人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

日本航空
強さの源泉 貨物事業部門 トヨタ式で無駄省く

2006年7月20日 日経産業新聞 朝刊 21面

記事概要

 日本航空の貨物事業部門が04年10月から進めてきた業務改革「プロジェクトM3」が、スタート1年半を経て、顕著な効果をあげはじめた。トヨタグループから一年契約でコンサルタントを招き、カイゼン推進室を設置、無駄、斑(むら)、無理の三つの「M」をなくし、整理、整頓、清掃、清潔の4つの「S」を実現させるべくトヨタ式「カイゼン」に取り組んできた。この1年半で作業効率は目に見えて改善され、一人あたりの貨物取扱量は一割増え、フォークリフト台数は一割減った。「カイゼン」推進はまず作業現場にビデオカメラを設置し物流現場の人と物の動きの記録をとることから始まった。カイゼン・コンサルタントが「何故、何をしているのか」「これは本当に必要なことなのか」を一つひとつ確認してゆく。外部からの指摘に加えて、社員から改善提案を募った。集まった700項目について「どうしてこの提案がなされたのか」にメスを入れた。日本航空インターナショナル成田貨物支店長大平宏氏は「何でこんなやりかたをしているんだろうと疑問に思っていた社員もいた。それを会社が吸い上げてこなかった。今のところ(カイゼン運動は)いいことずくめ。弊害は一つもない」と胸を張る。(塚越慎哉記者)

文責:清水 佑三

人事制度をいじる前に現場のカイゼンを

 日経産業新聞の看板連載の一つ「追跡、強さの源泉」が、日本航空貨物事業部門を取り上げたことにまず驚く。日本航空批判の空気、潮流が渦巻くなか、勇気ある決断だ。

 正しいことを正しくやって目に見える実績を出した、この努力は「追跡」に値いする、という落ち着いた見識が窺える。

 記事は成田空港貨物地区の今と昔の対比から入る。

…貨物機に搭載され海外から貨物が到着する。日航貨物ターミナルに到着貨物がフォークリフトで運び込まれてくる。搬入作業が終わると、作業担当者が一斉に集まってくる。梱包を解き、内容物と伝票との照合作業に入る。点検が終わった貨物はただちに国内各地に送り出されてゆく。

…よく見ると、貨物は搬入口から貨物上屋の奥に向かって(整然と)並べてあることがわかる。入り口近くで梱包を解き、奥で伝票チェックする。その間をフォークリフトが(要領よく)走り抜けてゆく。

…以前はこうではなかった。複数の作業チームが思い思いの場所に荷物を運びこみ、梱包を解き、伝票確認をしていた。担当者が荷物を探し回り、雑然とした左右250メートル、奥行き50メートルという広い敷地の中で、フォークリフトは縫うように走り抜けていたものだ。

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 記事を離れて紹介すれば、輸出入全体の航空貨物のうち、実に7割(重量ベース)近くが成田空港に集中している。このあたりは全国の海港に荷物が分散する船舶貨物とまったく違う。

 航空貨物の特徴は「なまもの」が多いことだ。新鮮さが生命である生鮮食材はもっぱら航空貨物でとどき、ただちに消費地に運び込まれる。無駄、斑、無理があれば、せっかくの「なまもの」が腐ってしまう。「なまもの」を腐らせてしまうもの、それが物流と情報の連携の悪さであり、作業非効率である。

 ちなみにいえば、成田空港で取り扱う全輸入品のうち、半分が東京地区に送りだされる。東京地区が「なまもの」の大消費地ゆえの話である。特に魚介類の比重が高い。スーパーに並ぶ魚介の「オーストラリア産」等の表示を思いだす。

 成田の貨物ターミナルの物流の効率は、日本航空ならずとも航空貨物事業者の生命線中の生命線なのである。

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 この記事は人事制度改革について触れていない。しかし、目をひく文章が記事中にある。

…カイゼン運動を通して人員に余裕ができた。JALカーゴサービス社長の大平宏氏は、人繰りに余裕ができたことを利用して、御巣鷹山事故を(自分の中で)風化させないため、御巣鷹山への登山をはじめた。

 トヨタ式の「カイゼン」運動で無駄を省き、結果としてフォークリフト台数が全体で一割減れば、運転をする作業者も一割減る。

 社員からあがった700項目の改善提案を虱(しらみ)潰しに点検してゆき、改善インパクトの大きい指摘を数個とりあげる。そこから、現場に入れたカメラが捉えた「仕事の仕方」に大胆なメスが入る。

 工法改革の端緒である。

 建築に例えれば、従来の現場組み立て工法が、「プレハブ工法」「ユニット工法」「建築一体化工法」などの導入で、工期が半分以下に短縮されたようなもの。当然、労賃が下がり、全体のコストが下がる。

 記事は、こうした貨物事業部門の改革に対する労組の抵抗に触れていない。大上段に人減らしや賃金カットを掲げていない以上、労組としてこぶしを振り上げる理由がないのだろう。

 JR東日本副社長を務めた現りそなホールディング会長の細谷英二氏に以下の言葉がある。

…「政治家の圧力も官僚の壁も厄介だった。だけど、組合にガタガタにされた組織を変えるのに一番苦労した」(『選択』06年4月号83ページ)

 心からなる本音だろう。

 人事制度改革を掲げて労組からの集中砲火を浴びているのが教育界だ。学校の先生に評価制度をいれようといって教組からの猛反発を招いている。札幌市をはじめ枚挙にいとまない。

 品川教委は、その手の発言は一切せず、学校選択制の導入という工法改革を行った。品川区の子をもつ親がこぞって指名する学校になろうという運動は、必然として学校改革を促す。

 評価は教育になじむ、なじまないの不毛の議論が入り込む隙がない。

 今や第二の国鉄に、といわれるくらい労組との関係がこじれにこじれている日本航空において、人を減らすことに実質的に成功した貨物事業部門の営みは「究極の人事改革」である。

 いろいろなことを深く考えさせてくれるよい記事である。

コメンテータ:清水 佑三