人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
パナソニックデザイン社
パナソニックデザイン社社長 植松豊行さん
「ユニバーサル」基準厳しく
2004年9月2日 日経流通新聞 朝刊 10面
記事概要
松下電器産業の製品のデザインを一手に扱うパナソニックデザイン社は「斬新なデザインのヒット商品」を連発している。「その秘密は何か」同社社長植松豊行氏に日経流通新聞の為定明雄部長が取材した。同社はまだ発足して僅か2年。従来はともするとバラバラだった(松下の)デザインに統一感を持たせ、一目でこれはパナソニックだとわからせることを狙って会社が作られた。中村邦夫松下電器産業社長の「デザイン重視政策」によって生まれたといえる。お客様に製品のデザインを通して、自然に会社が標榜する(ユニバーサル)哲学を伝える重要な経営戦略を担っている。使いやすさと環境負荷が少ない、の二つを狙って、時には松下電器産業の社長自らも個々の製品デザインの決定に入ってゆくという。デザイン会社のトップインタビューは珍しく内容とともに貴重だ。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
デザインとデザイナーについて優れたヒントが満載
コメンテータ:清水 佑三
記事中、特に注目すべきだと思った植松発言がある。微妙な表現を含むので、要約ではなくそのまま転載させていただく。( )内は筆者が読者の理解を促す目的で補足したもの。
「以前は製品の事業部長がデザインを決めていましたので、(事業部間で)当然ばらつきが出ていました。古い製品を見てもらえばわかると思いますが、とても同じ会社の製品とは思えません。現在は製品のデザインの重要度を4段階に分け、最重要と認定したデザインは中村社長らトップでつくる会議で決めています。それだけ責任をもってデザインに臨んでいるのです」
⇒重要な製品とそうでない製品とを区別し、最重要デザインの決定をトップに委ねる、点に凄さがある。全社員がデザインのもつ意味と重要性に気づく。
「デザインの統一は単なる色あわせではありません。見た目の第一印象、使い勝手の良さ、環境負荷の少なさなど、製品をデザインする上での哲学を(デザイナー間で)統一してゆくことが目的なのです」「多い時は2週間に一度、デザイナー全員が一堂に会し、情報の共有と交換を進めます。事業部ごとに縦割りで、(事業部のデザイナー間で)ほとんど情報交換がなかった昔に比べればイメージ統一ははるかにやりやすくなりました」
⇒デザインとはデザイナーの産出物であり、優れたデザイナーをもつことが決定的に重要なのだという認識に注目すべきだ。
「これからは部品の数を減らしたり、解体しやすくしたり、捨てるときのことを念頭に置いたデザインがより必要になってきます。お客さんが製品を捨てるときに、『あ、松下は地球(ユニバース=環境)のことを考えて物作りをしてるな』と思ってくれれば、ブランドへの信頼度は大きく高まるはずです」「業界の基準を作っていきたい。どんなボタンの形が押しやすいのか、色弱の人にはどんな色が見えやすいのか、といった基礎的な研究(成果)はどんどん他社と共有すべきだと考えます。そうすればおのずと競争は厳しくなり、より高いレベルの製品が(他社からも)生まれてきます」
⇒ユニバーサルデザインとは解体やリサイクルしやすいことを意識したデザインといえばわかりやすい。健常者だけがユーザーではない、彼らにとって利益のあるデザインの問題は一企業ではなく業界として取り組むべき問題だ、は優れた認識だ。
すべての発言の眼光が鋭く、視点が高い。会社の社長とはかくあるべし、の見本のようなものだ。自社のことだけを考えず、使う場面だけを考えず、デザインの統一とはデザイナー教育のためにある、と喝破した植松豊行氏の幅と奥行きに恐れ入る。
日経デザイン誌の昨年12月17日号『パナソニックデザイン社がこれまでの活動を総括』(丸尾弘志記者)の記事中、植松豊行氏の次のような談話(一部筆者が文飾)が紹介されている。
「デザイナーの能力開発・キャリアマネジメント制度がとても大切であり、有能な社内デザイナーの独立を支援しつつ、こうしたデザイナーと中長期で契約を結ぶ新たな人材活用制度なども視野に入れた人事制度を2004年度から導入していく考えである」
企業は人なり、はあらゆる社長の常套句だ。しかし、デザイン会社の社長の地位に就いて、デザインの重要性を、デザイナーの能力開発制度そのものの問題と認識して一つひとつ具体化に取り組む社長は少ない。新聞の顔写真(まゆげ、耳、額)からみても、端倪すべからざる人物である。
アメリカの建築家ルイス・カーン氏の言葉に「形態は機能を啓示する」がある。ひらたくいえば、人はその物を使わないでも形をみただけでピンとくるということだ。
惜しまれつつ夭逝した工業デザイナーの瀬川冬樹氏はかつてライカM3に触れ、ある雑誌で「カメラに限らず歴史に残る名器はみなうつくしいかたちをしている」と語ったことがある。
今後、松下電器産業がデザインの上から21世紀を代表する製品をつくり続けたら、V字回復などではない世界に入る。
北欧デンマークの Bang&Olufsenのような地位に就くだろう。B&Oデザインが美しいがゆえに、市価の数倍のAV製品を使い続けるファンが世界中にいるのだ。
非常によいインタビュー記事だと思う。