人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

ワークスアプリケーションズ
ポテンシャル採用・多面評価・フラット組織

2006年6月25日 生産性新聞 朝刊 3面

記事概要

 人事給与分野を軸に汎用パッケージソフト開発・販売・保守を手がけるワークスアプリケーションズは、創業10年で急成長を遂げた。その背後に独自の人事管理思想がある。具体的には、ピラミッド型の組織体系をもたない、人事評価は多面評価で行う、働き方について拘束しない、採用は、1ヶ月(新卒)、6ヶ月(中途)の試用期間における課題達成度をみてきめるなどだ。汎用型のソフトウエアを独自に開発してゆくためには、仕様書にしたがって動き、既存のスキル獲得を行ってきた人ではなく、仮説をたて、自らチャレンジし、問題解決できるプロフェッショナルな人材が欠かせないという考え方にもとづいている。小島豪洋・人事採用担当マネジャーは「当社は他社にない独自の人事制度をもつが、あくまで会社のビジョンを実現するためのもの。当社の仕組みを他社が部分的に導入してもうまく機能しないだろう」と強調した。

文責:清水 佑三

新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れなさい

 ある人の紹介で、ワークスアプリケーションズ(以下WA)の現CEOの牧野正幸氏と会食をしたことがある。同社が当時の店頭市場(現、ジャスダック)に出る直前のタイミングだった。

 当時連日のように、上場前説明会を繰り返していたのだろう。まさに立て板に水のような感じで、牧野さんは、大略、次のようなことを話された。

  • アメリカでは個別受注(オーダーメード)型の社内業務システムの構築は主流ではない。
  • 会計や給与のように情報の扱いが決まっている業務システムは汎用ソフトで対応すべきだ。
  • 大企業顧客はいつもカスタマイズしてほしいと要求するが、各社の個別ニーズを調べてゆけば無限に拡散する性質は持たない。
  • モジュール的なものを予め作っておき、顧客の要求や条件をパラメータ変更で対応できるようにしておけば対応できる。
  • 現行の個別的なシステム開発と比べ、契約から納品までの期間を大幅に短縮できる。
  • 顧客のシステム化に伴う経費負担は驚異的に減らすことができる。
  • 会計基準などの変更に伴う問題は、納品後のソフトの改訂版を提供してゆけばよい。顧客の負荷は少ない。
  • 汎用ソフトの提供によってユーザーの未来の負担金額がガラス張りになる。これが大きい。
  • 人事給与などの社内業務システムの領域では、現行の個別注文、個別開発のやりかたは次第に影を潜めてゆくだろう。
  • ちょうど注文建築しかなかった時代にプレハブ建築が登場したように思ってくれればよい。

 説得力とはかくのごときかの感銘があった。WAに牧野ありの感想を強く持った。以後、当社上場後にお会いする機関投資家に、WAについての感想を尋ねることが多くなった。

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 WAをよく知るアナリストや機関投資家たちは、次第に上場後とは違った見方を同社に対してとるようになった。特に最近その傾向が顕著だ。次のような見方がよく聞かれる。

  • 第二のオービックを期待していたがこのところ不透明になってきた。
  • 一段ロケットは噴射できたが、二段ロケットが用意されていない感じ。
  • 成長を約束して時価を高めてきた。実績がそれに伴っていた間はもてはやされた。
  • ところがここへきて、好景気下であるのに成長カーブが下降線を描きはじめた。
  • それに対しての説明がどうも要領を得ない。会社説明のとおりかよくわからない。
  • WAに限らず無配当路線は成長が保障されている場合に有効。成長神話が崩れると怖い。
  • WAの自社人事に対する考え方は大企業にはまず見られないもの。革命的な視点がある。
  • スタートしてアクセルを切りっぱなしのときには有効かもわからないと思ってきた。
  • 組織が1000人にまで届くとトップの意思を確実に実務展開できるような中間管理層が必要。
  • フラット型組織を標榜したために部下に対して強く指示できる中間管理層が育っていない。
  • 指示されたことを忠実にスピーディに実行できる「非自立型人材」を積極的に採っていない。
  • 軍隊でいえば、司令官の意思を組織展開できる将官、兵隊がいないような感じ。組織構成員一人ひとりが個別に動くR&D要員になってしまっている印象。
  • 360度評価法は自分に甘い管理職層に対する牽制球としての効用はあるだろうが、人気投票みたいな側面もある。
  • 会社への忠誠心をもつ(部下には不人気かもしれない)中間人材層を長期間かけて作ってゆくのには不向きな評価制度。
  • WAが逆境に陥ったと仮定すると雪崩をうったように有能な社員が辞めてゆく危険もある。
  • WAが中途採用で採っているインターン制度もフランスで最近挫折した「初期雇用契約制度」に近く雇用側の論理(解雇権強化)が勝ちすぎている印象。どこまで続けられるか。労働行政の出方を注視する必要がある。
  • 「給与」から「会計」へ領域転換を図ろうとしているが「給与」で挫折した問題を、群雄割拠している「会計」市場でやれるかどうか。

 期待が大きければ大きいほど、期待どおりにゆかないときの幻滅感は強くなる。筆者からみればすべて結果論に入る議論でWAには気の毒だ。

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 批判の対象になっている人事施策について、HRコンサルタントの立場で擁護論を展開しておきたい。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い式の論調が批判者に見られるからだ。

 (ピラミッド型組織の否定)

 自社をデザイン会社、R&D会社と規定した場合、ピラミッド型組織の否定は当然の論理である。なぜなら、よいデザイン、よいR&Dは個人の頭脳オペレーションにのみ依拠する生産物であり、軍隊的な意味での組織的な出力になじまない性格をもっているからである。

 どこにも範がない「汎用ソフトの開発」を志すにあたり成功を保証するインフラはなにか。自由な発想の無限湧出環境だろう。それを阻害する最大の要因は何か。わかっていない上司の意味不明の干渉だ。

 デザイン会社、R&D会社とピラミッド型組織とはどこまでも水と油なのだ。自由で大胆な思考は、のびのびした心理環境においてのみ生息する生き物だからである。

 自己保身しかない、言い訳だけの、頭の固い、成果を焦る上司の指示、命令のもとに優秀な開発スタッフをおくことは絶対にできない。ピラミッド型組織の否定は、WAが標榜する理想にとって、必然であって、WA幹部の思いつきではない。

 (多面評価法による考課)

 イチローは自分のプレーに対する監督評価を好まない。まして野球をやったことがない記者連中やフロントによる評価などはそれ以上に好まない。イチローは誰の評価を受け入れるか。同じメジャーリーグの現役、同格の選手たちによる評価だ。

 メジャーリーグで実施している同僚選手によるベストメンバー投票は企業において行われている360度評価法と本質的に同じだ。イチローが360度評価法を受け入れている事実は深い示唆を与える。

 小、中、高、大とつづく教育課程においては、教師による上から下への一方通行の評価は、それなりの根拠がある。テストの得点というデータがあるからだ。知識の理解、という課業に対してテストに理解の度合いを調べ、その得点を根拠に教師が生徒をランクづける、は正当性がある。

 イチローが働くメジャーリーグにおいては、選手の課業のよしあしを測るものが定かではない。打撃、走塁、守備に関する個人差データはたくさん用意できるが、果たしてファンの動員にそれが関係するか。ヤンキースのデレク・ジータ選手の抜群の人気は何によるか。データでは説明できない。

 個人差データは、試合中の要素プレーの単純な集計であって、いつ、どういう試合展開でなされたプレ−なのかはカウント外にある。負け試合がはっきりした場面でのみ打つホームランバッターをMVP評価をしたらファンからのブーイングが起ころう。

 ファンのブーイングに日常的に接している選手たちは、意味と価値のあるプレーを希求するがゆえに、そういうプレーができる自分以外の選手に対して敏感なのだ。

 その帰結が選手投票によるベストメンバーなのである。選ばれてうれしくないわけがない。目線が高い「日々研鑚」の選手ほど同僚、同格の選手による360度評価法を受け入れるものなのである。

 同じことがデザイン、R&D部隊において言える。かれらが置かれている立場は個人事業主であるプロのスポーツ選手に限りなく近い。たった一つのテレビコマーシャルのコピーが会社を救うことがあるのだ。

 創造的思考の何たるかに鈍感な自己中心的な上司による評価は「ストレッサー」であっても「モチベーションリソース」にはなりえない。

 どこの競合他社も作りきれていない汎用ソフトの創造という社業を選択したときから、WAにとって、360度評価法は必然であったと筆者は考える。結果論でこのプロセスを否定するのは当を得ない。

 (WA版初期雇用契約制度)

 WAが実行している中途採用制度の概要を以下に紹介する。記事中にある文言である。解雇権の乱用にあたるかどうか。

  • 研究開発エンジニアおよびコンサルタント養成特待生制度、が正しい名称である。
  • 特待生は奨学金を得て学ぶ学生と同様の立場におかれる。奨学金の支給期間は6ヶ月。
  • 6ヶ月間は知識移転型の時間ではなく、入社後の時間のシミュレーションである。
  • わからない中でやってみろ式の課題が与えられる。入社後の仕事に挑戦させて成果をみる感じ。
  • 特待生期間で顕著な成果をあげたものに入社を認める。
  • 特待生の人数の明記はないが結果として入社するものの数は毎年数十名とある。

 これまでの職歴をきく面接法と比べて、6ヶ月間の行動成果を比較するやりかたは格段の予測妥当性(将来をいいあてる確率)をもつ。どこの会社もやれればやってみたい中途採用のやりかただろう。やりたくてもそうは問屋が卸さないだけだ。

 特待生への課題挑戦は、宗教団体が信者に求める無限拠出を思わせるものがある。筆者に言わせればWAではこのやりかたが通るのである。カリスマ性を会社がもっているからだろう。

 特待生が入社できなかった場合、多くの当事者が自分の中でどういう総括をするかに興味がある。よい経験をさせてもらった、感謝したいといって去ってゆくことができれば、このやりかたは「営業の自由」の範疇に入る。

 6ヶ月間の自分の成果を無償で会社が利用するのではないかという疑念をもつことがあれば怖い。また不当に入社できなかったと感じる人がいた場合も怖い。なぜダメだったかの説明の仕方が重要になるだろう。また特待生期間中の成果物の扱いについての取り決めが重要になるだろう。

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 会社のビジョンが崇高であればあるほど世間の目は厳しくなる。崇高さを目に見える形で示されない間が続くからだ。ビジョン先導型の会社がたどる苦難のまっただ中にWAはある。

 エールの交換ではないが、一人の社会人の先輩として次の言葉を批判の矢面にある牧野さんに贈ってこの稿を閉じたい。

  • 志している道は間違っていない。
  • 採ろうとしている方法も間違っていない。
  • 結果が思うように出ないだけだ。
  • そういう時期は臥薪嘗胆しかない。
  • 説明せず言い訳せず結果を出すことに集中する。
  • 結果がでれば世間の目は一変しよう。
  • 今はあらゆる批判に対して謙虚な態度をつらぬくこと。
  • しかし道を絶対に曲げないこと。

 健闘を祈りたい。

コメンテータ:清水 佑三