人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

クボタ
“鋳物のクボタ”の伝統守れ
「道場」で技術に磨き 阪神工場に10月開講

2006年5月23日 日刊工業新聞 朝刊 37面

記事概要

 クボタは、この秋(10月)を目指して「鋳物道場」を阪神工場(尼崎市)を開くことを決めた。クボタにとって鋳物は基幹技術。「鋳物のクボタ」という自負もある。しかし、このところの製造技術の自動化や分業化、人手不足などの影響で鋳物技術のスペシャリストは減る一方で、新技術も停滞気味である。このままゆけば不良品が発生した場合に対処のしようがなくなるのではとの危機感がある。「鋳物道場」は混練や鋳物作成、溶解など鋳造に必要な設備をもった工場内の一角をあて、クボタの熟練技能者が師範役をつとめる。「基礎」と「専門」の2講座からなり、「基礎」は鋳物を使った製品の設計・調達の担当者を対象に4日間で鋳物の種類や製造法などの基本知識を伝授する。「専門」は鋳物の製造・開発の技術者および管理職昇格者を対象に26日間でクボタの鋳物技術のすべてを見せ、工場実習させる。鋳物技術の底上げ、品質不良への対応力、新製品の開発力向上等を期待している。

文責:清水 佑三

鋳物を知るものは製造世界を征す

 鋤(スキ)や鍬(クワ)といってもピンとこない人が多いだろう。古来、畑で使われてきた農具の名前だ。こうした金属製の物を作る作り方には、鋳物、打物の二つの方法がある。

 鋳物は、自然界に露出する金や精錬で得た鉄などの金属を溶解し、砂などで作った鋳型に流し込んで固めてつくる。

 古代史に多く登場する金、銀、銅の装具などは、鋳物の典型である。鋳型が複雑化し、金型といわれるものとなって、多量生産、機器精密化への道が開かれた。

 打物は、金属を打ちたたいて求める形につくる。「しばしも休まず、槌うつ響き、飛び散る火花よ、走る湯玉」ではじまる尋常小学唱歌『村の鍛冶屋』は打物エンジニアの仕事場の描写である。打物はゆきゆきて日本刀の「匠」に届く。

 (松本清張の最高傑作の一つに『西海道談綺』がある。江戸時代の隠し金山を舞台にした殺人事件が発端となるミステリー仕立てであるが、いつのまにか妖術が飛び交う“伝奇”ものに変身する。ストーリーの面白さのほか、幕府の天領を預かる代官事務所の日々の仕事や当時の金山発見の過程など、普通には知りえないことを多く教えてくれる。鋳物と関係があるようなないような話。)

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 クボタは周知のように農業機械のトップランナーである。しかし、連結ベースで売上構成をみるとエンジン製造が全体のほぼ6割をしめる。トラクターのCMでイメージ形成ができてしまっているが、現在のクボタはエンジンメーカーといってよい。

 ちなみにクボタの06年3月期は売上1兆円、営業利益率10%超。この規模のメーカーで営業利益率を10%の大台に乗せることは難しい。

 クボタがエンジン製造をスタートさせた歴史は古い。現阪神工場(旧尼崎工場)で大正11(1922)年にエンジン鋳物の製造を開始した。大正11年は、イタリア国王がムッソリーニに組閣を命じた年だ。ムッソリーニといってどれだけの人がその名を知るか。

 エンジンの骨格をなす部分は、自動車教習所で習ったとおり、クランクケースである。クボタのクランクケースのほとんど全部を供給しているのが大正6(1917)年開業の恩加島工場である。恩加島工場の目玉は、平成9(1997)年に稼動をはじめた新鋭の「ESライン」である。

 「ESライン」の中核技術は「中子(なかご)造芯」といわれるもの。中子は、クランクケースの中空部をつくる砂の塊をいう。ディーゼルエンジンのように複雑で入り組んだ中空部構造をもつ場合、中子は簡単に作ることができない。クボタ創業以来の先輩エンジニアたちの血と汗と涙の結晶ともいえる中子の一体鋳造技術がここに生きる。

 逆説的に聞こえるが、成型自由度を追及すればするほど一体鋳造は有利になる。一体鋳造技術の伝統が乏しい他社は(複雑な形状をもつ鋳造では)分割鋳造に走らざるを得ない。分割した鋳造品が多いとそれぞれの鋳造品の処理仕上げ、加工、組み立てという別な負荷がかかる。組み立てられた製品の強度を一つに保つことが簡単そうで難しい。それがエンジンの性能差につながる。

 クボタが伝統回帰をいうのは以上の理由による。80年のエンジン鋳造の歴史と伝統が今の繁栄を築いた。松明の火を消してはならない。「鋳物道場」はかくて生まれた。

 記事中ポイントとなるのは以下の部分である。

…製造の自動化、分業化、人手不足の影響で新技術をとりいれる余裕がなくなった。

…技術者は日常業務に追われ、自分の専門以外の製造法や最新技術を学ぶ機会が少ない。

…専門講座の(受講)対象は、鋳物の製造や開発に携わるクボタの技術者。管理職に昇格する際、道場への“入門”を必修にする。

…道場で6日間教育したあと、工場で20日間、実習する。

…狙いは、品質不良に対し、幅広い知識を身につけさせて、問題解決能力を高めさせる。

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 製造の自動化は利益率向上に貢献するが、品質不良の訴えに対応できる技術者の数を激減させる危険と背中合わせになっている。納品して売上を計上するまでが出番で、納品後のトラブルにはなすすべがない。

 納品後のトラブル対応はむずかしい。人的資源のR&Dという分野をやっていると、それがよくわかる。採用、配置が難しい職種として「保守」「サポート」職が浮かびあがってくる。

 なぜ、むずかしいか。

  1. 元の元がわかっていないと直せないタイプの故障がある。
  2. 元の元についてきちんと教えられた覚えがない。
  3. できない、直せない、と客先ではいえない。
  4. もどって古い人を探して元の元をきくことからはじめる。
  5. 元の元はわかったが中間で誰かが何かをいじっている。
  6. その人がどこにいるか探してもみつからない。
  7. さあ、どうしよう、となる。
  8. エンジニアは機械は好きだが人は苦手である。
  9. うまく直せないという説明がうまくできない。
  10. 行かないといけないと思いながら時間が過ぎる。

 納品後のトラブル対応を誤ると、長い顧客との取引が終わってしまう可能性がある。

 管理職の出番である。渉外にたけた彼らに、今の技術にいたる道筋を知ってもらえば、トラブル対応を誤る危険は少なくなる。

 利益があがっている今がチャンスである。クボタの「鋳物道場」の記事を読み解くと以上になる。迂遠に見えて迂遠ではない。もっとも大事なことに目がいっている。

 クボタは、旧神埼工場のアスベスト禍で、過去に例がない周辺住民への救済金の支払いを決めた。企業経営者間では一定の尊敬をかちとった。同じような澄んだ(経営トップの)目が今回の「鋳物道場」開設にも感じとれる。

 先手を打っている。本当の意味でのよき伝統とはそういうものだ。

コメンテータ:清水 佑三