人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

札幌市教委が教員評価導入へ
札幌市教職員組合 「基準が不明」 現場の管理強化も懸念

2005年11月30日 北海道新聞 朝刊 31面

記事概要

 札幌市教育委員会(札教委)が来年度から教職員の評価制度の導入を決めたことに対して、札幌市教職員組合(札教組)は、人事評価の基準設定や公平性・透明性の確保が難しいと指摘。「評価を行う管理職の負担が大きくなり、学校現場で管理が強化される事態をよぶ」「評価だけを気にする教員が増えて、結果的に子供にも悪い影響を与える」として反発の動きを見せている。地方公務員法などで定める勤務評定を長い間実施しないまま、欠勤・休職・処分歴の有無等を基にして昇給・昇格・異動を行ってきた教育現場の管理のありかたに対して、指導力に問題がある教員の増加、教職員の不祥事の頻発等から「ぬるま湯の学校現場に今こそ評価制度の導入が必要」との世間の声も一部に高まっている。札教委は年明け以降、札教組に評価導入について説明をしてゆく方針だが、評価制度導入が意図どおり実施できるか前途はわからない。(上村衛記者による署名記事)。

文責:清水 佑三

排除の思想とゲームの思想

 品川区教育委員会が進めている各種教育改革「プラン21」の一つに、保護者が子供が通う学校を選べる『学校選択制度』がある。従来の通学区域以外の学校へ子供を進学させたい場合、教育委員会に保護者が申請を行えば、一定の数まではそれを認めるという制度。

 教育現場がすさんでいる噂のある学校に子供を行かせる親は少ない。この制度の導入を境にして品川区全部の学校が教員の質を競い合うようになり、前と比べて見違えるように学校の質がよくなったと品川区に居住する知人が言っていた。「住めば都」の発言で片付けてはいけない。

 考えれば当たり前だろう。ネット掲示板で「この学校にはこんなことをする教師がいる」と書かれていたとする。その学校を敬遠するのは親の人情だ。悪貨は良貨を駆逐してゆく、の反対の動きが生まれる。保護者からの申請の数を学校間で競いあう。競争のポイントは施設の質ではない。「教育現場の質」となろう。

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 教育現場の質を高めるという同じ目的を達成する上での品川区の行き方と札幌市の行き方の違いに注目すべきだ。

 何がこの違いを生むのか、点検する必要がある。

 どう考えても札幌市に智恵がなく、品川区には智恵がある。(大人たちが)智恵をもたないツケはそこに住む子供たちにまわされる。

 2つの教育委員会の考え方の違いについて絵解きをしてゆこう。

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 (個々の教師に目を向けるか、学校ブランドに目を向けるか)

 札幌市が導入を決めた教職員の評価制度は、道新の上村記者の記事によれば次のような批判や反発を受けている。

  • 何をどういう基準で評価するのか方針や基準が不明。
  • 評価を実際に行う管理職の負担が(今でも目いっぱいなのに)さらに増える。
  • 自分の評価ばかりに目がゆき、子供に目がゆかない教員が増える。
  • 評価結果をオープンにするのか、しないなら制度の合理性と透明性をどう担保するのか。

 品川区が導入を決めた『学校選択制度』がもつ「智恵と勇気」をリストしてみよう。(この項、品川区教育委員会教育長、若月秀夫氏による)

  • 保護者が学校間の違いを知ることができる「選択のための学校評価情報」の開示を行う。
  • 評価情報は個々の学校側のPRではなく「外部評価者による客観的な評価情報」とする。
  • 学校が学力向上に努力した成果が時系列で見えるように学力調査を行い結果を公表する。

 2つの教育委員会の論理の違いがポイントだ。

 札幌市では「世間が騒ぐ不良教員がいる。その人たちをこの制度で見つけて排除しなければならない」という排除の論理をどこかに隠しもっている。

 思うに、考え方の根底に社会の批判に対する怯えやがある。その責任を個々の教師の言動にもってゆこうという人間観の貧しさがある。評価制度によって低い点をつけられた教員は、教員としての性根を叩き治さないといけない。JR西日本によって日の目を見た「日勤」がゆきつく先にある。労組が「ちょっとヘン」と感じるのはわかる。

 品川区では「親がこぞって入学させようと考えるような学校ブランドづくり競争をしよう」という難しいが面白いゲームの論理が垣間見える。ブランディング、顧客満足度、従業員満足度を高めあう企業間競争に通じる視点である。

 思うに、考え方の根底に社会の賞賛に対する挑戦意欲がある。公平な競争をするためにはルールがなければならない。「外部評価者による客観的な評価情報」は、ゲームが必要とするルールの1つであってあくまで学校全体に向けられているものだ。個々の教師をどうこうする視点をもっていないことに注意すべきだ。貧しい人間観はどこを探してもない。

 予言すれば、札幌市の教員評価制度導入のアイデアは教員現場で働く人たちの支持を得ないまま、過去やろうとしてできなかったのと同じ繰り返しプロセスに入るだろう。

 品川区は、若月秀夫という強い個性をもったリーダーの存在があったとはいえ、住民が共感する学校改革に向けて着実に歩を進めている。

 改革をやろうとする人、組織にとって、2つの教育委員会の改革方式の違いは多くのヒントを提供してくれると信じる。参考になれば幸いだ。

コメンテータ:清水 佑三