人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
チムニー 全員研修 料理の質維持
2006年07月03日 日経流通新聞MJ 朝刊 19面
記事概要
居酒屋「はなの舞」などを展開するチムニーの業績がよい。05年12月期まで4期連続で増収増益を達成。今期もその勢いは衰えていない。チムニーはセントラルキッチン(集中調理施設)方式をとらず、各店舗が独自に調理する方式で勝負している。各店舗の料理が集客力を左右するだけに料理人への指導は手を抜かない。調理とは直接関係ない職種の社員にも入社後2週間以上の調理実習を受けさせ、社員全員に「調理の強みを店舗運営に生かすには」を考えさせている。教育訓練部の菅家智部長は「チェーン店といえども本日のお薦め料理がなくては居酒屋らしくない」「それぞれの店舗で自ら食材を仕入れて価格をつけ独自メニューをつくってもらう」「調理マネジャーに計数管理力を求めるのはそのためだ」と語る。調理重視の姿勢は組織展開にも見られ、同業他社にみられない調理担当ブロック長をおいている。(木原健一郎記者の署名記事)。
文責:清水 佑三
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割烹・料亭の多店舗展開は可能か。
コメンテータ:清水 佑三
チムニーといってもわからない。居酒屋「はなの舞」「こだわりやま」などを展開している居酒屋・外食チェーンといえばわかる人もあろうか。親会社は食肉製造販売の「米久」である。
ここ5年の業績推移は売上で約5倍、営業利益では実に27倍に達している。目を見張る成長を遂げているといってよい。昨年2月に株式上場(ジャスダック)を果たした。
フランチャイズを含め、322店舗(06年5月)をもつ。今年1年を通して70店舗、来年も80店舗を増やす計画と記事中にある。
短期間に大量出店するチェーンでは、どうしても既存店から優秀なスタッフを新店舗にまわすために既存店の運営が手薄になりがちだ。売上の成長カーブがそのまま各店舗の(運営の)杜撰さをつくる危惧がある。
また居酒屋の世界は割烹・料亭の「味の評判」が生命。多店舗展開そのものに構造的矛盾はないか。
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セントラルキッチン戦略を採らないチムニーの場合、各店舗の調理担当者の質の維持、向上が経営の最重要課題となる。課題解決の一端を記事をもとに紹介する。
東京・墨田の両国国技館横にある本社に併設されている調理学校。チムニーの調理技術研修を行う中核施設である。オーブンやフライヤー(揚げ機)など、各店舗がもつのと同じ機器をそろえて、調理指導者が店舗料理人を徹底的に鍛える。同時に調理外職種の人へ調理技術を教えることも行う。調理場が「付加価値創出の原点」とみるゆえである。道場であるため、免許皆伝を得ないと放免しない。卒業試験に落ちると研修は1週間単位で延長となる。目の色が変わる。
月2回実施する集中セミナー。店舗料理人を対象に入門〜管理職向けまで4つのコースが用意される。料理のレベルを一定以上の水準に保つための地道な努力である。
本部に設置した料理や接客法を学ぶための教育組織。当たり前のことを(A)、ぼんやりしないで(B)、ちゃんとやる(C)、がネーミングの理由。
両国道場での資格試験を通して4段階の社内資格が合格者に与えられる。最高資格は調理マネジャー。最高度の調理技術に加えて調理場の衛生管理、食材の仕入れ技術、メニュー設定にかかわる計数管理など店舗運営全般のスキルが審査対象となる。
大きな店にはその店独自のメニューを企画する専門担当者をおく。本日の、その店の、独自のお薦め料理を企画するのが仕事である。それが話題を呼べば、セントラルキッチンの画一的な「味」という壁を突破できる。
チェーン店は、何店舗かをまとめてブロックとし、ブロックごとの運営指導を行うブロック長をおくのが普通。ブロック長の仕事は、ブロック内複数店舗の人、物、金といわれるリソースの調達と運用の助言、指導が中心となる。外食チェーンの「味」「料理」の専門的な助言、指導はミッション外であることが多い。その間隙を埋めるのが調理担当ブロック長である。
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酒好きの友人に言わせると居酒屋チェーンがおく酒は概してうまくない。酒の味を引き出すのが料理なはずなのにハンバーガーチェーンのような居酒屋をいくらつくられても店構えだけみてもダメなのがわかる。だから入らない。そういうものかもわからない。
チェーン店の利益創出の大本にセントラルキッチン方式があるとすれば、酒の味を引き出すうまい料理をという要求とチェーン店の仕組みはそもそも水と油なのだろう。酒と料理の個性の組み合わせを楽しもうとする顧客に、画一的で均質な酒と料理をもってこられても、ノーサンキューとなるのはわかる気がする。
この記事によれば、「はなの舞」の行き方は違う。外食チェーン店の泣き所ともいうべき「店の数が増えれば増えるほど、来店者の“飽き”の度合いが増える」隘路に、新しい視点を用意して挑戦している。
セントラルキッチン方式を捨てて徹底した店の個性化路線をゆく道である。その店固有のメニュー、品そろえを奨励し、価格設定にも自由度を与えるやりかただ。
チェーン店の原則そのものを自ら壊すことで活路を見出すような冒険路線である。記事を離れて「はなの舞」をもっと知りたい。
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日経ナビで「チムニー株式会社」をひくと、企業情報、採用情報と並んで先輩情報というコーナーがある。そこに05年4月入社のブロックリーダー兼店長としてKMさんが顔写真入りで登場する。拓殖大学外国語学部卒の才媛である。女性を代表社員にもってきていることが目をひく。女性による、女性のための、女性の会社なのかもわからない。次のように自己紹介する。(一部読みやすいように修飾)
…自店(同グループ系列店・東小金井店)を含めたブロック内合計4店舗のマネジメント業務をしています。それぞれの店が抱える問題点を改善してゆくこと、それぞれの店の地域特性にあわせたサービスの提供ができる体制、環境を整えること、それが私の仕事です。接客・調理は当然のこと、売上や人件費の管理、食材や備品の仕入れ、アルバイトの採用・教育、販売促進の計画、各店のお奨めメニューの考案などなど、一つの会社を経営しているといった感じです。
…店長になりたてのころ、休日をとった日に、たまたまお座敷でお客様の靴がなくなるという事件が発生しました。店長がいなかったために、お客様への対応が行き届かず、そのまま大クレームに・・・。後日、私自身でお客様のところに出向き、謝罪をして、何とか事なきを得ました。店長として何をなすべきか改めて気づかされた瞬間でした。
…ブロックリーダーとして求められるスキルは、何よりも利益を産み出すシステムづくりの経営感覚です。店舗オペレーションの効率化だけではなく、お客様や従業員への気配り、心配りができる能力も欠かせません。入社1年目からとても密度が濃い仕事に携わり、責任の重さにへとへとになるときもあります。しかし、自分の成長を実感できる、刺激的な毎日に「やりがい」を感じます。
大胆な仮説を展開すれば、名物おかみで盛名を馳せる名物旅館を大量生産するゆきかたが「はなの舞」なのである。
拓殖大学を出たKMさんは「名物おかみ」になりうる人として採用され、入社1年目にブロック長を任された。
KMさんが語っているとおり、経営はもともと面白い仕事なのだ。無限のリソースを自由裁量して地域で「ブランド」をつくる。この営みはきわめて創造的であり、地域運動としての性格ももつ。
優秀な才能がチャンスに挑もうと群がる可能性がある。
仮に、「名物おかみ」募集のキャッチが才能ある人の目にとまり、応募者が門前市をなす、の図となれば、「はなの舞」の先は明るい。経営センスのある人を厳選して「両国道場」で徹底的に鍛えて送り出せば、その日から「名物割烹」が動き出す。ブランド化が進行する。
先行モデルはある。
古書販売のブックオフでパートから社長になった橋本真由美さんだ。「社員がやる気を出して元気に働ける会社は絶対大丈夫。従業員が心から幸せと思えないといい仕事はできない。それを本当の意味で実践していきたい」は橋本語録の白眉である。
筆者が住む地域には「はなの舞」はないが、気にとめて店を探して入り、「名物おかみ」が店長になっているかどうかよくみてみたい。もしそうであれば、この会社は「買い」である。記事中にあるさまざまな施策はすべて理にかなっている。
正しいことを正しい方法で堂々とやっている印象がある。