人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

米P&G日本法人
転機=米P&G日本法人北尾真理子人事統括部マネジャー
教育係手伝い天職悟る

2004年11月12日 中国新聞 夕刊 4面

記事概要

 米P&G日本法人の人事統括部マネジャーの北尾真理子さんの仕事生活は、秘書職から始まった。長い仕事経験の中には営業職で苦労したこともある。兵庫県出身、49歳。昨年、「ダイバーシティに富んだ企業文化」普及のため新設された北東アジア専任マネジャーの社内公募制度に応募し、選考の後、新しいキャリアの転機を掴んだ。新設部署での役割は、北東アジア地区のP&Gグループの「ダイバーシティ」の促進。具体的には、社員の性別、民族、価値観等の互いの違いを受け止め、不足部分を補いあう「棲み分け」をうながす社内アクションプランの立案と実施の全責任をもつ。P&Gでは、「ダイバーシティ」に富む企業ほど、全構成員の持ち味が発揮され、異質なものが組み合わされて、革新的なアイデアが生まれやすい、とみる。P&Gの最重要企業理念を伝道する部隊のリーダーである。この仕事についてから、全国からの講演依頼が多く、社内だけでなく社外に対しても積極的にコミットしている。公私共に充実した生活。多忙であるが、趣味の「日本舞踊」の稽古も再開し、仕事づけにならないよう努力している。

文責:清水 佑三

新しい呪縛「ダイバーシティ」とは何か?

 理念を掲げることは誰でもできる。しかし、理念を行動に移すために新しく部署を設けて、最適任者を求め権限を委譲することは簡単ではない。企業トップの強い意志が働かないとできない。

 先月のこの欄に紹介した中日新聞の記事、「日産自動車が新組織 ゴーン流改革女性社員に“耳”仕事と家庭の両立支援」の(会社は違うが)続編をなす取材記事である。ふたつの会社が「ダイバーシティ」という同じ用語を使って、強力な社内運動にまい進していることに注目されたい。

 日産、P&Gが社内文化創造の重要課題の一つとして取り上げている「ダイバーシティ」という理想は何か。一定の解説が必要だろう。タコツボ型文明の中にどっぷりとつかった我々(日本人)にとって、ピンと来ない言葉の代表格が「ダイバーシティ」である。

 「diverse」で英英辞典をひいてみる。 different from each other and of various kinds people from diverse cultures とある。多様な文化のもとにある多様な人たちがつくりだす「違い」を指す、といえば単純化しすぎか。

 「diverse」の反対の場所にくる言葉は、「uniform」である。the special set of clothes worn by all members of an organization at work と英英辞典に書いてある。同じ場所で働く人が無意識で身につけている同じような「金太郎飴」的な心の衣装、が「ダイバーシティ」の反対のイメージである。

 日本文明の特徴は「uniform」にあって、「diverse」にはない。ちなみにいえば、民主主義の次に来る政治理念は「diverse」だろうとみる人は多い。多数決という実務原理は否定され、まったく異なる意思決定手順が発明されるだろう。今は見えないだけでいずれ時間の問題でそれが姿を見せる。それはともかく、

 P&Gの日本語ホームページに、P&Gの企業理念が次のように語られている。

  • P&Gは、社員とその生き方を導く価値観(バリュー)とから成ります。
  • 私たちは、世界中で最も優秀な人材を引きつけ、採用します。
  • 私たちは、組織の構築を内部からの昇進によって行い、個々人の業績のみに基づき社員を昇進させ、報奨します。

それぞれが重要な価値観の表明を含む。解説しよう。

  • P&Gは、社員とその生き方を導く価値観(バリュー)とから成ります。

     会社は(社員の便宜的な)生計手段としてあるのではなく、生き方そのものを導くために存在するという自己規定である。国についてそのように定義して世界に向かって構成員を公募したのがアメリカだ。P&GはアメリカのDNAを色濃く持っている。

  • 私たちは、世界中で最も優秀な人材を引きつけ、採用します。

     優秀さの定義は一律、一様ではないが、時代時代でカッコヨイとされる人のイメージは変遷する。もっともその時代でカッコヨイとされる人による、その人たちための、その人たちの集合体たらんと宣言している点が特徴的だ。民族を問わずと明記していることで「diverse」につながる。

  • 私たちは、組織の構築を内部からの昇進によって行い、個々人の業績のみに基づき社員を昇進させ、報奨します。

     この理想にP&Gの独自性がみられる。内部昇進主義は日本社会がもつ価値観であり、それを標榜していることが目をひく。価値観をほんとうに共有するためには全人生の拠出が前提になる、という宗教的ともいえる認識が背後にある。性能の切り売り、切り買いによる一時的なツギハギ流動化は視野から遠ざけられている。個々人の本質的差異「diversity」の尊厳を社是にもってこないとなりたたないのだ。

 記事中、北尾真理子さんは自分の仕事を「滅私奉公の考えを(社員の意識から)取り払ってもらうこと」と定義している。私があってよい、お互いの私があるから、それぞれの違いが意識され、結果として違いが掛け合わされて強い集合体が誕生する、と考える。

 この仕事につくようになって「自分をとても大切にするようになりました」という述懐は印象的だ。

 日本とアメリカの国際結婚のような会社がP&Gだ。(今でも十分に大きいが)うまく稼動するととんでもない大化けをする、が筆者の予言である。

コメンテータ:清水 佑三