人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

京都市
不祥事ドロ沼 覚せい剤・児童買春…4月以降に逮捕9人
市長「同和施策が一因」

2006年8月25日 朝日新聞(大阪) 朝刊 31面

記事概要

 政令指定15市の今年度(4月以降)の職員逮捕数比較をすると、京都市9人、大阪市8人が目立つ。以下、神戸、横浜両市が3人、残る11市は1人またはゼロである。職員千人あたりの逮捕者数も京都市が群を抜き、0.94人、大阪市の0.30人を3倍以上引き離す。犯罪者を税金で雇っているようなものとして市への抗議、苦情が7月にはいり100件を越えた。9月に定例会を予定していた市議会は、8月下旬に連合審査会や委員会を開催した。市議のひとりは委員会で「行く先々で罵声を浴びせられる」と声を震わせた。31日に臨時議会を開き、不祥事に関する特別委員会を設置する予定である。桝本頼兼市長は7月の局区長会で(不祥事が集中している)環境局の解体的な出直しを図る、と語り、記者団に「同和行政の大きな柱として『優先雇用』制度を過去やってきた。不祥事の要因の一つだ」、と語った。この市長発言に対して(同和関連)運動団体から「市長自らの責任を免罪し、旧同和地区住民にその責任を転嫁する許されざるもの」(京都地域人権運動連合会)との反発が出ている。

文責:清水 佑三

採用は組織を規定する。もって他山の石となす。

 記事中で紹介されている今年度(4月以降)の京都市職員の逮捕者状況は以下のとおりである。

4月 環境局男性(30歳)女子中学生2人に対する児童買春容疑
5月 環境局男性(56歳)同僚らをナイフで脅した銃刀法違反容疑
6月 下京区役所女性(44歳)女子中学生をたたくなどした傷害容疑
同 環境局男性(28歳)現金自動出入機を壊すなどの窃盗未遂容疑
7月 環境局男性(40歳)妻に対する暴行容疑(起訴猶予)
同 南区役所男性(34歳)生活保護受給者一時金の詐取、受給者への貸付金の窃盗容疑
同 環境局女性(26歳)覚せい剤取締法違反、同使用容疑
同 環境局女性(25歳)覚せい剤取締法違反、同使用容疑
8月 環境局男性(33歳)覚せい剤取締法違反、同使用容疑

 記事中にある同和行政に関係する『優先雇用』とは、京都市によれば、昭和48(1973)年度から始まった雇用制度である。

 同和地区住民の就労機会を保障するため、(部落開放同盟、自由同和会等の)運動団体の推薦に基づき、原則、面接以外の選考方法をとらずに採用し、採用者の多くを環境局などの現業職場に配属してきた。

 平成6(1994)年以前については市(人事課)に記録がないが、記録が残っている95〜01年度(7年間)で合計256人がこの雇用制度を通して市職員になっている。

 記事にはないが、公開資料によれば、京都市議会でこの問題を繰り返しとりあげている共産党の山本正志氏は、平成6(1994)年9月12日の本会議で次のように述べている。

…(優先採用の結果)特定団体の考え方が職場に持ち込まれ職場規律が守れなくなっているという事態を生み出しています。現に、清掃局長は、清掃事務所など現場での実態に対して市民からも厳しい批判があり、職員にはせめて午後3時までは職場で勤務するようにと指導していきたいと委員会で答弁されているのが実態であります。

 同じく、自民党の内海貴夫氏は、平成8(1996)年11月21日の本会議で次のように述べている。

…管理職の方からは、一部の(優先採用)職員ではありますが、出勤してもらうということだけでも大変で、仕事をしてもらうなんて、とてもとても、との声を聞いております。

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 特定団体が強い影響力をもって「統治機構」を揺さぶり、市民全体の利益を歪めるとの批判は、京都市だけの問題ではない。民主主義国家群のリーダーを自認するアメリカ連邦政府において顕著だ。

 月刊誌『選択』(06年9月)によれば、全米最大のユダヤ系ロビー団体のAIPAC(米国・イスラエル公共問題委員会)をもって(そういうパワーの)嚆矢とする。

 以下は「猛威強める米、ユダヤ系ロビー」と題された同誌最新号の記事に依拠している。

 米連邦議会上院は、7月18日、「ハマスとヒズボラへの非難決議案」を全会一致で採択した。2日後、舞台を下院に移し、ここでは410対8という圧倒的多数で上院とほぼ同文の決議案を採択した。

 決議案の特徴は、国際情勢の冷静な分析と国益の慎重な計量勘案による提言ではなく、無条件に近いイスラエル支援宣言であることだ。

 これまでも米政府の(バランスを欠いた)イスラエル支援政策が出るたびに、AIPACの存在と影響がひそかに指摘されてきたが、米国内では正面からユダヤロビーの正体をあばき、斬ることは長年にわたってタブー視されてきた。クォリティ・メディアを自認する主要メディアにおいて特にその傾向が目立った。

 AIPACがかくも強い影響力をもつに至った理由は、(後述するある論文によれば)ユダヤマネーによる選挙コントロールだそうだ。リベラルをもってなる民主党でさえ、大統領候補の選挙資金の60%がユダヤマネーによっているという。

 仮にある議員が親イスラエル政策を表明するとAIPACはその議員のために献金パーティーを開催する。逆に反イスラエル政策を表明すると(他の政治思想にかかわらず)選挙で対抗馬に資金を流す。この団体に賛同しない政治家の政治生命はやがて絶たれる。

 イスラエルはさらに強い援軍を得た。

 キリスト教右派のカリスマといわれるジョン・ヘイギー牧師が、AIPACの理念をより露骨にした「イスラエルのためのキリスト教連合」を今年の7月にたちあげたのである。ユダヤロビーとは違った角度からの新しい親イスラエルパワーの誕生である。第2のより強大なAIPACとささやかれている。

 キリスト教右派には、イスラエルという国家の誕生=キリスト再臨の第一歩、という宗教的な思想をもつ。ジョージ・ブッシュの親イスラエルの姿勢は、自身のこの思想によるといわれる。

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 アメリカを支配する「タブーパワー」に挑戦した2人の勇気ある大学教授の論文の内容を紹介しよう。同じく『選択』誌記者の努力に拠る。

 今年の3月、イギリスの書評誌『ロンドン・レビュー・オブ・ブックス』に『イスラエル系圧力団体と米国の外交政策』という論文が発表された。シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授、ハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授による力作である。

 論文の要点は、(1)イスラエル一辺倒の中東政策は米国の国益に合致しない、(2)AIPACはロビー活動を通して親イスラエル政策が米国の国益にかなうというイメージ形成を行っている、(3)イラクへの先制攻撃はAIPACが主導したといえる、(4)AIPACパワーによってイスラエルは批判フリーの立場にある、など。

 著名かつ有力な知識人が、勇気をもってタブーに斬り込み、社会の木鐸(=世人を覚醒させ、教え導く人)となった。

 ひるがえって日本第一のクォリティペーパーを自負する朝日新聞のこの記事はどうか。社会の木鐸たりえているか。

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 この記事の見出しのつけ方に注目したい。使われている活字の大きさの順でいえば、

 京都市不祥事ドロ沼 → 市長「同和施策が一因」 → 発言に反発「差別助長」(運動団体)

 となる。

 京都市は、不祥事頻発で落ちた信用回復のために、原因をつきとめ、手をうとうとした。しかし、原因として名指しされた運動団体は、それに対して「差別を助長する認識」として反発し、糾弾、対決する構えをとっている。

 この不祥事問題はドロ沼に入ってしまって解決への糸口が見えない、という事実報告が見出しとして踊っている。実際に記事の起承転結もその流れで書かれている。

 京都市はドロ沼になりました、という事実の報告が新聞のミッションであろうか。違うと思う。新聞は「社会の木鐸」ではなかったか。ロンドンの書評誌の勇気に学ぶべきだ。どうすればよいかの知見を述べるべきだ。

 税金によって生計を営む人たちに対して聖人君子であれ、とは誰もいわない。逮捕者があまりに多すぎる。ひどすぎる、なおすべきだと市民の誰もが感じているだけである。

 推薦した(運動)団体がいうとおり、「一部の個人が不祥事を起こしている。大半は一生懸命に働いている」はそのとおりだろう。市長が、30年以上前に導入した制度に原因を求めるのは筋が違うというのはそれなりにわかる。

 であれば、推薦権という形で市民から付託を受けた運動団体として、自らを振り返り、社会に迷惑をかける犯罪容疑者を多く推薦してしまった非については認める。かりにそういう人を過去に推薦してしまったとしても、願わくば、市としてきちんと職業教育をして、よき行政マンに育てていただきたかった、それをどのようにしてきたか、と問うべきであろう。

 京都市の『優先採用』制度はすでに01年度で廃止されている。制度はなくなったが、制度の趣旨がいかされず、過去28年間にわたった制度運用の甘さが表面化して、今、問題化した。

 採用は組織を本質において規定するのである。

コメンテータ:清水 佑三