人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

味の素
江頭邦雄社長インタビュー 「外国人数人、執行役員に起用」

2004年12月19日 毎日新聞 朝刊 7面

記事概要

 インタビュー、写真撮影とも清水憲司記者。味の素グループは海外22カ国に進出し、グループ全体の従業員数は3万人。その6割を(日本人からみた)外国人が占める。(来年度)外国人を執行役員に起用する方針を明らかにした味の素、江頭邦雄社長になぜ、なにを、どうしたいのかを尋ねたもの。インタビューは今月開設した「高輪研修センター(東京都港区)」で行われた。記事に添えられている江頭邦雄社長の写真には、背景に茶室や日本庭園が写っている。この純和風の施設に海外拠点のリーダー(外国人)を呼び、各種の研修を行う。狙いは味の素の価値観の背景に同じく日本の文化や伝統があることをきっちりわかってもらうためだ。味の素の国際化戦略がわかりやすく一問一答形式でまとめられている。

文責:清水 佑三

「後任社長は日本人でなくてもよい」

 昨年の11月2日づけの日経新聞に「全員参加」の文化で世界へ、という見出しで味の素についての記事が掲載された(「経営の視点」)。その記事の概要次のようなもの。

 「味の素は、次の役員改選期にあたる2005年に本社の執行役員に海外のグループ企業幹部(外国人)を登用する方針を固めた。真の「世界企業」となるために、人の面での国際化は不可欠と判断しているため。江頭邦雄社長は「味の素は日本企業であり日本的経営を理解していることが登用の前提条件となる」と話す。江頭社長のいう日本的経営は「人を大切にする」である。具体的には「評価が低くても一生懸命にやる従業員は切り捨てない」が日本的経営の真髄であり、日本企業の強みの源泉だと考えている。」

 この一年前の日経記事で注目すべき点は、多くの純日本企業が「一生懸命にやってくれているが評価の低い従業員は申し訳ないがお引き取り願っている」のに対して、あえて「評価が低くても一生懸命にやる従業員は切り捨てない」姿勢を味の素が打ち出していることだ。このことの意味あいをよく考えてみたい。人の成長の予測と、一生懸命の意味、の二つの補助線をひく必要があろう。

 人の成長の問題については、味の素の商品の原点にある「うまみ」の形成にヒントがある。「うまみ」は食品における価値の形成であるが、それを人の(社会的)成長になぞらえて考える。

 栗山一秀氏(元大倉酒造副社長)は食品の「うまみ」について、月桂冠の公式ホームページ上でこう述べている。

 −「うまみ」というのは、東アジアの食品に共通した味の底流である。東アジアの食事にあっては発酵によって得られる「うまみ」がつねに求められてきた。面白いこととに、欧米には「うまみ」という味覚を表す言葉がいくら探してもない。このことは、欧米には昔から「うまみ」に関連した文化は発達しなかったことを示唆している。現在、日本語の「UMAMI」という表現が国際的に通用する言葉として世界で使われていて、一部の人の強い興味をひいている。

 −「うまみ」はすべての食品に求められた。鳥肉や獣肉を発酵させた「肉醤(ししびしお)」、醤油や味噌のような「穀醤(こくびしお)」、納豆のような「豆醤(まめびしお)、「魚醤(ギョショウ・うおびしお)」が造られてきた。この「びしお=醤」という日本語は、発酵によってできる複雑なアミノ酸の複合体を指している。

 −アミノ酸は、種類が変わると、AからBに移行するのではなく、予想もしないZまで飛んでいってしまい、まったく別の味になる。ここに発酵の怖いところがあり、面白いところがある。

 人が「味=価値」をもつプロセスもまた、複雑なアミノ酸複合体が発酵によって生まれる過程と相似している。予想もしない突然変異によるのである。『暗夜行路』は化けてゆく人の常態なのである。我々の祖先はそれに気づいていたがゆえに、一生懸命であれば(評価が低くても)切り捨てない、という人間観を育てあげたと見ることができる。人の成長の不可測性という問題だ。

 もう一つの補助線は、一生懸命という言葉のもつ意味である。一生懸命とは何をいうのか。筆者の解釈では、単なる頑張りを指さない。「味の素」ウエーへの忠誠をさすとみる。味の素ウエーは、味の素のホームページ上で、(1)創造性の重視、(2)技術立社、(3)人を大事に、だと明確に示されている。

 かりに、創造性を豊かにもって技術開発に取り組み、上司、同僚、部下、取引先ともよく協働、協調している従業員がいるとしよう。彼(女)が、評価対象期間の中で成果を生み出せなかったとしても、味の素はこうした社員を「成果が出ていない」ゆえに、切り捨てない、といっているのだ。このことの意味は大きい。味の素は機能共同体をめざさず、価値観共同体をめざしているととれる。

 こうした補助線をひいて毎日新聞、清水憲司記者の記事をよく読む。次のような印象的なやりとりに目がゆかざるを得ない。

 −高輪研修センターには茶室や日本庭園がありますが、そこに海外従業員のリーダーを呼んで研修する狙いは?

 江頭「当社が日本の文化や伝統(へのこだわり)をもちながら国際展開していることを分かってもらうためだ。日本型経営の『全員参加』の考え方を身につけてもらことも狙っている」

 −国内と海外で人事制度は違うのですか?

 江頭「貢献する人には誰にでもチャンスがある。私は後任社長は日本人でなくてもよいと思っている」

 筆者は日本人の心の奥底(日本文化の基底)に豊かな“diversity”のセンスが宿されていると思っている。江頭邦雄社長が実践している経営をもって、その証拠だといいたい。

 味の素の発展を心から祈念する。

コメンテータ:清水 佑三