人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

マルエスフリージングジャンクション
運転者の給与 安全意識を反映 禁煙など厳守促す

2006年08月04日 日経産業新聞 朝刊 23面

記事概要

 山梨県市川三郷町に本社をおく物流・倉庫会社のマルエスフリージングジャンクション(MFJ)は、物流業界の主流だった「経験固定給+走行距離×運搬量(歩合)=賃金」という図式に加え、運転者の安全意識度を反映させた新賃金制度を考案した。新制度に組み込まれる安全意識は、運転中の禁煙などの「必須」項目と、適切な車間距離をつねに意識するなど「期待」項目の計40項目からなり、質問紙を用意し、運転者から得られた回答を会社が6等級に価値づけ、歩合給部分に等級別乗数をかけて給与に反映させるというもの。MFJでは、同じ勤続年数、同程度稼動の運転者でも、安全意識度が加味されることで年収に最大3割程度の差がつくとしている。運転者個人の安全意識を高め、事故リスクを会社全体として軽減するのが狙い。物流業界で安全面の取り組みを賃金に直結させる例は珍しく、新たな手法として注目を集めそうだ。MFJは主に食品の保管物流を手がけ、06年3月期の売上は連結で約15億円。運転手は約80人で、02年に倉庫業に本格参入してから業績を急成長させている。

文責:清水 佑三

コンプライアンス要注意型パーソナリティとは

 新制度のポイントとなる安全意識評価の項目内容を記事中から拾ってみたい。

必須項目

  • 運転中の禁煙を守っているか
  • 携帯電話のイヤホン使用ルールを守っているか

期待項目

  • 積み荷重量(制限)を考慮しているか
  • 天候にあわせた運転を考慮しているか
  • 車間距離に余裕をもたせて運転しているか

 自己申告方式であるから、事実と違う申告がなされる可能性は否定できない。記事中にも、「本当に禁煙しているか、車間距離が適正かどうかなどは(自己申告なので)わからないとある。

 にもかかわらずこの新制度は、賃金とは何かに対する「長い間に自然と形成され固定化された」考え方に風穴をあける「キラリと光るもの」をもっている。その光るものの正体を追ってみたい。

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 運輸・物流事業者にとって「安全」を担保する最大のものは、抱える(運転)業務当事者の「安全への意志」の全社的総量である。

 どれだけの「安全への意志」をもって業務に取り組んでいるかの個人差を把握し、それをうまく賃金に反映させることに成功したとしよう。

 賃金を多くもらいたいのは人情だ。自然に個々のドライバーの「安全への意志」は強化され、会社全体の「安全への意志」の総量は増えてゆこう。

 結果としてその制度を持たないときに比べて事故率は減ってゆく。

 現実の問題として次に来るのは、「安全への意志」の個人間差異の測定技術である。ひらたくいえば、嘘を書いても仕方がないような、また嘘を書けないような「尋ね方の技術」が、この制度の成否を分けるカギになる。

 サイコメトリックス(計量心理学)的アプローチが使える場面だ。

 筆者がかりにこの会社から委託を受けて自己申告用の項目設計を担当したとする。次のような手順で開発を行うだろう。

  1. 一定の期間をかけて全ドライバーの運転を見る機会をえる。
  2. 必須項目、期待項目のそれぞれについて運転者にランクをつける。
  3. 高い得点をとった複数の運転者に対してインタビューをこころみる。
  4. 仕事に対するありとあらゆる角度の質問をぶつけて回答を記録する。
  5. 高い得点をとった複数の運転者が共通的にもっている「意識」を特定する。
  6. 必須項目、期待項目の内容と一見無関係に思われる項目だけをとりあげる。
  7. それぞれの項目をさりげないざっくばらんなタッチで表現する。
  8. 必須項目、期待項目を直接尋ねるダミー(集計しない)項目にそれらをまぜる。

 こうした手のこんだR&Dステップをかませれば、現実的で有効な安全意識測定システムが作れる。それ使って、新賃金制度が正しく運用されれば、80人の給与は、(勤続年数、出来高が同じ場合)、「安全意識」の強弱によって明確な差がつく。

 給与差の意味がわからない、納得できない人たちがやめてゆき、あらたにそれに共感、納得する人たちが入ってくる。「安全意識」という視点での人的資源の新陳代謝システムが機能しはじめる。

 「意識」が「行動」を規定する。もっと遡れば、「評価」が「意識」を規定する。賃金(評価)制度の本質は、組織構成員の行動変容を(社会・会社が期待する方向に)促すところにある。

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 付録のようになるが、ある運輸関連企業で行った数千名規模での「事故多発型パーソナリティ」研究の結果を、守秘義務違反にならない範囲で紹介しておく。

 事故多発型パーソナリティの解明は、時代ニーズだ。ひとり運輸業者だけの問題ではない。研究パートナー企業のご理解、ご寛容をお願いしたい。また読者の参考になれば幸いだ。

 (データが語っている事故多発型の人)

・パーソナリティ尺度

  1. あなたは自分を「自己中心的」だと思ったことがありますか?
  2. あなたは自分を「自己顕示的」だと思ったことがありますか?
  3. あなたは自分を「自己陶酔的」だと思ったことがありますか?

 事故多発型グループは、以上の自己理解テストの設問に対して、極端に強い度合いで「ノー」と回答する。

・シミュレーション(機械動作判定)尺度

  1. 状況認識が遅い
  2. 状況認識が間違っている
  3. 注意力がとぎれる、欠ける
  4. 場面適応力がとぎれる、欠ける
  5. 動作の俊敏性が著しく欠ける

 事故多発型グループは、動作判定テストで上の傾向をしめす。

 また事故多発グループは、「自分は運転がうまいと思っている」点に特徴がある。しかし、物理的な測定を入れると動体視力が平均よりも低い。

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 「安全」の意味をより広義に解釈しよう。コンプライアンス問題、不祥事問題と重なる。

 シミュレーションテストを全社員に課すのは難しいが、個々の社員のパーソナリティの把握は、OPQのような「パーソナリティ質問紙」によって一定程度測定可能だ。

 かりに、OPQを既存の全社員に受けてもらい、ある回答パターンをとった人すべてが過去に懲戒処分を複数回受けたことがあり、懲戒処分と縁がない人はその回答パターンをとらないような「特定の回答パターン」を見つけることに成功したとしよう。

 その回答パターンを、事故多発(コンプライアンス要注意)型パーソナリティと定義してよい。

 新しい組織構成員にOPQを受けてもらい、事故多発型パーソナリティの回答パターンの人が仮にいたら、配属した職場でよく注意すればよい。観察し注意すれば抑止効果はある。

 スキャンダル、不祥事を起こしてからでは遅いのである。

 ルール、システム、制度をいくら完璧に作って運用しても、企業の社会的スキャンダルの発生をゼロにすることはできない。ルール、システム、制度では、社員一人ひとりやその集合としての組織の「パーソナリティ」「物理性能」「意識・意志」をチェックできないからだ。

 企業は利潤追求しつつ社会的責任を果たさねばならない。そのために、「賃金はどうあらねばならぬか」難しい課題である。

 そういう意味で、マルエスの試みは注目に値いする。会社全体のコンプライアンス度をあげてゆくために賃金制度を考える、新しい視点の提供があった。

コメンテータ:清水 佑三