人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

IT大国 インド躍動(3)
惜しみない人材教育 TCS 売上高の4%投資

2005年11月21日 日経産業新聞 朝刊 7面

記事概要

 日本のIT企業の教育投資額は売上高の1%に満たないところがほとんどである。インドのIT最大手のタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)は、売上高の約4%を教育投資に割いている。工場がないITサービス産業では、人材=設備といってよく、人材の教育に投資するのは当たり前だという基本認識がある。インド企業で働く日本人技術者に聞くと「上位のレベルは日本とそんなに違わない。全社員の平均となるとインドが上。日本のように、個人が自己流で技術を習得してゆくようなことはない」と話す。TCSはインド南端の小都市トリバンドラムに約2000人が宿泊できる大型ホテルなみの巨大研修センターを来年2月完成をめざして建設中。06年度には新卒社員をインド以外のハンガリー、ブラジルなどからも含め1万人採る予定。「入社後の研修中の成績次第で解雇も当然」(ナラヤナン副社長)という。

文責:清水 佑三

夏草や兵(つわもの)どもの夢のあと

 日本のIT企業経営者にとって、度肝を抜かれるような話が満載されている記事だ。

 TCS以外のインドのIT大手インフォシステクノロジーズも、バンガロールに近いマイソールという都市に4500人を収容できる巨大な研修センターをもち、ウィプロテクノロジーズはハイデラバードに3200人が研修を受けられる設備をもつという。

 人口の違いと同じで日本とはケタがひとつ違うな、という感じ。

 野球でいえば、インドITの世界は、二軍、三軍の選手がつねに一軍に昇格するために専用グランド、専用コーチをもって日夜練習に余念がないようなものか。

 ウィプロテクノロジーズでは、意識的に全従業員の10%程度を進行中の開発プロジェクトから外し、次のより技術次元の高いプロジェクトに備えて、研鑚を積ませているのだという。

 末恐ろしいという言葉があるが、日本人以上に概念化能力に秀でるインド人のしかも上質者が、我々以上に勉強したらどうなるか。勝敗の帰趨は自ずから明らかといわざるをえない。

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 あらためてこの記事の意味あいを書き下してみる。筆者の文飾も加わっている。

  • 現行為替レートで換算すると開発者一人あたりの年収はインド1に対して日本2となる。
  • 同じ国際競争力をもつためにはインド人技術者二人分の仕事を日本人技術者が一人でこなさないとダメ。
  • そのためには彼我個人個人の技術力習得の巧緻、効率が問題になる。
  • インド工科大学、インド経営大学などの一流大学に学ぶインド人学生は日本人が日本語を使うように英語を使う。
  • 技術開発のスピードは加速しており、日本語訳の先端技術書が出版された時にはその技術は先端ではなくなっていることが多い。
  • 日本の大学の日本人学生が日本語訳の技術書に依拠する勉強法をとる限り、先端技術の理解力、吸収力での日印格差はひろがる一方になるだろう。
  • 米国等におけるIT先端技術はインターネット上でその一端をうかがい知ることができる。
  • その読解力、吸収力において、日本の理工系学生とは格段の開きがある。その面でも格差は広がる一方になるだろう。
  • 入社後の研修期間中に、研修での成績が悪いことを理由に解雇されるような話は日本ではきいたことがない。
  • 日本のIT企業は現実問題として玉石混交集団で走らざるをえない。その面でも企業間格差がつく可能性がある。

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 筆者が働くエス・エイチ・エルグループは多国籍企業で働く従業員の(人的資源という角度での)個人差研究機関である。

 個人の集合として組織がある。組織の集合として民族、国家がくる。

 人的資源の世界的な個人差研究のデータ・ベースは、日印のトータルなメンタル差異について次のような興味深い事実を明らかにしている。

 (インド人は一般的に)

  • 数字を扱う仕事が好きで、データに基づいて分析することを楽しむ特性がある。何かを判断するときに、事実関係が明らかになっており、数字データがしっかりと集まっていないといらいらして、判断を留保することが多い。
  • データがとれないような仕事、測定・測量・観測が前提にならないような仕事にはあまり魅力を感じない。
  • 合理的な推論が可能な世界に棲むことを望み、そうでない世界は敬遠することが多い。

 (日本人は一般的に)

  • 数字は数字であって、それ以上でも以下でもないと思っている。仕事をする上で、数字やデータのみで適否を断定的にいうのは好まない。
  • その場の空気によって方向性を決めることが最善だと信じている。数字やデータはあとづけの説明用素材だとどこかで思っている。
  • 人の気持ちには「魂」や「霊」のようなようなものが宿っており、それを刺激しすぎると祟りがあると心のどこかで信じている。
  • よいマネジャーはジェラシーや怨念が特定の集団にたまって、マグマが突然噴き出すようなことが起こらないよう、つねに、細心の注意でジェラシーの組織内分散に留意している人である。

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 ITという世界は、どう考えても日印でいえば、インドに分がある。

 我々のナショナリティーの一部にはドイツ人が好む物づくり至上主義(クラフトマンシップ)があるが、インド人において顕著なデータ志向性はあまり強くない。IT産業は、クラフトマンシップとデータ志向性の両面性をもつとみる。

 どこかで民族大移動のような方向性の転換をしないと、今まで我々が育ててきたIT産業全体が大崩れする危険がある。

 携帯電話の使い勝手の類まれなきめこまかさ、ゲームの世界、アニメの世界における卓越性などが次に我々が向かうべき地点を考える上でのヒントになろう。

コメンテータ:清水 佑三