人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

住友商事
10年目まで完全年功制 人事制度見直し
管理職は「能力」徹底

2006年3月2日 日本経済新聞 朝刊 3面

記事概要

 住友商事では、この4月から6年ぶりに昇格人事制度を大幅に見直すことを決めた。入社7年目から差をつけていた現行制度を入社11年目から差をつける制度にあらためる。入社10年間は、じっくり人材開発に取り組むべきだとして、昇格や賃金で差をつけない完全年功制を導入するとしている。一方、入社11年目以降は従来の制度に比べて大きく差がつくようにし、より能力主義を徹底する。「若手は年功主義、中堅は能力主義」のメリハリを利かせるのが狙い。新制度の導入後(同じ管理職資格で)年収で240万円の差が360万円に拡がる。こうした動きは住友商事だけではなく、若手に対して能力・成果主義を導入したシチズン時計も、05年度から事実上、年功序列賃金に戻した。業績悪化時に緊急避難的に成果主義を導入した企業の多くが、景気回復、業績改善で余裕をもち、若手を一定年次まで横並びで育成する方向に軌道修正をはかっている。

文責:清水 佑三

稽古期間は長くとるほどよい

 面白い角度からの記事だ。成果主義、能力主義の発動のタイミングを現行よりも遅くしたほうがよいのではという提唱であるが、もっと大きな視点として年功序列制の再評価の動きともとれる。

 住友商事の新(昇格)制度をもう少し詳しくみてゆこう。記事中、次のような記述がある。一つひとつに簡単な解説を試みる。

・入社後10年間横並びで扱うようにするのは、チームワーク重視主義を植え付けるため。

 チームワークとは、自分のことを優先させず、チームのことを優先させる仕事の仕方を指す。映画『タイタンズを忘れない』で、アメラグの高校生選手たちがスクラムを組んで「All for one, One for all」と声をかけあう場面がでてくる。日本語になおせば「チームワークで行こう」「チームワークだぞ」となろう。チームワークの反対は、自分が開発したノウハウを滅多なことでは同僚に教えない、自分の時間を割いてまで同僚のレベルアップの支援はしない、成績と関係がないことは後回しにする、などの一匹狼的行動傾向。個々人の成績で扱いに差をつけない考え方は結果的にチームワークを育てやすい。

・社内から「入社10年はじっくり育てるべきだ」という声があがった。

 10年間をマラソンレースに喩えてみる。折り返し点は入社後5年経過をした時期にあたる。その時点での順位が入社後10年まで入れ替わらないとは考えにくい。折り返し点からするすると抜け出す人も出てこよう。逆に折り返し点でトップだった選手がみるみる順位を下げることもある。折り返し点での順位で処遇差をつけると、だんだんよくなる法華の太鼓組はチャンスを失いかねない。やる気に水をさされるからだ。評価対象期間を長めにもつほど、じわじわと実力をつけてゆくタイプが有利になる。実際に現場で新人を預かると下手に今、差をつけない方がよい、という実感をもつことが多い。入社1日目と同じ気持ちで11年目の初日を迎えるのは、ある意味、すがすがしい気分だろう。

・11年目から昇進・昇格レースがスタートする。降格するケースもある。

 10年間のマラソンレースを終えたあと、自分を鍛え続けて一定以上の性能に転化させた人とそうでない人はどのように区分されるのか。与えられる仕事によって区分される。4年間マイナーリーグに所属し、5年目にメジャーにあがるとしよう。いきなりレギュラーの座を与えられる選手もいれば、そうでない選手もでる。レギュラーの中でも4番を打つ選手も出てくるといった感じ。ここから先は実力主義の世界である。記事では「年功要素を撤廃し、能力のほか仕事の重要度などで資格に差がつき、降格するケースも出てくる」となっている。ここでいう「資格」をお相撲さんの「番付」と置き換えると理解しやすい。

・(賃金面での)評価は賞与だけに反映させる。

 役者の世界をみればわかるが、いい役を貰う、が役者の関心事のすべてである。会社の仕事も同じで、おいしくて日のあたる仕事と、まずくて日のあたらない仕事がある。おいしくて日のあたる仕事とは、そこでの人脈や研鑚がボードメンバーの資格要件につながってゆく仕事という意味だ。まずくて日のあたらない仕事とは辛気臭く、つぶしのきかない仕事をさす。もっと下世話にいえば、銀座のクラブの訳知りのママさんたちに興味をもたれないタイプの仕事である。会社は、会社にとって使えると判断すると前者の役を振る。そうでないとその他大勢の役を振る。お金はさしたる関心事ではない。毎回チャラにできる賞与で、となるのが自然の成り行きである。

 住友商事が再評価した年功序列に対しての筆者の考えを拙著から抜粋してこの稿を終える。

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 年功序列の考え方は以下のような美点をもちます。

  1. 入社後の物理的な時間という絶対基準による評価である。(主観が入らない=精神衛生がよい)
  2. 指導者、教育、厳しい競争環境を用意すれば、よき先輩=仕事ができる人、という風土をつくれる。あの先輩のようになりたい、という具体的な目標をもてる。
  3. かりにそれが実現できた状態を仮定すれば、「どうしてあの人より?」という給与差別感に悩まされず、みんなが仕事に打ち込める。

 以上の美点をもつ制度ですが、仕事を意欲的にしようとしない人をつねに注意してどかす(退場させる)仕組みを同時にもたせないとうまくこの制度は機能しません。

 (『どうすれば最強の人事ができますか』東洋経済新報社刊、初版39ページ。一部加筆)

コメンテータ:清水 佑三