人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
厚労省
新裁量労働制検討へ 成果・能力評価の管理職直前者
「割増賃金」適用除外に
2006年2月21日 フジサンケイビジネスアイ 朝刊 2面
記事概要
厚生労働省(以下、厚労省)は、2月20日、実質的に、労働時間ではなく成果によって賃金が決まっている企業内の非管理職層を念頭に、休日や深夜の労働に割増賃金を支払う規制をなくす方向で2006年度から本格的な検討作業に入った。厚労省は、この案を「新裁量労働制案」とし、07年の通常国会への法案提出を視野にいれて、近く、労使代表や学識経験者で構成する労働政策審議会に諮る。ただ、労働界などから、この新制度によって対象層の業務量を過大化する懸念等が指摘されており、健康上の配慮義務を雇用側に求めるなどの制約を盛り込む方向。成果主義型処遇制度が管理職から非管理職層まで広がっている実態に即した対応としている。
文責:清水 佑三
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「職種」別裁量労働制を「職位」に適用する大胆な発想
コメンテータ:清水 佑三
個別企業の人事改革事例ではない。行政府による民間企業の「人事改革支援」の取り組みである。重要な視点が含まれていると思うので取り上げた。
平成15年6月3日の衆議院厚生労働委員会で、参考人として出席した日本経団連(常務理事)紀陸(きりく)孝氏は、概略次のような請願を立法府に対して行っている。(同委員会会議録)
…最後に、裁量労働制の問題でございますが、労働時間に比例しないような形(筆者注:成果主義型処遇の意)で報酬が決まる仕組みをより促進しようという意味あいから、裁量労働制の要件の緩和をお願いいたしたいと考えます。最終的には、現在のようにブルーとホワイトの方々を一緒にしている現行規制をいま一段規制緩和の方向に進めまして、できるだけ裁量労働制の適用領域を将来的に広げていっていただきたい。先生方のご尽力をよろしくお願い申し上げたいと存じます。
紀陸孝氏は、民間(日本NCR)出身で旧日経連にはいり、労務管理部の賃金課長などを歴任された方だ。日本株式会社、勤労部の趣のあった日経連で使用者側として、賃金体系はいかにあるべきかの調査・研究で長くご苦労されてこられた人である。
委員会での紀陸発言で重要と思われる指摘は以下に要約できる。
参考人紀陸孝氏の上の発言に対して、静岡大学人文学部法学科教授川口美貴氏(参考人)は、意見を求められ、概略次のように述べている。
…もし、一握りのマネジメント以外のいわゆるホワイトカラー一般の方を対象に今のご議論がなされたとすれば問題だと思います。労働時間の長さと成果が比例しないということは、成果主義型賃金を導入する理由になっても、実労働時間規制を緩和する理由にはなりません。
…(筆者注:成果を伴わないホワイトカラーに)割増賃金を支払うと割りにあわないと思われるかもしれませんが、時間外労働に対する割増賃金の支払いは、労働者に保障された自由時間を会社が侵食したことに対する補償として支払われるものであって、成果とは次元を分けて別個に考えられるべきものであります。
…そもそも、時間外労働というのは例外的なものでございまして、会社が法定労働時間内で労働者を働かせていれば、割増賃金を支払う必要はございません。したがって、法定労働時間を超えて働くことを前提として、それで成果にみあった賃金以上の賃金を支払わされているというようなご主張は、説明になっていないと考えます。
それでは、規制緩和の対象をより具体的に示してほしいという議員からの要請に対して、紀陸孝氏は大略、次のように説明している。注目してほしいのは、「職種別」に裁量労働を定義してきた流れに対して、「職位別」基準をもってきていることだ。
…二つございます。ひとつは研究開発の分野で働くリーダーたちです。研究開発での開発競争というのはそれはそれは激しく厳しいものがございまして、現行法制のようなブルーカラーを視野にいれた労働時間管理の枠組みでは十分な研究開発の時間を彼らに与えられません。結果的に国際競争に負けてしまうという事態につながります。もう一つは各部署で企画・立案・調査にかかわる仕事に従事している(組合員)係長さんたちです。会社のポリシーを決める仕事をしています。この層に対してはぜひとも裁量労働制の対象に加えていただきたいと考えます。
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産業界が現行法制に感じている矛盾感および学識経験者といわれる人たちが矛盾の指摘に対して、懸念している内容が一定程度浮かび上がったと思う。議論を整理すれば、次のようになろうか。
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多くの企業の実態をいえば、いわゆるサービス残業は、成果主義の対象になっている管理職直前層に集中しているだろう。職種というより職位に集中しているのである。この層の特徴をあげれば、
この層に対して、多くの日本企業は「今は、会社を実質的に支えている縁の下の力持ち。将来はこの層から会社の牽引者がでる」という角度でみている。労働者という感覚はまったくもっていない。
新裁量労働制によって、彼らが割増賃金適用除外となったとしよう。彼らのサービス残業の実態はどう変化するだろうか。ここからは筆者の空想である。
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サイコメトリックスを生業(なりわい)にしているものからみると、人は、自分がやる仕事を自分が好きでやる「創作」とみるグループと、社会構成員としての「賦役=義務」とみるグループに大別できる。
どちらがよいという議論ではない。どちらも重要だ。
ただ、ふたつのまったく異なる原理で動いている生物に、同じ環境を与えることはおろかでありプラスはない。両方が元気を失う。
労働行政が、裁量労働制という考え方において、職種別という切り口に加えて職位別という切り口を導入しようとしている意味は大きい。
自分は「サービス残業」というとんでもない悪に手を染めている、会社にいつか迷惑をかけてしまう、と自分を責めたてるような前途有為な人が、この制度の導入によって一人でも減ってくれればよい。
労働組合、学界がより大きな視野にたってくれることをのぞむ。