人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

資生堂
美容部員の売上高撤廃 顧客満足を徹底へ

2005年11月24日 フジサンケイビジネスアイ 朝刊 8面

記事概要

 資生堂は06年4月からデパートの化粧品売り場などに配属されている美容部員の売上高に目標をおく現行システムの撤廃を決めた。今年の6月に就任した前田新造新社長のリーダーシップのもとに「資生堂は100%顧客志向の会社に生まれ変わる」各種の改革の一つ。資生堂と顧客との接点で働く美容部員の言動が、改革の要になるとの認識から、美容部員を目標売上高という呪縛から解放し、来店者へのカウンセリング業務に専念できる仕事環境づくりをめざす。すでに先行実施している事業所もあり、カウンセリングを受けた人からのアンケートに書かれた「主治医のような信頼感をもてた」「笑顔に好印象をもった」等の内容から、資生堂ファンをより強固にしてゆく成果は(この改革を通して)十分あげられるとみている。

文責:清水 佑三

カウンセリング販売とはそも何をいうのか?

 週刊サンケイが「SPA!」となって読者の輪を大きく広げたことは衆知のとおりだ。同じように2004年3月に日本工業新聞がフジサンケイグループでフジサンケイビジネスアイに衣替えした。結果はどうか。

 Hatenaで開示している各種ホームページでの「言及数比較」をとると、日本経済新聞との格差は大きいものの、最近は日によって日経本誌を抜いているときもある。マラソンでいえば確実に前を走る選手の背中が見えるようになったといえる。健闘しているといえるだろう。

***

 この記事は化粧品メーカーの美容部員に代表される(顧客満足を誘導する)コンサルテーションやカウンセリングを行う人たちの評価制度に言及している点で特筆に値する。

 「100%顧客志向の会社」を志向する場合、この課題解決は必須であろう。

 記事によれば資生堂の美容部員の仕事は「自社の化粧品コーナーでカウンセリング販売を行う」である。カウンセリング販売なる言葉がクセモノだ。カウンセリングとは、一般に悩む相手に対してなされる傾聴、対話、自信醸成等の専門的な支援行動をさす。受益者は100%クライエントである。カウンセラーの利益は念頭にあってはならないことに注意。

 カウンセリングでは、カール・ロジャースの臨床カウンセリングが有名であるが、彼の場合は、社会的不適応に悩む相談者との対話を通して「できないことをしようとしていた自分」「できることをやろうとしなかった自分」の姿(自己概念のあぶりだし)に目線を定めた。

 「自己概念補正業=社会的適応の支援」がロジャースのカウンセラーの仕事観だ。他のいかなる要因よりも自己概念が行動を強く規定する、とみたからだ。インドのお釈迦様と同じように人が抱える煩悶という問題が彼を捉えた。高い空から鷹が獲物をみつけて襲いかかるのと同じ。ロジャースが牧師の家に生まれたという出自に関係があろう。これは余計な話。

***

 化粧品メーカーの美容部員が向き合う相談者の「悩み」は、顔、髪などの化粧に関するものだろう。もっと美しくなれる素材だと私的にはいつも思うのだけれど、どうも「目」の演出が下手でうまくゆかない。思い切って伊勢丹さんのビューティーさんにきいてみよう。あそこなら一流の人が店頭に出ているに違いない、伊勢丹の化粧品売り場の前に立つ人の動機の忖度だ。

 そういう人から、自然な感じで悩みを聞き出し、今までやってきた自己流のやりかたを尋ね、どういう効果を狙っているかなどを懇切な対話を通してきく。相手がなるほど、なるほどと思う心理を次第につくっていく。同時進行で美容部員の手先はアイケアの自社製品を巧みにつかって、相談者をメークしてゆくのである。

 対話が終わったとき、悩めるポテンシャル美女は、自分が本当の美女に変身したことを鏡をみて知る。ウゥー、エーッ、ウッソオー、コレってアレ?

 カウンセリング営業なるものに下手な描写を試みればそんな感じだ。魔法にかかったように人が群がり高額な化粧品がその営業部員を通して売れてゆく。錬金術師のような精妙な手腕をもつ美容部員は1ヶ月の間に驚くほどの売上額をあげる。

 資生堂は美容部員に営業ノルマを課すことを撤廃しようと考えた。なぜか?

 営業ノルマがあることによってカウンセリングがカウンセリングでなくなってしまって販売だけになってしまう危険に目がいったのである。

***

 こうした事象は、技術と営業が渾然となっている職域において日常茶飯に起こっている。多くの企業が「コンサルテーション(ソリューション)営業」「カウンセリング販売」という言葉を使ってめざしている世界に埋められている地雷のようなものだ。その地雷に触れたら最後、ブランドイメージがふっとぶことになる。

 技術的営業に内在する危険を具体的に書いておく。

  • ノルマがあればノルマと顧客満足が秤にかけられる場面が必ずでてくる。
  • 顧客満足は心理的なもの、思い出のなかにフェードアウトしてゆくもの。
  • ノルマは自分の処遇に直接はねかえってくるもの。
  • 見えない顧客満足が後まわしにされてノルマ達成に意識が向かうのは人情だ。
  • 気づいてみれば顧客満足とはほど遠い「押し売りの達人」がどの拠点でも誕生する。
  • 会社は全国表彰式なるもので「押し売りの達人たち」に金品を贈り壇上にあげる。
  • 彼らのスピーチの内容は「いかにして自分は顧客満足をあげることに腐心したか」だろう。
  • 同じ拠点で働いている人たちはそれを聞き、あきれ、しらけ、心寒くなる。

 かくて、100%顧客志向の理想は、営業目標必達の現実に負け、あそこはソリューションとか顧客志向といっているけど、ただの押し売り集団だよ、となる。

 資生堂の次なる課題を示唆しておこう。

  • どうやって個々の美容部員の顧客志向度、顧客満足度の個人差を測るか。
  • 美容部員の行動変容→ファン形成→購買行動のモデルをどうつくり、その正しさをどう実証するか?
  • 美容部員の日常の評価項目を具体的にどう決めるか。
  • 一人ひとりが離れている場所で仕事をしているときに、観察、記録、行動分類という評価情報をどのようにとるか。
  • 項目と評価情報の適切さをナビゲーションする装置をどう作り、その結果からどういうサイクルでどのように評価制度をバージョンアップさせるか。

 難題多しといえども、資生堂の方向は正しいと筆者は思う。記者の続報を待ちたい。

コメンテータ:清水 佑三