人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

島根県海士町
離島の挑戦 給与削り島の展望開く
ルポ公務員=第3部 逆風の中で(3)

2006年5月27日 中国新聞 朝刊 1面

記事概要

 中国新聞金刺大五記者の探訪記事。記者は島根県隠岐諸島に全国でもっとも公務員の給与水準が低い島があるときき興味をもってその島(島根県海士町)に渡った。境港市から高速船で約2時間。出迎えた海士町役場の財政課長Yさんの表情は驚くほど明るい。年収150万円以上の給与カットもものともせず「ここが踏ん張りどころ、私らからカットしてくれと申し出たんです。カット分を未来への投資と思えばいい」。ちなみに海士町の人件費削減効果は、05年度で町長50%、議員40%、職員30-16%、合計で町の税収に相当する2億円にとどく。町が次々と生み出す新規産業プロジェクトで雇用が生まれ、昨年度だけで若い世代を中心に46世帯、91人が島にやってきた。人口2500人あまりの町の人口を考えれば移住者の割合はすごい。町役場の管理職たちはみな報酬カットで気落ちするどころかやる気満々である。

文責:清水 佑三

出生率アップへの道筋を示した出色のルポ

 『NHKスペシャル データマップ日本』(2002年1月13日放映)は、全国3200余の市町村について、一人あたりの老人医療費、編入外国人数、企業倒産数などのデータを分析し、3次元棒グラフで一目瞭然にして地域差を画面で見せた。

 大雨のときの地域別降水量を早分かりさせるやりかただ。突出した箇所が一瞥してわかる。

 番組で示されたデータマップはみな面白かったが、中でも市町村別の出生率データのグラフが目をひいた。地域ごとの出生率は、分析してゆくと、各市町村の(1人あたりの)所得伸び率と強い相関を示すそうだ。

 話は飛ぶが、「孟子」の「梁上編」に「恒産なくして恒心あり、いやしくもそれ民に恒産なければ、よりて恒心無からん」という語句がある。よく使われるのは後ろの句にあたる「恒産なくして恒心なし」である。

 恒産を「安定した仕事による所得の向上」と読み、恒心を「子々孫々へのよき社会の承継」と読めば、番組コメンテータ田中直毅氏の指摘「一人あたりの所得を増やす努力の延長線上に出生率アップが来る」は、まさに孟子の言と重なる。

 官僚が好む、子供1人生めば国費をいくら出すといった類いの国家施策では出生率問題は、どこまでいっても解けないとみる。番組にもどろう。

 (84年から00年までで)全国市町村で高い所得伸び率を記録した和歌山県南部川村をとりあげたこの番組のある箇所、就中、村長みずからが東京銀座の街頭で南高梅のはちみつ梅干を売るシーンは圧巻であった。首長がハッピを着て本気で営業をやっている。

 リーダーはかくあるべしを目の前につきつけた感じだ。

 リーダーを「官」とおきかえるとそのままこの記事につながる。金刺大五記者は次のように書く。(一部、読みやすいように字句を直した)。

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…財政再建団体への転落をいかに避けるか。(町役場の)管理職が夜な夜な話し合った。(報酬の大幅カットへの)決断を逡巡しているときに、最後に背中を押したのは、子供3人に仕送りし、経済的に一番厳しいある管理職からの出張先からのファックス提案だった。

…そこには信じられないような大幅なカット率が記されていた。

…職員が身を削って、はじめて、住民と危機感が共有できたんです。財政課長のYさんはしみじみとした口調で当時を振り返った。

…住民はバス料金の値上げ、各種委員は日当額の減額、ケートボール協会は補助金の返上をそれぞれ申し出てきた。職員組合も追随してくれましてね。

…(報酬の大幅カットを)決定した日は、管理職みんなで祝杯を挙げました。

 自分を痛める決定に祝杯をあげる。不思議な光景だ。中国新聞のデスクがつけた大見出しがその理由を語る。

 「給与削り島の展望開く」

 官と民とが連携するとどんなに強いか。明るい展望につながる話だ。もう少し記事を紹介しよう。

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…海士町が04年3月に策定した「自立促進プラン」には、「安易な改革を町民負担に転嫁しない」と明記している。

…「自立促進プラン」では、産業振興政策とならんで、人口施策を掲げていることも目をひく。出生率アップは自立促進の延長に来る。人口問題はすぐれて自らの展望の問題なのだ。観光客の誘致アイデアとは違う。

…素材の細胞を破壊せず凍結させる新技術を使って、白イカや岩ガキを採れたままの鮮度で首都圏などで販売できるプロジェクトを成功させた。町が音頭をとり第三セクターを設立しての快挙だ。これもバブル期の各地の第三セクターとは発想の次元が違う。

…04年3月に認定を受けた構造改革特区制度で現在、町内の建設会社が畜産業に挑戦している。ミネラル豊富な牧草を食むこの地の牛は、3月の東京市場での発競りで出品3頭とも肉質評価A5(最高級)を取得、松坂牛並みのキロ3767円まで値が競りあがった。

…「島じゃ常識」と銘打ったサザエ入りのカレーは大ヒット商品となった。年間約3万個を販売するところまでいった。

 この探訪記録を書いた金刺記者は、記事のおわりを次のような印象的な言葉でしめくくっている。

…「予算がないから仕事ができないでは、ここで公務員は務まらない。島の人々と知恵を絞り汗をかきたい」(これを語った地産地商課長の)Oさんの目に島の底力を見た。

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 子供のころ「天、勾践( こうせん)を空しうするなかれ、時に范蠡(はんれい)なきにしもあらず」という言葉をよく聞いた。「こうせん」も「はんれい」も古代中国人の名だということをずっと後になって知った。

 この言葉が、後醍醐天皇が隠岐の島に流されるときに桜の木に彫った自らを励ますものだという故事来歴も長じて知った。今の日本は、後醍醐天皇がおかれたそのときの状況に置かれているのかもわからない。范蠡の一つの見本がここにある。

 その隠岐の島の再生物語。久々に心が明るくなる気持ちのよい新聞記事にであった。

コメンテータ:清水 佑三