人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
日本IBM
5年かけ対策 予防が肝心心の病
1対1で研修、管理職も教育
2006年2月1日 日経産業新聞 朝刊 22面
記事概要
日本IBMは、2000年に事業の軸足をコンピュータ(ハード/ソフト)の販売から、システムの構築や運用受託に移した。この方針転換に伴い、社員の心の病の発症が会社のが生産性、業績を左右するとみて、保健同人社のEAP(従業員支援プログラム)の導入や、社内診療所の抜本的な見直しに着手した。03年には「高血圧や糖尿病」などの疾病治療を中心的にやっていた診療所業務をメンタルヘルス中心に切り替え、現在は10人の所属産業医の過半数をメンタルヘルス専門の医師が占めるまでになった。こうした施策転換を推進してきた産業医の金子多香子医師は、施策の中心となる管理職研修に対して、5年前は現場の部門長が否定的で「仕事の足をひっぱるのかと批判されたこともあった」「30代の社員の4割はストレスが原因で仕事を辞めたいと思っていると調査データを具体的に示して説得したことで社内の風向きが次第に変わり、各種施策に前向きに取り組み始めた」と事実を知らしめることの重要性を指摘した。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
生産性が高い組織ほど「心の病」の問題が起こりやすい
コメンテータ:清水 佑三
情報量の多い記事だ。中身を整理すると次のような内容に大別できる。
社員、職場、専門スタッフに分けて、病気の予防・早期発見・治療と再発予防に関する主な施策を紹介している。たとえば職場の項目であげられている施策には、病気の予防=よい人間関係づくりの支援、早期発見=職場責任者が個々の社員の微妙な変化の察知、治療と再発予防=医師の増員と復帰しやすい職場の受け入れ環境づくり、などがある。
02年にスタートした「ストレス管理研修」の効用が大きい。これまで3000人が受講した。担当医師によれば「受講者が心の病にかかる比率は受講していない人の半分以下」「受講後はうつ病の兆候を示すデータが半減する」。研修のポイントはカウンセラーとの30分の面談5回。この面談を通して「前向きな考え方への転換」「ちょっとした息抜きで自分を解放する技術」等を伝授する。
研修の内容は、部下との日ごろの自然なコミュニケーションを通して、心の病の兆候をいかに早く感じ取るかに関するものと、部下の一人ひとりにかかるストレスを許容範囲内に抑えるための部署内のマネジメント法。職場の室温を一定に保つのと同じように、職場のストレス過重度を一定に保つ責任を管理職がもっていることを自覚させ同時にストレス過重度をコントロールする技術を与えることが最大の狙いだ。
04年から全国104箇所にカウンセリング施設をもつ保健同人社のEAP(従業員支援プログラム)を導入した。EAPの効用は「家族の問題で悩み、仕事に集中できない社員がいた場合、家族まで対象を広げてカウンセリングを行う」ところにある。業務とは関係ない(社内で話しにくい)相談を拾いあげる。24時間体制でインターネットによる相談も受けられる。
社員の一人ひとりにかかるストレス測定からスタートし、キャリア面談を通しての個々人のストレス管理の実態把握に進んだ。そこからストレス管理講習を充実させ、さらにEAPの導入を通して社内カウンセラーが拾いきれない幅広い相談の受け皿をつくり、心の病の予防、早期発見、再発防止等の管理職研修につなげた。残る課題として、研修への参加率が低いままになっている部署をどうするか、家族のEAP利用率が必ずしも期待どおりに高くならない、などへの対応がある。
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心の病、という言葉がこの記事では使われている。広辞苑によれば、「心」は知識・感情・意志の総体を指す。この言葉が使われる場合、「からだ」が対極概念としてつねに意識されているとある。
企業で働く成人の知識・感情・意志の病とは何を指すのか。ちなみに、「病」とは、異常を来たして、本来の正常な機能が営めなくなること。
広辞苑が言わんとしていることから、心の病を、企業を構成する個々人の知識・感情・意志が異常を来たして、本来の(期待されている)機能を発揮できなくなる状態と定義してよいだろう。
裁量労働型企業において、社員の心の病(の問題)は、生産性改善に直結し、かつリスクマネジメントの最重要課題の一つとなろう。
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筆者の見解によれば、会社で働く人の知識・感情・意志が、(期待されている)軌道から外れてしまう現象の原因は大別して三つある。
(1)、(2)を企業におけるリスクマネジメント案件として捉え、採用チームにこの問題の「関所」になってくれという要請が(会社から)出される場合がある。
簡単にいえば、「心の病」の原因をもっていると思われる人の入社をお断りする角度の関心である。
そういう対処法については異論がある。差別問題、障害者雇用促進の社会正義にもとるとみなされうる。
自殺、他殺、他傷、触法事件が一定の合理性をもって予見できる場合をのぞき、社会の構造をありのまま許容するのが公器としての企業ではないか、という考え方である。多くの国において障害者雇用制度が法整備されていることがそれを物語る。
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日本IBMが5年をかけて取り組んできた「心の病」は、もっぱら(3)のケースに限定されている。ストレスによって引き起こされる「心の病」をいかにして予防し、かりに防ぎきれなかった場合、どのように対処するかについての会社としての営みである。
記事中にある三つのガイドラインが参考になろう。筆者の言葉になおして紹介し、この稿を終えたい。あらゆる企業にとって有効なガイドラインだ。