人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
オービック
話せば変わる社員の意識
「散歩経営」野田順弘会長に聞く 斜めの交流も大事
2006年10月12日 日経産業新聞 朝刊 26面
記事概要
会計や生産管理などの業務ソフトやシステム構築で強さを発揮するオービックは、野田順弘会長兼社長(創業者)が唱える「散歩経営」を実践すべく「声かけ運動」を社内の縦(世代間)、横(部署間)、斜め(同学、同好間)で強力に展開している。野田会長は、取締役や部長クラスに「日々、200人以上の部下と語れ」と発破をかける。営業担当常務の橘昇一氏は、週2、3度、8人前後の若手と食事会を開く。1時間半の時間をかけ弁当をつつきあう。この席で、新卒入社3年目の若手SEから「エンジニアに数値目標を課すのはおかしいのでは」という本音の疑問がでた。橘氏も本音で返した。「本当はそのとおりだ。ただ、君たちの年次でそれをしないと成長につながらない」。部署間での「声かけ運動」は営業とSEをワンフロアにし、担当顧客業種ごとにまとめて「統括一部」「統括二部」等とした組織改革から手をつけた。営業に比べてSEは話下手の人が多い。SEを束ねる小林達也ソリューションシステム部長は、SE一人ひとりに対して朝礼でのスピーチを義務づけた。営業マンに聞かせたいからだ。日ごろほとんど口をきかないあるSEが、自分が視力改善手術を受けた経験を朝礼で話した。近視に悩む多くの営業マンが休み時間にそのSEのまわりに集まった。営業とSEが「このシステムをお客さんに提案してください」「こんな技術って実現可能?」と垣根を越えていいあう風土ができつつある。(国司田拓児記者)
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
「対話力」をもつ会社が勝つ
コメンテータ:清水 佑三
(オービックとOBC)
オービックは、独立系システムインテグレーション(SI)事業者である。記事にあるとおり、もともと中堅、中小企業に強いという定評があった。最近は、目線を大企業に移しつつある。持ち分会社にテレビコマーシャルで露出度が高い『勘定奉行』の「OBC」がある。
SIといわれても、普通の人にはピンとこない。業界用語辞典の記述をひく。
「SIとは、コンピュータやネットワークのいろいろな種類のハードやソフト、テクノロジーを選択・組み合わせることで、利用目的に合ったコンピュータ・システムを構築すること。または、それを通じて企業などの情報システムの構築や運用・保守などを一括して請け負うサービス事業のこと」
平たくいえば、「うちに入ってもらっているIT会社さん」と顧客が他人に紹介するのがSIerである。SIerをしょっちゅう変えるわけにはいかない。会社の事業の新規展開にはソフト開発やIT機器のバージョンアップを伴うことが多い。ゆえに、SIerとして、顧客を多く持つと経営基盤は磐石となる。安定するのである。
一方、『勘定奉行』のような市販ソフトをもつ会社は、ベストセラーをもった出版社と同じで、市場の風が吹いている間は急成長を遂げる。オービックとOBCの主要指標を比較すると業態の違いが顕著だ。先週末のデータを下に示す。市場の期待を示すといわれる株価収益率は『勘定奉行』をもつOBCが高い。罫線でみてもOBCは(このところ)右肩あがりである。時価水準でオービックを急追している。2社ともに、高いレベルでの優秀、優良企業である。
(野田順弘会長の思想と行動)
記事左下にある囲みの、「散歩経営」野田会長に聞く、斜めの交流も大事、で語られている片言隻句に注目したい。34行の短い文字数ながら、「声かけ運動」の本質的契機が漏らさず(ここに)ある。
経営の思想と行動とはまさにかくのごときものだ。
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人的資源の個人差研究をライフワークとしてきた立場でいえば、野田会長が問題にしている幅と深さをもつ「対話力」はもっとも複雑で面妖な能力である。得体がしれないがゆえに、組織的に強化するのがむずかしい。
「対話力」に関係するであろう要素を羅列しておく。「対話力」について筆者が閉じこもって長いこと考えてきた結論、帰結のようなもの。読者諸賢の参考になれば嬉しい。
(1)自分以外の人への興味、関心、観察、思考
SIerの仕事にかかわる人でいえば、顧客企業の個々人、上司を含む自社チームの個々人、協力会社の個々人が、なぜ、なにを、どう考え、仕事上で行動しているのか、問題意識をもって観察する。観察で得たことで大事なものをいつも頭の黒板に貼っておく。この人にはこういういい方だけはしないほうがよい、こういうときには話さないほうがよい、などなど。
(2)遠ざけているキーマンとの対話が大事
一緒にいると楽しい人と一緒にいようとするのが人の性質。そこでは対話力は不要。仕事上はむしろ逆で、一緒にいると圧迫感や嫌悪感を感じるキーマンの傍にいかないといけない。そういう人が仕事の成否に関係するような知識や意見をもっているとしたらどうなるか。近づかないことが仕事上の齟齬につながろう。疎遠なキーマンとの人間関係の「車検」が必要である。
(3)いい仕事をするためにぶつかってゆく
話のツボが合わない人と話すのは苦痛だ。価値観、興味・関心、趣味、スタイルがみんな違う。世代や性別、立場が違うとことに苦痛だ。無理に話そうとするからいけない。仕事をするために取材すると思えばよい。取材は給料に含まれる「役割」なのである。そう割り切って、こちらから意を決して傍にいると苦痛を感じるキーマンに取材にゆく。エネルギーがいる。よく寝た日にするとよい。
(4)小説を読むように話をきく
あらゆる人の仕事経験はすべて価値をもっている。取材相手が語ったことの中に、新しい知識につながるような言葉がないか。そういう聞き方をすると違った仕事経験をしてきた人の話しはすべて面白く感じるもの。生理的な嫌悪感はいつのまにか薄れる。傾聴とは、新種の蝶を発見するために山に入った昆虫研究家が目を使ってやっていることを耳でやることをいう。
(5)笑顔を探し、笑顔を返す
どんな人でも会心の表現があるもの。自分の経験や意見を語っているときに、うまくいえたときの表情には笑顔に通じるものがあらわれる。そういうタイミングを見逃さずに、笑顔を返す。そこから、テニスや卓球でいえば、お互いがお互いのボールを丁寧に拾おうとする息の長いラリーに入ってゆける。笑顔と笑顔がラリーすれば、対話道、免許皆伝である。
(6)不満、苦情を口にしてくれたら勝ち
笑顔の交歓が多少でもできると自然と口がほぐれる。モヤモヤ、イライラしていることの一端を口にしはじめる。それをよく聞いて、これも頭の黒板に漏らさず書いておく。そういう聞き方は、話し手からみると「真剣に聞いてくれている」と映る。相手が真剣ならば、こちらも真剣になるもの。感情的な表現が影を潜め、次第に熱を帯びて問題点と思うことを話してくれる。仕事上の対話力とはそういうことをいう。話すことよりも聞くことをいうと思ってよい。
野田会長がいう「声かけ運動」は大切である。
会社が大きくなり、部署が分かれ、人が多くなればなるほど、個々人の「対話力」は減衰しはじめる。組織の力、ブランドの力で仕事が進むからだ。「対話力」の掘り起こし運動をしないとダメだ。能力とは筋肉のようなもので、使わないと恐ろしい速度で劣化してゆく。