。費用が高くてもその旅館やホテルを愛用する客は、高い水準のホスピタリティの心を期待し、それが満たされるゆえにそこを愛用する。パレスホテルの吉村一郎さんがまだ人事部長だった時、採用面接の基準として「笑顔のよさ」をあげられた。ホスピタリティの心をもつ《素材》を見抜くカギが「笑顔のよさ」にあると経験でわかっていたのだろう。もう1人忘れてはいけない人がいる。ホテル業界のカリスマと言われたホテルオークラの故橋本保雄さんである。9月14日、ホテルオークラで盛大な(故橋本保雄さんの)お別れ会が開かれ多くの人が橋本さんの遺徳を偲んだ。橋本保雄さんは《ホスピタリティを土台にしたサービス商品づくり》に職業人生を賭けられた。旅館、ホテル業界の厳しい競争を勝ち抜く王道は、ホスピタリティの心をもつ人を採用しその心を優れたサービスに昇華させるべく、不断の教育訓練を重ねるところにある。(佐藤陸雄)
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
ホスピタリティは目的になりえない
コメンテータ:清水 佑三
週刊観光経済新聞は毎週土曜日に刊行される全国のホテル、旅館を主要読者に想定した業界紙である。10月21日号の以下の主要記事をみれば、その内容がほぼ推察できる。
「こえ、声」欄は、ホテル、旅館および関連分野で活躍する4人が持ちまわりで意見を語る囲みコーナーである。4人の投稿者のある日のブログを覗くような軽妙な趣がある。
今回取り上げた(株)リーコ社長の佐藤陸雄氏は、観光業界の経営コンサルタントであり、週刊観光経済新聞のイベントなどでしばしばパネリストやコーディネータを務める。引用のあるパレスホテルの吉村一郎、ホテルオークラの橋本保雄といえばホテル業界で知らない人はいない。
私事で恐縮であるが、筆者の身内がホテルオークラ(ホールディングス)の副社長を勤めていて、この投稿記事に出てくる故橋本保雄氏の謦咳に長く接していた。法事などで親兄弟縁者が集えば「有名な橋本さんってどんな人」とついつい聞きたくなる。
それはともかく、この佐藤陸雄氏による投稿にはどきっとするようなコメントがいくつかある。「ホスピタリティ」に強い興味をもつ者としてひっかかる部分を指摘し、批判を述べる。
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(佐藤陸雄氏批判)
1 ホスピタリティとは「親切心、思いやり、やさしさ」である
英英辞典を引いて、ホスピタリティとは何かを調べる。次のような記述がある。hospitality:friendly and generous behaviour towards guests. そのまま日本語にすれば、「うちとけた、気前のよい、客へのもてなし」である。気前のよい、という表現に本質がある。日本エス・エイチ・エルを訪ねるSHLグループの外国人は、例外なしに我々(日本法人)のホスピタリティを口にする。なぜか。計算にあわないような接待費用の使い方をするからだ。まさに気前がよいと感じるのである。思いやり、やさしさとは少し違う。
2 ホスピタリティはほとんどの個々人が生まれついて持っているもの
英英辞典がいうhospitality―客をうちとけさせる自然な態度・ふるまい、気前のよい気風(きっぷ)―は、誰にでも天与に備わったものではない。だから日本エス・エイチ・エルを訪ねる客人が驚いたのである。佐藤陸雄氏のホスピタリティ観にある親切心・思いやり・やさしさ、にしても誰にでも天与にそなわったものではない。適性テスト尺度上のサンプル集団の分布をみれば顕著だ。親切心・思いやり・やさしさをもつ度合いは、それをもつもの、もたないものを両極端とする釣鐘状の正規確率曲線を描く。
3 旅館、ホテルは「お客さまによい気分で過ごしていただくため」にある
ほんとうにそうだろうか。もし本当にそう思っているのであれば、日本旅館が用意する「食べきれない料理を客の好みに関係なくこれでもかこれでもかと一度に並べる習慣」は生まれ来ない。少なくとも筆者に限っていえば、「良い気分で過ごす」のはどこまでも自分の問題であって旅館、ホテルに働く人の言動とは関係がない。接客センスを疑うようなホテルマンとぶつかったとしても、立地、設備、価格などで納得できれば次もその人がいたホテルを使う。
4 オークラの橋本氏は《ホスピタリティを土台にしたサービス商品づくり》のプロだった
サービスのよさにおいてホテルオークラが卓越した強みを発揮してきた背後に橋本保雄氏のリーダーシップがあった、という意味だろう。それはそれで納得できる。気になるのは、《ホスピタリティを土台にしたサービス商品づくり》という言葉の曖昧さである。たとえば「枕」にこだわりをもつ常連客がいたと仮定したときに、手を抜かずにとことん「その人にあった枕さがし」を追求するオークラの営業姿勢をこの言葉から連想する。それを知った一見客はどう思うか。ホスピタリティの目的化はそも可能なのか。
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(ホスピタリティを社是とした会社の実例…)
筆者が勤める会社の『社是』は、創業以来一貫してホスピタリティである。それも英英辞典にある意味でのホスピタリティだ。再出すれば「うちとけた、気前のよい、客へのもてなし」をもって日本エス・エイチ・エルの存在理由(社是)としてきた。それがどういう具体的な行動基準となるか。それを書いてこの稿を終えたい。すべて否定形をとっていることに注意してほしい。
・営業してはならない
相手の身になって考えると、断っても断っても帰ってくれない押し売りくらい嫌なものはない。うちとけた話をしにゆくのはよいが、それ以外の目的で顧客を訪問してはならない。社のご法度とする。
・聞き苦しい話をしてはならない
人を悪し様にいうのを聞いて気分をよくする人はいない。業界の発展に尽くす仲間である同業他社を褒めることはあってよいが、悪口をいってはならない。客へのおもてなしにならない。
・要領のよい仕事をしてはならない
帽子のサイズはひとつではない。頭の大きさが人によって異なるからだ。同じように、分析方法はひとつではない。それぞれの顧客はそれぞれ個別の問題に悩むからだ。想定できるすべての分析方法を試し、もっともフィットしたもの以外は全部捨てる。カストマイズとはそういうことだ。無限に近い失敗を毎回繰り返すこと以外の仕事の仕方をしてはならない。
・未熟を恥じてはならない
賢い、目的的な人に対して、人はうちとけない。警戒する。未熟をありのままにさらすことは恥ずかしいことであるが、未熟な人を人は本当には拒まない。未熟な人が迷惑をかけまいとして必死になっている姿にむしろ共感する。未熟であり続けることはよくないが、未熟を恥じてはならない。
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筆者のつたない経験では、ホスピタリティは自らへの抑制原理としてのみ意味をもつ。相手を喜ばそうとする目的原理としては構造矛盾があっていずれ破綻する。
人間の権利が不当に扱われたときの痛みの訴えとしてのみ存在を許されることとどこかで共通する。