人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
東大病院 経済人が改革案
2005年4月25日 日経産業新聞 朝刊 19面
記事概要
常勤のみで約1700人の教員・職員を抱える東大病院(東京大学医学部付属病院)は、年間収入が04年度予算ベースで264億円にのぼる大学内最大の「現業部門」である。この部門の収入額は東大の全授業料収入を上回る。昨年4月の国立大学の法人化にともなって設置された経営協議会は、東大病院の経営改革についての報告書をJR東日本社長大塚陸毅を座長とするワーキンググループでとりまとめた。ここで掲げられた主要な改革課題は、(1)職員数の削減、(2)一人あたりの人件費の削減、(3)給与体系を含めた人事制度の見直し、など。この報告書の作成にあたっては、JR東日本のスタッフが参加し、他の病院との経営指標の比較等も試みられている。ただ、報告書は具体的な期限をきっての目標をあげていないため、実効性を疑問視する向きもある。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
『白い巨塔』に誰がメスを入れるか
コメンテータ:清水 佑三
独立行政法人化は、企業において、総合的な戦略・政策を企画・立案するボードの役割と、それに沿って戦略・政策を実行に移す執行役員の役割を分けようとする動きと同期している。
もとをただせば、イギリスの宰相、マーガレット・サッチャーがこれこそ国家再生プランとした「エージェンシー・システム」にゆきつく。
英国内閣府(Cabinet Office)の統計によれば、サッチャー政権発足当時(1979年)74.7万人いたイギリスの中央政府職員は、1999年には48.1万人まで減った。実に36%の削減だ。民営化+独立行政法人化がそれを実現したといわれる。
サッチャーの「小さな政府」の論理は単純明快だ。以下のように要約されよう。
(1)政府がそのままそのサービスを提供する。
(2)独立法人化し(職員は公務員の身分のまま)法人の長に裁量権を与える。
(3)完全民営化して、自由競争に委ねる。
(1)については、コストよりもマスト(must)が優先される。効率化というそもそもの目標がなじまないとされる。確かにコストを考えたために侵略を防げませんでしたでは理屈が通らない。
(2)については、独立行政法人の長による効率化への行動が義務づけられる。人件費も聖域ではなくなり、既得権としての身分、給与等は流動化する。
(3)については、法律によって保障されていた「決してクビにならない」公務員の特権が剥奪される。長期間、利益を出せない場合は、民営化された会社そのものがなくなる。
イギリスのエージェンシー(独立行政法人)は、次のような手順を踏んだ。
イギリス政府の万年赤字体質は、サッチャーが導入した「小さな政府」政策によって劇的な変貌をとげた。政府部門の収支はわずか2年で黒字に転じた。
以上の文脈、背景を考えてこの記事を読むと、その意味は一層鮮明になる。
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東大病院の経営改革に関する大塚報告書の指摘は次の三点だ。
国家・地方公務員の給与、退職金等が民間に比べて高いという指摘は、さまざまな角度からなされている。
大塚報告書をとりまとめたJR東日本のスタッフは、実際の人件費のデータに接して愕然としたに違いない。その驚きがこの三点の要約となったとみる。
筆者は、大塚報告書は、記者が危惧するとおり、「どのくらい実行に移されるか不透明」だとみる。医師という特権と国家公務員という特権が掛け算されている聖域に近い職場である。
日本一難度の高い入学試験と医師国家試験をクリアしてきた人たちにとって、外部のスタッフが作った報告書の矛盾をつくのは簡単だろう。内部整合性の不備をつかれてこの報告書がお蔵入りする姿が目に浮かぶ。
山崎豊子の『白い巨塔』は40年以上前に書かれた小説だ。当時の阪大医学部付属病院がモデルになっているといわれた。今、この小説を読んでも少しの違和感も感じない。多分、いまなおこのとおりなのでは、と思う。
国立大学医学部付属病院を「経営改革」できる人物はいないとみる。そうさせないエネルギーの方が桁違いに大きいからだ。