人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

関電 来年度評価制度見直し
“業務プロセス追加” 数値外の基準明確化

2006年3月22日 電気新聞 朝刊 1面

記事概要

 関電は、来年度から、現行の「期首目標の遂行実績」を5段階評価する(一般社員に対する)成果評価制度を見直し、現行基準にプラスして「知識、技能、技術の発揮」「チームワーク」「自己変革・挑戦」「安全最優先・行動規範遵守」の4項目を追加することを決めた。会社が社員に求めるものを(成果に加えて)具体的に示すことで、「求める人材像」を明確にする狙いがある。技術部門や財務部門など、定量的に成果が把握しずらい職務の社員に対する評価の適正化に加えて、営業など、目標設定がしやすい部門についても、新制度の適用により、業務の質をより高められるとしている。一般社員への新制度導入に伴い、管理職についても、現行の成果評価に加えて、あらたに「人材育成」「知識・技能向上」「業務マネジメント」の3項目を必須基準として盛り込むことをきめた。

文責:清水 佑三

「成果からプロセスへ」大きなうねりが見えてきた

 関電は、東電と並ぶ業界の雄である。グループ全体で3万人余の人材を擁する。原子力発電において電力10社の中で先頭を走っている印象がある。

 筆者の原子力発電所への興味は、小説家、高村薫の『神の火』の構想と筆致によるところが大きい。高村の『神の火』中の緻密すぎる技術解説的な文章にも辛抱してつきあってそれなりの理解をした(つもり)。一度この目でどこかの原子力発電所を奥の奥まで見学したい、と思うがこれは末節。

 原発新設が止まっていたアメリカ(ブッシュ政権)は、今年に入って使用済み核燃料の再処理を行う決定を行い、原子力発電を推進する方向に大きく舵を切った。イギリスのブレア政権、ドイツのメルケル政権においても原発復活の兆しが見える。フランスは従来から原子力発電派である。

 原発反対の住民運動が原理的に存在しない一党独裁の中国は、すでに原子力発電への大シフトをきっている。電力需要の急激な伸びに、石炭を燃やすだけでは対応できない構造が背後にある。

 世界の潮流は、明らかに『神の火』で描かれた原子力発電所の再稼動、新設の方向に向かっている。日本はフランスと並び、原子力発電所技術に関してリーディングランナーだ。

 翻って、米国の(核技術から日独を遠ざける)執拗な戦後政策に対して、旧通産とともに果敢に立ち向かい、原子力発電所の量・質を現在の地位までもってきたのは、ひとえに日本の電力各社の崇高で地道な努力による。

 その領域において、先駆的な役割を果たしてきたのが関電である。

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 関電が、成果主義的処遇への偏りの是正を表明した電気新聞のこの記事は何点かで注目に値する。筆者のみるところ、次の記述に「価値」をみいだす。

…営業のように、目標設定がしやすい部門において(プロセスをみる)新制度は意味がある。

 記事中にも、定量的に成果が把握しづらい職務からなる技術、財務部門において、一定の項目を用意して個々人の仕事の仕方を評価する新制度は、有益である、とのコメントがある。この見方は通説的になっているが、筆者の見方は違う。営業部門が「成果の把握が容易」というのは間違っている。大きなプロジェクトになればなるほど、営業上の成果は、三年咲きの樹花が開花するようなもの。3年間の見えない場所での周到な多数の人による準備があって開花するものだ。場合によっては五年咲きかもしれない。たまたまそのときに担当した営業マン個人の成果ではない。従って、営業部署は目標設定も評価もしやすいという、多くの企業の見方は危険だ。

…「行動規範の遵守」などの評価項目を具体的に示すことで、会社が求める人材像を明確化できる。

 スポーツや戦闘における論功行賞と、会社における評価制度は異なる。前者は目立った活躍をした人を表彰して「気分を盛り上げる」狙いをもつ。会社における評価制度は、会社が考える「価値ある人」の定義を繰り返し、繰り返しメッセージとして社員一人ひとりに送るものだ。「メッセージ性」が会社における評価制度の本質である。ちなみに筆者が社長を勤める日本エス・エイチ・エルでは、冬の賞与評価は、「感じのよい挨拶ができる」「落ちているゴミを黙って拾う」「進んで電話をとる」「泣いたりわめいたり暴れたりしない」「報告、連絡、相談をマメにする」を360度評価することで行っている。どういうことが起こるか。黙々として働いていて目立たないが周囲の社員が一目も二目もおいている社員にスポットライトがあたる。当該記事では、営業部門において(プロセス評価が)コツコツと種をまいて、雑草をとり、芽がでるまで気長に面倒をみるような「将来顧客の獲得」を推進するといっている。

…管理職を評価する場合、「人材育成」を必須項目に加える。

 人材育成、という言葉は(企業内で)多用されるが、意味がよくわからない。「人材育成」を評価制度に織り込むときにはもっと具体的な観察可能な言葉で定義しなおす必要がある。思いつくままにあげれば、個々の被考課者と考課者の間での、(1)与えられた仕事の(社会での)意味と価値についての途切れの無い対話の時間量、(2)仕事以外で一緒に過ごし、仕事以外での悩みが仕事に影響しないような策を共同謀議する機会量、(3)やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ、の実践回数、(4)仕事ニーズ、動員できるリソース、両方から等距離にある点(現実的で有効なやりかた)の共同発見作業の回数、(5)新しいやりかたに挑戦しての失敗をほめる回数、等々となろうか。

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 原子力発電の領域でなされた人類史上の先駆的な努力と、不透明複雑な社内人事評価制度の設計における先駆的な努力は、(遠いものと思われがちであるが)人の営みという点でしばしばよく似た相似形をとるものだ。関電は両方において凄い。ダメな会社は両方ダメだし、凄い会社は両方凄い。

 期首目標の達成度によって「遂行実績」を把握し、賃金、賞与等に反映させる一般的なやりかたは、一見して合理性をもつが、期首目標の設定において、難度、仕事価値、失敗リスク等で、(会社全体を貫く)十分な相互比較可能性を確保しないと十全には機能しない。異なる仕事に従事している多種多様な部門の人たちを客観性をもって相互比較できる条件づくりは、現実には難しく、「青い鳥さがし」になって終わる。

 それよりも、たとえば「安全最優先」「行動規範の遵守」について、観察可能なチェックリストをそれぞれの部門、部署で用意し、360度評価法で複数の他者の目を借りて、評点をつけてゆくやりかたのほうが、安全や法令遵守を義務づけられている会社の社会的責任を果たす上ではより有効だ。

 他紙が小さくしか取り上げなかった関電のプレスリリースを一面で大きく取り上げた電気新聞の見識に敬意を表する。また関電の勇気ある人事改革への試みにも敬意を表する。

 関電の外にあらわれる仕事ぶりに、こうした内部改善努力がどのように反映してゆくか、楽しみに見守りたい。

コメンテータ:清水 佑三