人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

日本郵政公社
新制度 郵便局内の不祥事見逃したら
管理職にも「厳罰」

2006年1月5日 朝日新聞 朝刊 3面

記事概要

 日本郵政公社は、民営化までに郵便局内の現金横領などが減らない現状を改善する目的で、局内の不祥事を見逃した郵便局長などの管理職に対し管理職の肩書きを取り上げるなどの厳罰を与える新制度をはじめる。これまで、郵便、貯金、保険の各部門が別々に「管理職向けの犯罪防止指針」をもっていたが、現場に浸透せず形ばかりのものになっていた。新制度では本社の特定の部署が一元的に管理にあたる。ちなみに04年度中に表沙汰になった現金横領、郵便物隠しなどの公社職員の犯罪は127件にのぼっている。総務省が昨年の夏に「法令順守の取り組みが遅れている」と異例の通知を出す事態となっていた。新制度はサッカーの反則退場のレッドカードにちなんで「レッドシート制度」と呼ぶ予定。

文責:清水 佑三

管理職を「摘発係り」と位置づけなければならないよくよくの事情

 日本郵政公社(以下、公社)に勤務する常勤職員数は国家公務員全体の35%程度であるが、人事院公表の国家公務員の懲戒処分件数の統計では、公社職員によるものは実に80%を占めるという(03年度)。

 次の二つのケースが考えられる。

  1. 実際に公社の綱紀が緩んでいる。データは事実をほぼ正確に反映している。
  2. 公社の伝統は、己に厳しくかつ透明性が高い。事実を隠蔽しないゆえにそういうデータとなった。

 筆者の見解は(1)に近い。総務省が法令順守への取り組みについての異例の通達を出した事実がそれを裏付けている。

 ところで、日本社会において「管理職」という肩書きは、組織内部での責任の範囲、重さと同時に、社会的身分を意味する。その肩書きの剥奪は間違いなく社会的制裁である。公社において、どうしてかかる常識的とはいいがたいペナルティ制度が議論されるのか。

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 公社の新制度の趣旨が、多くの民間企業の「管理職降格基準」とまったく違うことに留意されたい。愚見によれば、多くの民間企業の「管理職降格基準」は次のようなものだ。

  • 会社がその人に運用を委ねている経営資産の「運用益」が期待どおり出ていない。他の人を置いたほうがよりよい「運用益」を見込める。
  • 会社(上司)との意思疎通がうまくゆかない。その人によってその部署が占拠されてしまっている。会社の考える全体の作戦遂行に障害となる危険がある。
  • 部下の人事考課に偏りがみられる。特定の人に高い得点をつけすぎる。有望な若手の反発を招き、人材を外に出してしまうことにつながりかねない。

 よい管理職とは将棋でいえば持ち駒と持ち時間をうまく使って、預かった盤面を有利にもっていくことを職責とする人たちだ。そうしてくれていないのではというイライラが募ると、会社内部で特定の人の更迭論が議論される。普通の会社の普通のありようだ。

 ところが公社の新制度の趣旨は違う。資源活用、成果創出という役割期待以上に、部署内の不祥事を摘発してほしい、という管理職への役割期待が表に出てきている。

 郵便局内の不祥事を見逃したら管理職から降格させますよ、というメッセージを用意しなければならないほど、局内の空気が淀んで、濁っているのだと思われる。

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 綱紀の緩みをおし進める要因、要素をあげておく。

 以下が複合的、重層的、相互作用的に働く場合、組織内の綱紀は少しまた少しと緩み始める。それへの対応も併せて示唆しておく。

(1)信長のような潔癖なトップがいない。

 信長は自領地の風紀、治安を重視したといわれる。領地内の寺社仏閣や地域自治組織が織田軍の進駐を歓迎しなかったからだろう。一銭を盗む兵卒を自ら斬首し領民に織田軍の軍規の厳しさをアピールしたとされている。残酷な光景を目にしてはじめて兵たちは首領の強い意志を知る。綱紀の粛正とはそういうものだ。誰一人として信長的な人の存在がない組織は腐ってゆきやすい。

(2)「過酷な処刑」現場を見たことがない。

 上に述べたことと同じことであるが、残酷無残な「お仕置き」をすぐ近いところで目のあたりにすると心の奥底に恐怖心が植えつけられる。見る者をして体を真底、震えさせるような多数の「処刑」の実施がポイントになる。実際にそれをやるためには強いトップがいないとできない。(西川善文氏はそれをやるだろう)

(3)誇りを持たせる教育をする先輩がいない

 スパイという仕事を蔑む風土のあるところに007の物語は生まれない。ジェームズボンドは自分の仕事に強い誇りをもっている。自分の命を投げ出すに足る仕事だという認識がある。だから虎穴に入って虎児を得るスリリングな物語が生まれる。国民の私信、財産を預かる公社職員の仕事は、誇りをもってできる仕事である。先輩たちがそれを後輩に強く教えていかないとダメだ。その伝統はあるか。

(4)自分の行動がモニターされていると感じたことがない。

 小さな横領、小さな詐取的行為が早期発見、早期対応されていれば大きな不祥事は未然に防げる。要はミニ不祥事発見の「職場内装置」があるかどうかである。管理職が監視用ビデオカメラのように一人ひとりの言動をチェックするのは現実的ではない。どんな小さな悪事も見逃さない「自動チェック装置」の設計、埋め込み、運用が大事なのだ。

(5)バレなければ何でもアリ、という価値観が蔓延。

 バレなければ何でもアリ、は処世の知恵である。その価値観を奉ずる先輩や同僚が周囲にゴマンといると仮定しよう。だんだんとそれをやらない自分がバカに見えてくる。悪貨は良貨を次第に駆逐してゆく。すべて空気、風土の問題だ。価値観教育の実践だけが有効だと知るべきだ。

 ひとり公社だけの問題ではない。ありとあらゆる組織において「他山の石」とすべき問題だ。

 この記事は読むものに「管理職とは何か」という抽象的ではあるが、大事な問題について、考えるヒントを提供してくれる。

コメンテータ:清水 佑三