人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
フジタクシー
独立乗務員 “のれん分け” 車両リースし無線配車
2006年2月7日 中日新聞 朝刊 11面
記事概要
中部運輸局管内で車両数3位のフジタクシーグループ(名古屋市)は6日、自社の乗務員の独立を支援する「フジオーナーズシステム」を始めると発表した。タクシー大手による独立支援システムは、全国で初めての試みだという。タクシー乗務員にとっては、独立して個人事業主の自由さを享受でき、あわせて会社の看板を営業に利用できる利点がある。収入面でも、法人勤務のときよりも有利になるという。このシステムを利用して“のれん分け”できる条件は、フジタクシーの管理職者でかつ2年以上のタクシー乗務経験を有すること。道路運送法で定められた個人タクシー資格要件(乗務経験10年以上、直近3年以内無違反)を満たしていることが前提になる。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
“のれん分け”は現実的なマネジメント・バイ・アウト法。
コメンテータ:清水 佑三
江戸時代のお店(たな)が、子飼いの番頭に、屋号、格式、信用等を分け与えて、独立支援する過程は、現代のマネジメント・バイ・アウト(MBO)によく似ている。
現経営陣がベンチャーキャピタルなどの支援を受けて、オーナーから買い取るものは、間違いなく“のれん”であり、イコール、「ブランド」「営業権」といってよい。
まったく別なアナロジーであるが、遺伝子組成が完全に等しい固体を分枝させてつくる、いわゆる「クローン」化は、“のれん分け”そのものといってよいかもしれない。
多店舗展開を推進する上で、店長を内部昇格させず、外部から採用しようとする場合にしばしば起こる「店によって雰囲気が全く違う」という厄介な問題は“のれん分け”では起こらない。
格式、信用を重んじた江戸期のお店(たな)が営業戦略として“のれん分け”を用いたのは理解できる。
***
この記事にあるフジタクシーの“のれん分け”は、お店の屋台骨を支えてくれた大番頭に“のれん分け”させるのとニュアンスが少し違う。以下、記事中の説明を抜粋して、現代版の“のれん分け”を詳しくみてみよう。
(契約の内容)
(独立による収支の変化)
フジタクシーの事例のどこを探しても(双方に)リスクはない。むしろ、この“のれん分け”システムによって、より会社、個人の両方にとって成長機会を増やせる。
成長の契機となりうるものは次の3つである。
タクシードライバーに限らず、1人で行動する営業マンにおいて、やりかたを任せられる、は大いなるチャンスである。気がまわるタイプであればあるほど、会社がおしつける商売のやりかたでは「損をする」と思っているものだ。自分に裁量を任せてくれれば、もっと会社の収入を増やせるのにどうしてそうしないのだろうといぶかる営業マンは多い。そういうタイプの営業マンを「水を得た魚」にする手法として“のれん分け”は有効だろう。個人事業主になると収入が目立ってよくなるという噂がたてば、会社は“のれん分け”をインセンティブに使って、現有社員からの収入アップにつなげることも可能だ。
車両は車を買えば増やせるが、優良なドライバーの数は地域において限りがある。どうしても優良ドライバーの囲い込み競争にならざるをえない。歩合の率を高めてリクルート競争に勝ち抜かないといけない。奪えば奪い返される、が世の倣い。圧倒的な勝率でリクルート競争を勝ち抜くは、利益を吐き出すことしかない。売上は増えても利益は増えない図が見える。今いる優良ドライバーを奪われず、新人を育てて優良ドライバーにしてゆくしか道はない。“のれん分け”は優良ドライバーの固定化にとってプラスだ。あとは新人をプロに育てることだけに専念すればよい。戦場を選択できる。
優良ドライバーであると同時に、経営センスをもつ人がいれば、もう一段の枝分けを考えるとよい。この記事にはそこまでの記述はないが、のれん分けした個人事業主が、優れた営業ノウハウを開発したとしよう。それをその個人だけで使うのはもったいない。営業ノウハウをクローン化する「のれん分け」を図るのである。俯瞰的に見れば、フジタクシーは三層になってゆく。孫ドライバーにもフジタクシーの「あんどん」を認める。多様な営業手法をもった営業集団がうまれよう。秀吉が野武士蜂須賀小六を使ったやりかただ。
***
おわりに、“のれん分け”があまり意味を持たないケースについて指摘しておこう。以下のような場合は“のれん分け”システムは現実的ではない。
・屋根の上のあんどん(ブランド)に力がない
これは解説を要しない。ブランドがあって初めてそれを分ける意味が出てくる。ブランドが神話的な品質保証書の機能をもたない場合、屋根の上のあんどんを分け与えても誰も喜ばないからだ。
・誰でもが簡単に参入できるような仕事とやりかた。
10年かけて体得した技術が顧客からの信用を産むとしよう。その場合、自分の店を持ちたいと思うのは人情だろう。店の信用と自分の(高い)技術が相乗してはじめて“のれん分け”が現実的な意味をもつ。誰でも簡単に参入できる仕事でありがたそうに“のれんを分け与える”といっても誰も見向きもしない。
・営業以外の仕事
ビジネスモデルは「価値創造」の部と「価値普及」の部に大別できる。ブランド(力)は本質的に前者がつくるものだ。“のれん分け”が有効なのは、ブランドをカネに換える領域である。営業、販売の世界である。宗教の世界でいえるが、布教には地域差の配慮が必要だ。いいかえれば多様性が布教の前提である。営業は、営業マンの数だけ多様性をもてる。この世界においてのみ“のれん分け”の経営手法が使えると知るべきである。