人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

三菱商事が今月新組織
内外の人材育成一元化 連結企業や海外拠点・投資先 経営の中核目標に

2006年4月11日 日経産業新聞 朝刊 26面

記事概要

 海外拠点を多くもつ総合商社は、本体採用社員と現地採用社員と二つの教育体系を並列に走らせてきた。さらに、昨今の経営環境の変化で、内外の数百の連結対象企業の社員への教育も視野に入れる必要が生まれてきた。三菱商事はこの4月1日づけで、こうしたグループ全体の人材育成を一元化する目的で新組織「HRDセンター」を立ち上げた。この組織に集約される主な業務には、1)本体の採用・教育、2)海外現地採用社員へのネットを活用した世界規模、地域横断的型の研修プログラムの企画・開催、3)連結対象企業の経営執行や管理にあたる層を対象にした「経営者・管理者講座」など、広範な人材育成業務が含まれる。岩城宏斗司HRDセンター長代行は「本体、海外拠点、連結対象企業の人材開発に一体的に取り組み、それによって中長期的な成長を維持する」と組織一体化の狙いを語った。原材料や製品の輸出入を手がけてきた商社マンの役割が大きく変容し、国内外数百社に及ぶ投資先グループ企業の人材活用の巧緻が商社間競争を左右する時代に突入したと言える。(松尾博文氏による署名記事)

文責:清水 佑三

(日本の)総合商社は地球規模の学校になる

 三菱商事の人事採用を担当されている人事総務部、採用チームの高島知子氏が、弊社のホームページ上の対談で次のように話されている。(→「ユーザーズコーナー、この人を見よ」)

質問 学生の間で総合商社人気が復活していますが、何が理由だと思いますか?

島 その理由は幾つかあると思いますが、一つに学生の海外志向が地に足のついたものになってきていることが挙げられると思います。勿論、商社以外の業界でも海外ビジネスを行うチャンスはいくらでもあると思いますが、商社のビジネス領域は全世界に亘り、また国家レベルのインパクトを与える仕事も少なくないので、そのダイナミズムに憧れ、且つ自身でどのような役割を果たしたいのか、という「志」のようなものをきちんと持った学生が増えてきているように思います。また、商社ビジネスのイメージが変わってきたことも一つの理由として挙げられるかもしれません。従来は、商社というと、所謂「さや取り(口銭)型ビジネス」をイメージする学生が多かったのですが、最近の商社志望の学生は、我々のビジネスのメインストリームにもなりつつある「事業投資型ビジネス」に興味を持ち、将来は事業投資会社を経営したいという人が増えています。商社は時代と共にその機能と社会に果たす役割を進化させてきているので、「常に新しいことにチャレンジしたい」という好奇心の強い学生には、チャレンジングなフィールドに映るのかもしれませんね。

 そのとおりなのだろう。筆者の観察によれば、昨今、社会に巣立つ学生たちは明らかに二極化している。

 三菱商事の高島さんがいうような「志」をきちんともった学生と、どこかフワフワしていて、上の空で生きているように見える学生の二極である。今に特別なことではないが、いつのまにか中間層が消えてしまった印象が強い。

 「志」をもった学生は、誤解を恐れずにいえば、理系に多く、大学院でほとんど全部の時間を勉強にあてている。自分が勉強してきたことの延長線上にある領域で、世界で一流のエンジニアになろうとする。

 水素エネルギーや太陽電池といった領域で、日本が世界の指導的な立場に立つとすれば、「志」をもった彼らによってなされる可能性が高い。背後にわが先祖が育んだ「共生と循環」の願いの後押しがある。

 ところで、「志」をもった文系の学生であるが、めったにお目にかかれなくなった。わずかに総合商社を本気で志望する一部の学生に「曙光」をみることができる。業界を問わないで一流メーカーの事務系スタッフをめざす層は、今いち「志」に迫力がない。マスコミ志望者はどこかヘンだ。

 ついでにいえば、今をときめく戦略系の外資コンサルタント会社には、人間的な幅と深さが必ずしも十分でないアイヴィー・リーグ (Ivy League)MBAホールダーが集中する。人を人と思わない、英語がよくできる、が彼らの二大特徴。総じて人間的魅力に欠ける。

 「志」をもった文系の学生は、(私見であるが)総合商社に関心をもち、高島さんのいう「事業投資家型ビジネス」に興味をもつ。将来は自分で事業会社を経営するか、事業投資会社を経営するかを夢みて、苦労するためにあえて総合商社の門を叩く。どういう苦労かを記事にそって次に述べる。

***

 記事中、次のような印象的な挿話が取り上げられ、最後に記者の意見が挟まれている。以下、原文のまま転載する。

…三菱商事の社員が投資先企業の経営で果たす役割と責任も増している。ヒューマンケア事業本部で医療関連ビジネスに携わるK氏(43)は、入社後20年のうち14年間出向、二つの投資先企業の設立から参加した。医療材料調達のアウトソーシング事業を手がける日本ホスピタルサービス(東京・千代田)では取締役として経営にも深く関与した。05年には本体に戻り、ヘルスケア事業ユニット(部に相当)の次長職につき、次のように語る。「本体でビジネスの仕組みを考えるにしても、現場を知らずに“魂”を込めるのは難しい。投資先企業の経営に参加することで資金の流れも意識するようになる」K氏が積んできた経験は、商社マンに求められる新たな条件を示しているといえそうだ。

 記事を書いた松尾博文記者が、この文章に託した思いは、「本体でビジネスの仕組みを考えるにしても、現場を知らずに“魂”を込めるのは難しい」という言葉に集約できる。

 入社後20年のうちの14年間の出向(現場)経験が、実は本当の意味での商社マンの宝物なのではないかという認識だ。自然に「現場経験こそ商社マンに求められる新たな条件」という強い言葉につながったとみる。

 投資先企業を商社と同じく多くもつメーカーは、あがりの何年間かで出向させることが多い。総合商社はそうではない。Kさんのように入り口の20年間のうちの14年間でその経験をさせる。この違いは大きい。

 今度きたヤツはたいした人間じゃない、と思われないために、自分で自分を鍛えてゆかないといけない。若い時分は何も知らないしわからない。勉強するしかないが本を読む時間もない。耳をダンボのようにして人にあって話をきくだけだ。

 そうしないと投資先企業において出向元の暖簾を(1日たりとも)はれない。人が育つためには、そういう“凌ぎ”を強いる環境がどうしても必要なのだ。

 研修プログラムではどうしてもカバーできない人材育成機会についての言及である。

***

 三菱商事本体の社員は6000人だが、連結対象企業は国内外550社、人員は5万人に達する。内外の投資先企業にも逸材がいよう、その逸材に本社のボードに入ってもらう道筋も視野にいれなければならない。

 内外の人材育成一元化の背後にある問題意識に触れておく。

 丹羽宇一郎伊藤忠商事会長は、社長在任中、「将来の(伊藤忠の)ボードメンバーの半分は外国人と女性から選びたい」といくつかの場所で語っている。

 ここでいう外国人とは国外の拠点や投資先企業で雇用された人たちを意味していよう。この施策を実行に移すためには、各地で活躍する逸材が透けて見えるような世界規模、地域横断型の異動・研修等の人事交流プログラムが不可欠だろう。

 内外の人材育成一元化の課題は、ひとり三菱商事だけの関心ではない。総合商社共通の課題なのだ。

 若い時代の現場の仕事によって人は鍛えられる、という主張にに加えて、これがもう一つのこの記事の読み方だ。

 グループ全体で外国人を含めて「当社の企業理念を理解し、社内外の人脈ネットワークを構築してもらう(伊藤忠商事)」ためには、どうしても内外の人材育成一元化は避けて通れないのだ。

 インターネットの教育システムも紹介されているが、もっとも強い刺激を受ける機会は、他流試合である。インターネットでは無理だ。やはり能力別、世界大会の開催となろう。

 (日本の)総合商社はかくて、地球規模の学校になろうとしている。

コメンテータ:清水 佑三