人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

リクルート
人材マネジメント室マネジャー 工代将章氏に聞く
完全能力主義の狙いは

2004年8月17日 日経産業新聞 朝刊 15面

記事概要

 リクルートの新人事制度「ミッショングレード制」の策定から導入までを推進している実務リーダー工代将章(人材マネジメント室マネジャー)氏に遠藤知樹記者が、導入の狙い等について尋ねた取材記事。リクルートのミッショングレード制は従来の職能資格制度に置き換わるもので、管理職相当の資格をもたないと部長や課長になれなかった制約を全廃し、新入社員であっても実力を認めれば入社と同時に管理職への登用を可能にする。この新制度は2002年に部長級を対象に実施し、今年の4月から対象を課長級に拡大した。

文責:清水 佑三

実力があれば新人でもマネージャーに

 リクルートの現会長である河野栄子さんには、かつて筆者が文化放送ブレーンに在籍し、日本就職情報出版懇話会の副代表を務めていた(1990年)ときに、懇話会のミーティング等でお会いする機会が多くあった。角川書店の社長に転じられた福田峰夫取締役などと一緒にレイクウッドでゴルフに興じたこともある。その時にご一緒した田畑千秋(元取締役)氏と福田峰夫氏のお二人で、私が文化放送ブレーンを退職するときに、慰労の会を開いてくださったことがある。懐かしい思い出だ。

 また日立製作所から学友江副浩正氏の誘いで日本リクルートセンターに転職され、人事測定事業をたちあげ、HRRの今日の隆盛を築かれた大沢武志(元専務)氏にも、長きにわたって個人的に親しくしていただいた。大沢武志さんは私の著作をよく読んでくださり、最近の『数字と人情』(PHP研究所)を上梓、献呈したときには、「2度読みました。今までのご本の中では一番の感銘を受けました」というお手紙まで頂戴した。

 私は紛れもない1人のリクルートファンである。

 さて、遠藤知樹記者の取材記事に戻る。新しいミッショングレード制の導入でリクルートが目指したものは何か?次のような過去に対する工代将章氏の総括がある。

  • 今までの当社の活力は同期入社の出世競争に支えられていた。
  • 社内の資格の階段を誰がトップであがってゆくか、前進の速さを競っていた。
  • こうした競争が積上げられて会社全体がつねに前進している感覚になっていた。

 こうしたやりかたは日本企業のすべてに見られた発展の契機である。結果として、

  • 社外からの中途採用を含め、自由に人を行き来させる風土が作りにくくなった。
  • 新しいものを生み出す組織能力という点でマイナスに働いた。
  • 最適な人材を最適なポストに任用することを妨げた。

 こうした弊を打破するための新制度が描く「新しい会社像」とは何か。同じく工代将章氏の記事中のコメントから拾う。多少の文飾を加える。

  • まずはじめに顧客に提供される(新しい)価値を定義する。
  • その価値を生み出す運動を指揮できる人材要件を定義する。
  • 社内、社外を見渡してもっとも適切な人を探す。
  • その人が価値創出のシナリオをつくり、配役をきめる。
  • こうした価値創出競争が社内の日常風景になれば会社はもっと活性化する。

 2002年から既に部長級を対象にこの新制度は実施されている。そこで起こったことは何か。まさに期待するとおりの「カオス」が生まれた。

  • 全体に異動の頻度が増えた。
  • 部門をまたがる異動が増えた。
  • 上下間の異動が増えた。
  • 部長から外れて社内ベンチャーに転じた人も出た。
  • その(ポストの)適任者を意識する企業風土が醸成されつつある。

 リクルートは「考えること」と「行うこと」の間に隙間がない。陽明学がいう「知行合一」を無意識のように実行できている稀有な会社だ。それが強さの真の秘密である。よい楽譜をもった場合の演奏のインパクトは計り知れない。

 大卒の新人をいきなり管理職に登用しようと本気で考えている会社はない。リクルートは言ったことはやるので、いずれそういう事例が出て世間の話題になるだろう。

 いろいろな意味でリクルートは世間を賑やかにする。請うご期待だ。

コメンテータ:清水 佑三