人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

メディカル一光 薬剤師の採用で独立部署を新設

2006年9月21日 日経産業新聞 朝刊 23面

記事概要

 調剤薬局チェーンのメディカル一光は9月21日づけで薬剤師の採用を人事部から切り離し、薬局事業本部内に新設した「薬局人事部」で行うと発表した。同社グループの調剤薬局は67店舗、薬剤師は正社員、契約社員、パートを含めて281人いる。業界全体をみても薬剤師の流動性は高く、メディカル一光の場合、薬剤師の平均勤続年数は4年程度となっている。薬剤師の採用を現場に移した狙いは、(そうすることで)店舗のある現地で募集・面接することができ、本社採用に比べてより機動性、効率性を高められると判断したため。薬剤師以外の採用は、(人事部と総務部が統合してできた)総務人事部が担当する。

文責:清水 佑三

薬剤師のための薬剤師の会社とは

 社団法人日本薬剤師会が、今年の夏、全国紙を使って「そうだ、薬剤師に聞いてみよう!」という大きなキャンペーンを張ったことがある。

 お薬を安全に使っていただくために、と題された広告で使われたコピーは以下のとおり。

 ◇かならず自分の症状に合った薬を選びましょう
 ◇アレルギーや副作用の経験がある薬は避けましょう
 ◇副作用が疑われる時は、速やかに専門家に相談しましょう
 ◇症状によっては、薬に頼らずに受診しましょう

 この四つの文章を使って薬剤師会が社会に訴えたかったことを推量するに、

 医師の処方であっても、使用者個人個人にとってあう医薬品とあわない医薬品がある、万一副作用が生じた場合、その被害を最小限に止めるよう身近ですぐにアドバイスできるのは、我々薬剤師である、

 に尽きるように思う。

 副作用が疑われる時は、速やかに専門家に相談しましょう、と広告中で呼びかけているが、専門家とはこの場合、医師ではなく薬剤師を指していると思われる。諸般の事情でぼかしてあるのだ。

 あなたたち市民を薬害から守れるのは私たちなのだと強く叫んでいるように聞こえる。

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 世界的免疫学者とされる安保徹(あぼとおる)氏は、著書『免疫革命』のなかで次のように書いている。
(初版274ページ)

…分析医学や薬学の発展のおかげで、薬も成分の強いものが作られるようになりました。その結果、一般的に見て、西洋医学の薬は病巣に直接働きかけるという意味では、たいへんな力を発揮するようになったものの、それが体全体に健康にとって、病気の治癒にとって、果たしてほんとうに意味があるものかどうかということを、考えなくなってしまったのです。

…たとえば抗ガン剤ですが、たしかに抗ガン剤を投与すると、ガンそのものは小さくなります。ところが、ガンが小さくなればガンが治ったことになるかというと、そうではないのです。健康な生活をとりもどしてはじめて「治った」というべきです。ガンは小さくなったけれど、副作用で全身的に破綻をきたして、ひじょうにつらい状態で日々をすごさねばならないとしたら、それは果たしてよい医療といえるでしょうか。

 安保さんの本はよく売れているそうだ。そうだろう。「副作用で全身的に破綻をきたして、非常につらい状態にある」たくさんの人たちが現にいて、家族を含めて彼の言い分に強い共感を覚えているからだ。

 部分的な解(病変の縮小、後退)が、全体的な解(個人の健康な社会生活)を保障しないことは、患者と気兼ねなく話をする機会が多い薬剤師が身近に経験から感じていることだ。次第に医療関連産業から薬剤師の目線は離れ、苦しむ患者の方を向きはじめる。

 自分の知識や経験に自信をもつ薬剤師ほど、自分の知識や経験をもっと患者に還元できないものかと考える。医師の処方薬を調剤して渡すときの薬剤師の多くは、あきらかに医薬投与者(患者)と語りたがっている。

 Aという医薬投与者で実際に起こった副作用の悲劇を新しくその薬を使おうとしているBという医薬投与者に伝えたい。同じ悲劇を繰り返したくないと切実に思うからだ。

 薬剤師も看護師も、流動性が高い。平均勤続年数が他の職種に比べると短い。絶対数が不足していることに加えて、薬剤師や看護師が心の中に描く理想と、現実の職場環境(薬局や医局の風土)の乖離が大きく、もっとよい薬局があるのでは、もっとよい病院・開業医があるのでは、という「青い鳥症候群」に陥るのだろう。

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 記事にあるメディカル一光は、三重県を地盤にする調剤薬局チェーンである。売上の7割を調剤薬剤料収入が占めている。薬剤師の確保が生命線なのだ。新しい模索もしている。

 新薬の特許期間が切れると他の医薬メーカーが同種同効の薬を安く製造・販売できる。いわゆるジェネリック医薬品である。メディカル一光はこの分野の卸業で次なる発展をめざす。 

 流動性の高い薬剤師採用の「現場化」路線は、フットワークが軽くなる分、機動性、効率性という面ではメリットがあろう。

 しかし、どんなにうまく採用しても定着が伴わなければいたちごっこになるだけ。もっと大きな定着に向けての目線が必要だ。エンジニア王国を作ったソニー創業者の井深大さんの目線である。

 井深大さんが書いたとされる東京通信工業設立趣意書に次のような文章がある。

…戦時中、私ガ在任セル日本測定器株式会社ニ於テ、私ト共ニ新兵器ノ試作、製作ニ文字通リ寝食ヲ忘レテ努力シタ、技術者数名ヲ中心ニ、真面目ナ実践力ニ富ンデイル約二十名ノ人達ガ、終戦ニ依リ日本測定器ガ解散スルト同時ニ集マッテ、東京通信研究所ト云フ名称デ、通信機器ノ研究製作ヲ開始シタ。

…コレハ技術者達ニ技術スル事ニ深イ喜ビヲ感ジ、ソノ社会的使命ヲ自覚シテ思イキリ働ケル安定シタ職場ヲコシラエルノガ第一ノ目的デアッタ。戦時中、総テノ悪条件ノ基ニコレ等ノ人達ガ孜々トシテ、使命達成ニ努メ大イナル意義ト興味ヲ有スル技術的主題ニ対シテ驚クベキ情熱ト能力ヲ発揮スル事ヲ実地ニ経験シ、又、何ガコレ等ノ真剣ナル気持ヲ鈍ラスモノデアルカト云フ事ヲ審ニ知ル事ガ出来タ。

 井深さんが書かれた上の文章の「技術者」を「薬剤師」におきかえ、薬剤師の真剣な気持ちを鈍らすものが何かをつきとめて、それをなくしてゆく努力を重ねれば、薬剤することに深い喜びを感じ、その社会的使命を自覚して思い切り働く人たちからなる薬剤師王国が生まれるだろう。

 薬剤師たちの平均在職年数は業界水準を引き離し、5、6、7年となって戦わずして勝つ道が開けよう。

 メディカル一光の採用戦略の記事に触発されて書いたが、薬剤師だけの問題ではない。およそ理想を抱いてその道を志すすべての資格専門職の遇し方について同じことがいえる。

コメンテータ:清水 佑三