人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
サンデン
小冊子作成 女性活用へ意識改革 現状や他社事例を紹介
2006年7月7日 日経産業新聞 朝刊 35面
記事概要
(カーエアコン用コンプレッサー等の自動車用機器大手の)サンデンは、04年に社内に立ち上げた「女性活躍推進プロジェクト」の活動成果としてこのたび小冊子「コミュニケーション、一人ひとりが活き活きと輝くために」を作成、社内だけでなく群馬県や関連団体に幅広く配布する。小冊子はA4版18ページで構成され、社内アンケート等の分析から、女性社員の5割が「自分は個性や能力に適した仕事についていない」とし、退職した女性社員の8割が「できれば働き続けたかった」事実を紹介している。また、職場や上司によって女性社員の活用に差があり、こうした現状を打破するためには、女性社員に対する男性管理職の意識改革が必要だと訴えている。同時に女性社員に対しても女性登用の妨げになっている壁を壊す「明確なキャリアや生活のプラン」をもって業務に取り組むことを求めている。サンデンの社員約3000人のうち1割が女性、05年には群馬労働局から男女雇用均等推進企業の表彰を受けている。
文責:清水 佑三
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なぜ、女性登用が大事なのか?
コメンテータ:清水 佑三
サンデンは(連結で)8000人余の社員を擁する群馬県内の東証1部上場企業である。創立は戦争さなかの昭和18(1943)年。めずらしい戦中派企業といってよい。
連結売上の70%をカーエアコン用のコンプレッサー等の自動車用機器製造が占め、残り30%を店舗の冷凍・冷蔵ショーケース、自動販売機などの流通システム事業が占める。
サンデンという名は創業時の社名、三共電器からきている。戦争さなか、伊勢崎で織物工場を営んでいた牛久保海平は心機一転、軍需用の通信機用部品やマイカコンデンサーを製造する三共電器株式会社を設立した。
昭和20(1945)年8月の終戦を境にして、三共電器は軍需から民需への方向転換をはかった。自転車用発電ランプメーカーとして再出発した。輸送用機器メーカーとしてのサンデンの誕生である。
創業者の牛久保は、わかりやすいロゴやキャッチフレーズをつくるのがうまかった。闇夜を照らす“ふくろう”マークがあたり、「夜の千里眼」「明るさ満月の1000倍」などの広告コピーがあたって、三共電器の製品はうなぎのぼりで売れた。程へて発電ランプ業界のトップランナーとなった。
最近のサンデンでのヒットといえば、90年代のオゾン層破壊問題に対応したカーエアコン用コンプレッサーの開発をあげてよい。また省エネ型自販機の開発でも資源エネルギー庁長官賞を受ける栄誉を得た。環境問題への取り組みが目立つ。
この10年の会社価値の推移をグラフでみると平成11(1999)年にピークをつけて以降、下降気味のサインカーブを描く。株価がすべてではないが、必ずしも業績は順調ではない。
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記事に取り上げられている「小冊子」全文をサンデン(広報)さんにお願いしてデータで筆者あてに送ってもらった。衷心より感謝申し上げたい。
「コミュニケーションブック」は次のような章構成になっている。
1 なぜコミュニケーションブックなのか
2 女性がどんなことを考えているか、知っていますか
3 女性活用の動き
4 データでみるサンデンの現状
5 上司のみなさんへ 〜このような傾向はありませんか〜
6 女性のみなさんへ 〜あなたの悩み、解決のヒントを教えます〜
7 一人ひとりがもっと活き活きと輝くために
(1)キャリアプラン&ライフプランを考えてみましょう
(2)どういうことがセクハラなのか、知っていますか
(3)あなたの時間を大切に使っていますか
なまなましい女性退職者の心理データが開示されている2章と、男性上司の本音のチェックリストがある5章に自然に目がゆく。
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2章の女性社員アンケートの結果を紹介しよう。
どの年代の女性がどの割合でどういう理由でやめてゆくのか、それにはどういう制度対応が必要かが直覚できるように書いてある。大上段からのもの言いでないのがよい。データをして語らせるのが一番説得性が高い。
5章の上司の意識点検チェックリストは一見に値いする。普通の会社の普通の社内アンケートがよけて通る表現がふんだんにある。サンデンが男女雇用均等推進企業の自治体表彰を受ける真骨頂がでている。
全19のチェックリストのうち、ハッとさせられる項目をあげてみる。表現を短くし、順序を変えている。
オジサン管理職が居酒屋でもらす愚痴ばかりだ。社会が求める建前に対するわが内なる抵抗勢力なのである。本当にそう思っている人が多い。
4章はサンデンにおける女性活用度ともいうべき各種データが開示されている。以下の3つに注目したい。
上の3つを要約すれば、社員の10人に1人が女性、新卒採用でも同じ傾向。2800人余の中で係長以上の女性は15人しかいない。
女性活用のために創業したと創業者自身が考えている日本エス・エイチ・エル(以下、エス・エイチ・エル)と比べると彼我の違いがはっきりしよう。極端と極端を対比させるといろいろなことがわかる。業種も規模も違うが普遍的な価値の追求は同じはずだ。
エス・エイチ・エルのデータは06年3月末時点のもの。百分率数値は少数一位を切り上げている。エス・エイチ・エルの場合、役職者に1名の年俸制度適用者を含めている。実質同等なため。
やればできるのでは、といいたい。
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なぜ、女性活用なのか。ヒントになりうる福沢諭吉の文章をひいてこの稿を終えたい。『文明論之概略』(岩波書店1981年、福沢諭吉選集第四巻)の巻之五、第九章に以下のくだりがある。ちなみに、この本が書かれたのは明治8(1875)年である。漢字と仮名の表記をわかりやすいように交代させた以外は原文のまま。
…そもそも文明の自由は他の自由を費やして買ふべきものにあらず。もろもろの権議を許し、もろもろの利益を得せしめ、もろもろの意見を容れ、もろもろの力をたくましふせしめ、彼我(ひが)平均の間(かん)に存するのみ。あるいは自由は不自由の際に生ずといふも可なり。
…すべて人類の有する権力は、決して純精なるを得べからず。必ずその中に天然の悪弊を胚胎して、あるいは卑怯なるがために事を誤り、あるいは過激なるがために物を害すること、天下古今の実験によりて見るべし。これを偏重のわざわいと名づく。
…今、実際について偏重の在るところを説かん。ここに男女の交際あれば、男女権力の偏重あり。ここに親子の交際あれば親子権力の偏重あり。兄弟の交際にもこれあり。長幼の交際にもこれあり。家内をいでて世間を見るも、またしからざるはなし。
…政府の中にても、官吏の地位階級に従って、この偏重あること最も甚だし。政府の吏人が平民に対して威をふるふ趣を見ればこそ、権あるに似たれども、この吏人が政府中にありて上級の者に対するときは、その抑圧を受くること、平民が吏人に対するときよりもなお甚だしきものあり。
…たとひ封建の時代に世位世官の風あるも、実際に事を執る者は、多く偶然に選ばれたる人物なり。この人物、一旦政府の地位に登ればとて、たちまち平生の心事をあらたむるの理なし。そのあるいは政府にありて権をほしいままにすることあるは、すなわち平生の本色をあらわしたるもののみ。
福沢は何をいいたいのか。近来の日本文明の奥底に淀んだ心性の卑しさをいっているのである。そのことが各種差別をつくる。
サンデンの女性活躍推進プロジェクトが掲げたビジョンを示す。ビジョンは次のようにいう。
“意欲と能力のある「誰も」が「安心」して「個性や能力を存分に発揮」できる企業文化をつくる”
いずれの会社においても女性活用とはひとつの具体的で身近なたとえであってそれが究極の目的ではない。
サンデンは、「ダイバーシティ=多様な価値の相克と葛藤」のみが社会を活性化するという福沢の主張をあらためて社内外に呼びかけたものと理解する。