人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

梅鉢鋼業 本社に「史料室」 管理ノウハウ継承に一役

2006年3月8日 鉄鋼新聞 朝刊 3面

記事概要

 梅鉢鋼業(本社、堺市)は、設立55周年記念行事の一環として、本社事務所内に史料室を設置した。過去の事業展開に関する経緯など約50がファイル化され書架に並ぶ。同社では07年度以降、管理職層が大幅に交代しノウハウの継承が大きな課題となっている。藤田昭夫社長は「(時折この部屋を訪れ、先輩たちが過去、如何に苦労し智恵を出して課題を解決してきたか、新任の管理職によく学んでもらいたい。その過程で問題意識を深めてもらえればいい」と話す。社内誌や社員旅行のアルバムなどと並んで、『梅鉢寺子屋(社員教育イベント)』の資料等もビジュアル化して気軽に閲覧できるようにした。07年問題への一つの試みである。

文責:清水 佑三

ナレッジ・マネジメントと似て非なるもの(歴史に学ぶ)

 鉄鋼新聞という業界紙中の小さな囲み記事だが、大事な視点を提供していると思ったので紹介する。梅鉢鋼業がどういう会社か(当社の)ホームページをみてみたい。

…私たち、梅鉢鋼業株式会社は“鉄鋼”とりわけ“伸線・磨棒鋼”と言う分野を通じて、お客様に「“梅鉢”と取引してよかった」という評価を頂く事により社会に貢献してゆきたいと考えています。そのため、お客様のご要望におこたえするよう<ひたすら>技術を磨き、<ひたむきにそして真剣に>モノ造りに励んで参ります。

 多くの会社がホームページ冒頭に用意している挨拶に比べて、声高ではないが、梅鉢らしさのようなものがよく出ている。次のような特徴に気づく。

  • あれもこれもやるんだという会社が多い中で“伸線・磨棒鋼”が自分の土俵だと言い切っている。
  • 会社の目標は「“梅鉢”と取引してよかった」という顧客の声をきくことだ。
  • そのために、<ひたすら>技術を磨き、
  • <ひたむきにそして真剣に>モノ造りに励む。

 全体にわかりやすい。ひたすらに、ひたむきに、という大和言葉の使い方がいい。日本メーカーの真骨頂を感じさせる。

 よい技術は、ひたすらに、ひたむきに技術を磨く姿勢にある。茶道、剣道などに通じる「エンジニア道」というべきものへの志向性がある。

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 資料室を持つ企業は多いが、史料室を持つ企業は少ない。史料と資料の違いについて言及しておきたい。

 史料とは、(広辞苑によれば)歴史の研究または編纂に必要な文献、遺物をいう。文献には、文書、日記、記録、伝承、など多くが含まれる。

 資料とは、(同じく広辞苑によれば)研究、判断のもとになる材料全部をいう。史料と資料を分けるものは「歴史の研究」という目的意識の有無である。

 梅鉢鋼業があえて資料室といわず、「史料室」としたのは、その部屋に入って「歴史に学んでほしい、歴史を研究してほしい」という会社のメッセージを史料という耳なれない言葉に託したかったからだ。

 この記事で白眉ともいうべき箇所がある。「先輩が過去、如何に苦労し智恵を出して課題を解決してきたか、この部屋に入って感じとってほしい。その過程で問題意識を深めてほしい」という藤田社長の言である。

 先輩たちが、過去、なぜ、なにを、どうしてきたかをつぶさに知ることによって、自らの内なる智恵と勇気が感応する。自分がなぜ、なにを、どのようにしなければならないか、先輩たちがやってきたことがヒントとなって瞬時にインスピレーションを得る過程である。

 鶴見和子が「内在的発展」と呼んだ歴史と伝統と風土の力を思い起こす。一歩先を歩いているように見える「隣の会社」を真似る精神構造の対極にある思想である。

 終りに、朝日新聞論説委員、河谷史夫氏が月刊誌『選択』06年3月号に書いている「本に遭う」の冒頭と最後の一節をひいてこの稿を終えたい。まさに歴史に学ぶ、視点がある。

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 お年のせいであろうか。涙腺のゆるみ甚だしく、何かにつけて涙が出る。太平洋戦争末期、硫黄島の死闘を指揮した栗林忠道陸軍中将を描いた(梯久美子の)『散るぞ悲しき』を読みつつ、幾度涙で目が曇ったことか知れない。

 冒頭まず栗林を敬愛してやまぬ85歳の元軍属が、栗林の訣別電報をそらんじるところから、まずいけない。

敵来攻以来、旗下 将兵の敢闘は
真に鬼神を哭(なか)しむるものあり
特に想像をこえたる物量的優勢をもってする陸海空よりの攻撃に対し
宛然 徒手空拳をもって よく健闘を続けたるは
小職みずから いささか悦びとするところなり

 1945年3月16日、敵を驚嘆驚愕させる抗戦をした栗林兵団も「今や弾丸尽き水涸れ」た。最後の総攻撃敢行に際し、栗林が大本営に向けて発した訣別の辞である。これに加えられた栗林辞世の歌が、大本営によって改ざんされていたと著者が気づいたことで、この本が形をとりはじめる。(略)

 (大奮闘し策尽きて)死を覚悟した司令官が万感を込めて「散るぞ悲しき」と表現したことを許さぬ軍とはいったい何なのか。憤怒に似た好奇心が、戦後16年たって生まれた著者を突き動かす。

 (略)

 この本はまさに奇跡的に成立したとしか思えない。訪ねてくる著者を待っていたかのように応対したという関係者は、その後相次いでなくなった。

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 梅鉢鋼業の藤田昭夫社長のいう「社員は時折この部屋を訪れ、『先輩が過去、如何に苦労し智恵を出して課題を解決してきたか』を学んでほしい、という言葉は『先輩が過去、如何にバカなことをし、智恵を出さずに悲惨な結末を迎えたか』を学んでほしい、と同義である。

 史料室は歴史を研究するための文献・遺物を集めた部屋である。資料室管理法(ナレッジ・マネジメント)は研究・判断のための知識の体系化とその活用の利便化をいう。似て非なるものだといっておく。

コメンテータ:清水 佑三