人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

日本テレコム
フリーアドレス九州でも
個人の机なし 仕事は気に入った場所で 書類減少 企画は激増

2006年6月21日 西日本新聞 朝刊 9面

記事概要

 日本テレコムは昨年1月の本社移転を機に、社員を定まった勤務場所(部屋、机)に拘束しない「フリーアドレス制」を導入した。同時に(紙の)書類を媒介にする「仕事の仕方」を廃止し、必要な情報をすべて電子化、社内LAN(構内情報通信網)を通して、必要なときに社員がパソコン上に取り出せるようなやりかたを取り入れた。紙から電子の衣替えによって、本社だけで文書保管費が8分の1に減ったという。東京本社に続き、全国の主要拠点も順次オフィスを改装し、本社と同様に「フリーアドレス制」への移行に踏み切った。コスト面でのメリットのほか、従来は疎遠だった違う部署間の社員の交流が盛んになり、新しいプロジェクトの立ち上げが、以前と比べ顕著に増えたという。福岡市博多にある同社九州支社も今月12日から、新装なった「プラザ」で営業を開始した。石橋幸一九州支社長は「新しいオフィスを九州地区の情報拠点にして、より積極的な営業活動をしたい」と話している。

文責:清水 佑三

フリーアドレス制は諸刃の剣

 フリーアドレス制は、人事制度改革のテーマとは違うのでは、と感じられる方がおられるかもしれない。そうではない。

 フレックスタイム制の延長線上にフレックススペース制をおいて考えればよく分かる。

 時間と場所の拘束を緩め、(この記事の見出しの口調を使えば)「気に入ったときに気に入った場所で」仕事をしてもらう。

 仕事をする環境を劇的に変えることで、仕事自体の質が変わる、いや変えてくれ、というメッセージだ。人事制度改革の大きなのうねりの一つと理解すべきだろう。

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 フリーアドレス制導入について記事に触発されての私見を述べておく。

 1)発信最大化を狙うべき

 昼間の営業部は無人地帯。外勤が多い営業マンに一人一個の机は必要ないのでは。一人一個の机をやめて、営業部の部屋を小さくしよう。もともとのフリーアドレス制は、高騰するスペースコストに対抗するコストマネジメント手法としての色彩をもっていた。

 この記事を読むと、その手のコストダウンへの意志が伝わってこない。もっと別な意図をもっているように思われる。

 通信サービスという単独機能を売る会社から、情報通信技術を最大限活用した「新しい働き方」をユーザーに提案できる総合ファシリティ・プロバイダーに。「会社をまるごと変身させたい」という意志が読み取れる。

 フリーアドレス制は、単なる外勤部隊のコストダウン手法から、見出しにある「書類減少、企画は激増」を実現する手法に変貌しているように見える。導入目的を「企画を激増」に絞るべきだろう。

 2)外勤組に使え

 自分の家を持ちたいと思う人もいれば、ホームレス、フーテン、ホテルずまいがいいと思う人もいる。フリーアドレス制がどちらのタイプを前提条件にしているかは明瞭。

 自分の席がなくなる恐怖感と無縁の人を多くもつ会社は、制度導入にともなうストレスは少ない。逆の場合は、この制度の導入によってあらたにしかも強力な「ストレッサー(ストレス源)」が生まれる。

 外勤を志望する人は(一般に)自分の席などないほうがよいと思っている。机に縛られてする事務作業が嫌いなのである。

 内勤を志望する人は逆である。自分の机がすべてだ。できれば、間仕切りがあって向こう三軒両どなりの住人とも顔を合わせたくない。事務作業命のタイプ。

 外勤組へのフリーアドレス制導入はストレスマネジメントの観点からもアリとみるべきである。社員の外勤、内勤の嗜好性を事前にチェックするのは必須だ。

 3)朝礼は継続すべし

 個々の社員のルール、法令の遵守という視点から、フリーアドレス制の前提条件として、「朝礼」をどう法制化するか検討すべきである。

 多くの外勤組の企業が「朝礼」をもつ理由は、全員の気持ちの引き締めとコンプライアンスにある。

 自由を与えれば与えるほど、一人ひとりの内なる「気持ちの引き締め」は急降下する。ジーコジャパンが最後に負けた理由である。

 「仕事はその日の気分にあった好きな場所で」という標語を掲げたら、同時に「朝礼」の場所、時間をセットしないとダメ。そこで全メンバーの気持ちをピリッとさせる刺激が必要だ。

 4)書類依拠からの脱却

 官僚制度と書類は、形影あい添うものがある。事務官僚とは書類づくりの名人をいう。

 一方、提案をぶつけてナンボのような仕事においては、「考えを伝えるインパクト」に仕事価値があり、営業マンの目がPC画面(書類)に向かうのは危険信号である。

 フリーアドレス制の導入によって(提案型営業マンの)書類志向を捨てさせることが大事だ。

 「考えを伝えるインパクト」は、自らの内なる確信によってのみ生まれる。どうやって自分の確信をつくれるか。人類的な次元で未解決な場所。ブラックボックスだ。

 書類志向の精神について言及しておく。この精神の持ち主は学校の先生が講義するように、客先で提案書を長時間、読み上げてゆく。聞き手はイライラして提案内容への興味を失う。

 社内LANの活用によるペーパレスとは何か。くだらない書類を押し入れに隠す効用である。

 5)企画は激増

 福沢諭吉は『文明論の概略』のなかで「文明とは結局、人の智徳の進歩といふて可なり」と書いた。それがふと思い起こされる。

 企業の目的もまた「文明」の絶えざる構築になければならない。Googleという会社の出現と発展はそれを確信させてくれる。

 企画を激増させるものは何か。よい企画を求める強固な意志と、異質な人との活発な対話、そこからの思考の連鎖であろう。

 フリーアドレス制がつくる社内プラザの効用はそこにある。会社が果たすべき役割は、多様な会話機会につながる恒常的な場の提供にある。

 会社の中に「スタバ」をつくればよいのだ。会社備品のコーヒーやチョコは「活発な思考」を促す麻薬となる。

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 新聞記事にもどる。九州支社の新装開店は最近のこと。以下は、東京本社の情景である。

…社内には、五感を刺激し創造性を高める仕掛けとして「街の風景」を取り入れた。公園や広場を意識した社内で無線LAN対応のノートパソコンをもつメンバー40人は好きな場所に座って仕事をする。

…違う部署に所属する社員同士の交流が盛んになり、新しいプロジェクトが以前に比べて13倍も増える効果もあった。

…社内のみならず、外出先の喫茶店や自宅でも同じように仕事ができる。「どこでもオフィス」である。

…一般社員と管理職の垣根もない。事務や営業の垣根もない。社員や取引先からの評判も上々である。

 就職先として関心を持つ学生が職場見学に訪れる。「スタバ」のような光景にであって、興味関心が強まる人とそうでない人に分かれよう。いいと思う人だけを採用してゆけば、10年後には、フリーアドレス制は成功裡に定着するだろう。

 住む環境がそこに住む人をつくる。時間がかかる営みだ。長い追跡をしてみないとこの賭けの成否はわからない。

 文明の構築は、そう簡単にできることではないからだ。

 挑戦の志やよし、というのが正直な現時点での感想。ひとときの思いつきで終わらせない、継続する強いリーダーシップに注目したい。

コメンテータ:清水 佑三