人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
人物探訪=初の単年度黒字を達成した関西国際空港会社
村山敦社長 「お役所」体質に回れ右
2005年6月6日 毎日新聞 朝刊 9面
記事概要
関空4代目の社長に村山敦(67)が就任してまもなく満2年になる。96〜03年度まで、赤字体質を払拭できなかった関空は、村山就任2年目の05年3月期決算で設立以来はじめて単年度黒字を達成した。村山は「落ち度なく、誤りなく、なにより無難に空港を管理しようとする。(すべてが)お役所的でね。お客さんの視線が感じられない。180度、回れ右や、と言わせてもらった」と就任後の自分を語る。株式会社なのに月次決算もなかった関空に事業部門別会計制度を導入、結果として儲かっていない部署がガラス張りになった。また、働いていない人がガラス張りになる成果主義の評価制度も導入した。事業部門ごとの収支・損益責任者に係長クラスの優秀な若手を抜擢、毎月開く事業検討会で、彼らに「もっと利益がでるやりかたはないか」について発表を求めた。関空を使うユナイテッド航空の関空支配人阪口葉子の村山評「周囲を巻き込み、すぐに実行に移す人。以前の関空は予算がとれないといって何もしなかったが、今は必要と思ったらすぐやる。無表情の関空に表情がついてきた」。(荒木功記者)
文責:清水 佑三
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松下電産の再生劇を関空で再び…
コメンテータ:清水 佑三
事なかれのお役所主義は、見ざる、聞かざる、言わざるの行動に象徴される。何を言われても貝のように押し黙って何もせず時が過ぎるのをまつ。
関空は違う。いわれなき中傷と天下の朝日放送に敢然と戦いを挑んだ。去年の秋「ムーブ!」番組中のいくつかのコメントに対して拳をあげたのである。
関空が目を剥いたのは次のようなコメントだった。
関空は、「ムーブ!に対する弊社の見解」というタイトルで自社ホームページ上に諄々と自らの信念を披瀝した。
2期事業である2本目の滑走路は将来の需給見通しから、今、手をつけないと将来の大きな機会利益を失う、東京→伊丹客を東京→関空にシフトさせる意図は毛頭ない、都市中心部への距離問題は、騒音公害や離着陸時の市街地事故の危険を考えると第一義ではない、と懇々と根拠、データをあげて説いた。
最後の「社長の頭批判」に対しては「上記コメントは、個人の名誉を傷つける中傷的表現であり、極めて不適切であります」と言葉少なにとどめた。
関空の説明は道理を踏まえており、無理がない。
自らの政策に対して自信がないものは、誹謗に対して抗議の機会をつくらない。喉もと過ぎれば熱さ忘れる、で死んだフリをするのがつねだ。関空変身の証拠がここにある。
記事を詳しく読むと、松下電産リストラで振るわれた村山の手腕は、関空においては影をひそめる。ここでは、次のような別な手順を踏んでいる。
1)まずはじめに売上増がなければならない。
村山は過去3代の社長がやらなかったトップセールスから仕事をはじめた。関空利用に二の足を踏んでいた航空会社を歴訪して関空利用のメリットを説いた。トップが頭を下げてものを頼みにくればムゲには扱えない。関空乗り入れキャリアの数は少しづつ増え始めた。さらに凄いところは松下電産時代のライバルであったシャープ亀山液晶工場に足を運び、直談判して貨物輸送売上の拡大に動いた。まず初めに売上増を、は彼の信念である。
2)自己概念が間違っている。空港はホテルと同じサービス業。
村山の呼びかけで関空を利用する航空会社、テナント、清掃業者などが集められ「関空CS(顧客満足度)向上委員会」を発足させた。利用客から指摘された「要望」を徹底的に集めて分析し、すぐ実行すべきものを弁別し、利用客の方を向いている関空、のブランドイメージづくりに動いた。独特の人懐っこい話術、笑顔で交渉相手の胸元にぐいっと入っていく。空港は関所ではなく、ひとつのテーマパークという思いがあるからできる。
3)敵は本能寺にあり、霞ヶ関詣でが自分の仕事。
(旧運輸省出身者には思いもつかないことだが)松下出身の村山には霞ヶ関のどこに誰がいるかさっぱりわからない。関空に村山という男がいる、一所懸命に関空のイメージアップに奔走している、少しは助けてやろうか、航空行政を預かる官僚たちにそう思わせないと規制緩和の話は進まない。霞ヶ関の官庁を走り回る村山の姿は次第に多くの官僚の目にとまるようになった。
4)カメレオンのような自己変容力をもて。
状況はつねに変化する。一年前、計画策定時に想定した市場環境は、03年の新型肺炎(SARS)やイラク戦争のようなことが起こると激変する。お役所ならば事前に決めたとおりにやればよい。営利事業体ではそれは許されない。すべての計画をご破算にして作り直さないといけない。会社の価値観を「計画統制型」から「臨機応変型」に変える。それができる若い人に現場を任せるしかない。
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人物探訪、であって、インタビュー記事ではない。荒木功記者の問題意識は「民営化」はどのようになされなければならないか、にある。それが記事の書き方によく出ている。村山敦社長のコメントは7段の記事中、わずか4箇所だ。おもしろいなあ、と思った村山コメントをあげてしめくくりたい。
村山敦「(私ができるのは)関西弁と英語だけ。標準語はようしゃべれん。どこへいってもこれで通しております」。
言語は方法を規定する。関西弁が得意なのは「リアリズム」である。英語は「ロジカル」だ。
現実的でかつ合理的な方法は、強さを発揮する。松下電産再生の旗手は健在だ。村山さんは(関空社長という)世のため人のためになるよい仕事を得たと思う。